表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/87

第43話 私とおデートいたしましょう?

 サイラスが温かいお茶を淹れてくれたので、テーブルに移動して改めて全員でクッキーを囲んだ。「どうぞ召し上がれ」と勧めると、サイラスも嬉しそうにひとつつまむ。


 途端に相好を崩した。


「うんうん、お姫様は料理上手だぁ」


「ありがとう! たくさん食べてねっ。……エリオットはもう遠慮してくれていいのよ?」


 嫌味っぽく睨んでも、やはりと言うべきかエリオットには全く堪えた様子はない。しれっとクッキーを鷲掴みにして、籠の中のクッキーがごっそり減ってしまった。


 慌てて彼の前から籠を没収する。


「もおぉっ、一気に食べすぎよ! そんなに食べるなら罰金――……そうだっ!」


 名案を思い付いた私は、テーブルから大きく身を乗り出した。手を組んできらきらとエリオットを見つめる。


「ねえエリオット。あなた確か、ガイウス陛下の幼馴染みだったわよね?」


「ええ、それが何か?」


 無表情に小首を傾げるエリオットに、きゃあと小躍りした。

 そのまま勢い込んで、ガイウス陛下への贈り物について相談する。美味しいクッキーって貢ぎ物があるのだから、当然助言してくれるわよねっ?


 しかし、エリオットは訝しそうに眉をひそめた。


「何を悩む必要があるのです? リリアーナ様の欲望の赴くままに、あげたいものをあげればいいではないですか」


「いえ、だから……。私は彼が喜んでくれるものをあげたいの」


 全く参考にならない意見に、思いっきり唇を尖らせてしまう。

 むくれる私など知らぬげに、エリオットはあっさりと肩をすくめた。


「リリアーナ様がくれたものなら、陛下は何だって喜ばれますよ。それこそ黒コゲのクッキーであろうと、下手くそな刺繍であろうと」


 そもそも、ですね。


 手に付いたクッキーくずをパンパンと払い、真正面からひたと私を見据える。


「新年の贈り物は我々にとって毎年の恒例行事。もし今年の贈り物がいまいちであっても、また翌年の(かて)にすればいいだけの話です。最高の贈り物である必要など全くないし、外したら外したで面白いではありませんか。リリアーナ様はもっと気楽に考えていいのです」


「な、なるほど……!」


 目から鱗な意見に唖然としてしまう。


 考え込む私を無表情に眺め、エリオットはテーブルに載せていた木彫りの蛇を手に取った。愛おしそうにゴツゴツした表面を撫でる。


「ちなみにわたしは、ちゃんと己の欲望のままに贈り物を作っていますよ。他の作品もお見せしましょうか」


 袋からまた別の蛇を取り出し、コトリとテーブルに置いた。今度の蛇はつぶらな瞳が愛らしい。


「まだまだあります」


 エリオットの言葉通り、袋からはどんどん木彫りの像が出てくる。


 寝ている蛇に、怒っている蛇。

 己のしっぽを噛んでいる蛇。

 長い胴体でハートマークを作っている蛇。


 ……って、どれもこれも蛇じゃないっ!


 蛇集団を横一列に並べたエリオットは、至極満足そうに頷いた。


「そう、全ては蛇の素晴らしさを皆様に布教するため。わたしの新年の贈り物は、毎年手彫りの蛇の像なのです」


「…………」


 毎年同じって。

 全然翌年の糧にしてないじゃない。


 あきれ果てながらも感心してしまう。なるほど、欲望……欲望ね。