第43話 私とおデートいたしましょう?
サイラスが温かいお茶を淹れてくれたので、テーブルに移動して改めて全員でクッキーを囲んだ。「どうぞ召し上がれ」と勧めると、サイラスも嬉しそうにひとつつまむ。
途端に相好を崩した。
「うんうん、お姫様は料理上手だぁ」
「ありがとう! たくさん食べてねっ。……エリオットはもう遠慮してくれていいのよ?」
嫌味っぽく睨んでも、やはりと言うべきかエリオットには全く堪えた様子はない。しれっとクッキーを鷲掴みにして、籠の中のクッキーがごっそり減ってしまった。
慌てて彼の前から籠を没収する。
「もおぉっ、一気に食べすぎよ! そんなに食べるなら罰金――……そうだっ!」
名案を思い付いた私は、テーブルから大きく身を乗り出した。手を組んできらきらとエリオットを見つめる。
「ねえエリオット。あなた確か、ガイウス陛下の幼馴染みだったわよね?」
「ええ、それが何か?」
無表情に小首を傾げるエリオットに、きゃあと小躍りした。
そのまま勢い込んで、ガイウス陛下への贈り物について相談する。美味しいクッキーって貢ぎ物があるのだから、当然助言してくれるわよねっ?
しかし、エリオットは訝しそうに眉をひそめた。
「何を悩む必要があるのです? リリアーナ様の欲望の赴くままに、あげたいものをあげればいいではないですか」
「いえ、だから……。私は彼が喜んでくれるものをあげたいの」
全く参考にならない意見に、思いっきり唇を尖らせてしまう。
むくれる私など知らぬげに、エリオットはあっさりと肩をすくめた。
「リリアーナ様がくれたものなら、陛下は何だって喜ばれますよ。それこそ黒コゲのクッキーであろうと、下手くそな刺繍であろうと」
そもそも、ですね。
手に付いたクッキーくずをパンパンと払い、真正面からひたと私を見据える。
「新年の贈り物は我々にとって毎年の恒例行事。もし今年の贈り物がいまいちであっても、また翌年の糧にすればいいだけの話です。最高の贈り物である必要など全くないし、外したら外したで面白いではありませんか。リリアーナ様はもっと気楽に考えていいのです」
「な、なるほど……!」
目から鱗な意見に唖然としてしまう。
考え込む私を無表情に眺め、エリオットはテーブルに載せていた木彫りの蛇を手に取った。愛おしそうにゴツゴツした表面を撫でる。
「ちなみにわたしは、ちゃんと己の欲望のままに贈り物を作っていますよ。他の作品もお見せしましょうか」
袋からまた別の蛇を取り出し、コトリとテーブルに置いた。今度の蛇はつぶらな瞳が愛らしい。
「まだまだあります」
エリオットの言葉通り、袋からはどんどん木彫りの像が出てくる。
寝ている蛇に、怒っている蛇。
己のしっぽを噛んでいる蛇。
長い胴体でハートマークを作っている蛇。
……って、どれもこれも蛇じゃないっ!
蛇集団を横一列に並べたエリオットは、至極満足そうに頷いた。
「そう、全ては蛇の素晴らしさを皆様に布教するため。わたしの新年の贈り物は、毎年手彫りの蛇の像なのです」
「…………」
毎年同じって。
全然翌年の糧にしてないじゃない。
あきれ果てながらも感心してしまう。なるほど、欲望……欲望ね。
じゃあじゃあ、と勇んで彼に詰め寄った。
「実は私、最初に新年の贈り物の話を聞いたとき、ガイウス陛下にはしっぽを飾るリボンを贈りたいなって思ったの! 赤いリボンってとっても彼に似合いそうじゃない?」
しかし、エリオットは即座にきっぱりと首を振る。
「いーえ同意いたしかねます。うちのガイウス陛下に相応しいのは、眩いばかりの金のリボンです」
「いいえ、絶対赤よ!」
お互い一歩も譲らず言い争っていると、サイラスがにこにこして私達を見比べた。
「なら、ガイウス陛下とご一緒に買いに行けばええ。実際に似合うもんを選んであげるのが一番だぁ」
サイラスの言葉に、エリオットは得たりとばかりに同意する。
「名案ですね。リリアーナ様、せっかくですから城下町でデートなさってはいかがですか?……あ、リボンをそのまま贈るのは駄目ですよ。名入れするなり、ちゃんと何かしら手を加えてくださいね」
双方から畳み掛けられ、目を白黒させてしまう。いえでも、プレゼントする張本人の目の前で選ぶわけには……!
泡を食って訴えると、エリオットがまたもあきれたように眉をひそめた。
「ですから、これは恒例行事なのです。リリアーナ様が必死で自身のプレゼントを考えてくれていることぐらい、ガイウス陛下だって重々承知されていますよ。購入するときだけ、ガイウス陛下には後ろを向いていてもらえばよいのです」
「えええっ!? そんなにバレバレなことをして構わないの!?」
大絶叫する私を、サイラスがおかしそうに眺める。とぽとぽとお茶のお代わりを注ぐと、どんと胸を叩いて請け合ってくれた。
「大丈夫だぁ、絶対素直に言うことを聞いてくれるから。相手は自分に何をくれるんだろうって、そわそわ、わくわく待つのが新年の贈り物の醍醐味なんだぁ」
「その通り。せいぜい思わせぶりな態度を取って、ガイウス陛下を翻弄されるとよろしいかと。焦らされるのも楽しいものです」
……そっか。
プレゼントの中身は秘密でも、あげること自体は周知の事実だものね?
やっとこの風習が理解できた気がする。
居ても立っても居られなくなった私は、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。笑顔で二人に頭を下げる。
「教えてくれてありがとう! 私、早速ガイウス陛下を誘ってみるわ」
またもクッキーに手を伸ばしたエリオットは、もぐもぐ咀嚼しながら何度も頷いた。人差し指に付いた欠片をぺろりと舐める。
「ぜひぜひ。もしもハロルドが文句を言ったら、適度な余暇はむしろ仕事の効率を上げるのだ、とでも叱ってやってください」
ああ、それから。
普段無表情なエリオットが、珍しく口角を上げて微笑する。
「このクッキー、当日はガイウス陛下にもあげてくださいね? リリアーナ様のお手製をご自分だけ貰えなかったら、きっと背中を丸めて拗ねてしまわれるに違いありませんから」
***
エリオット達と別れた私は、弾むような足取りで執務室へと向かう。
扉に手を掛けた途端、内側からバァンと扉が開け放たれた。
「わ……っ!?」
「ああ失礼、ぐうたら姫様! 宰相殿を見かけなかったか!?」
中から飛び出してきたハロルドが、血走った目を私に向ける。……えぇっと。
もじもじと手を合わせて視線を逸らした。
「あー……。エリオットは、そのう」
「コソコソ隠れて無数の蛇軍団を生み出しているのでしょう!? ワタシに仕事を押し付けたその隙にっ!!」
……バレてるわね。
よくよく見ると、ハロルドは両手に大量の書類を抱えていた。なんだか可哀想になった私は、「庭師さんの休憩小屋……」と蚊の鳴くような声で暴露してしまう。
きらりと瞳を光らせたハロルドは、廊下を蹴って走り出した。
「首を洗って待っていろサボり魔宰相めがーーーッ!! ワタシの新年の贈り物は貴様を捕らえる頑丈な縄だァァァァ!!!」
「…………」
あっという間に見えなくなった彼の背中に向かって、「適度な余暇はむしろ仕事の効率を上げるのよー?」と叫んでおいた。よしよし、これで問題ないわね。
意気揚々と執務室の扉を開く。
綺麗な目をまんまるにして驚くふかふか婚約者に、にっこりと手を差し伸べた。
「――ガイウス陛下っ。今から私とおデートしませんかっ?」




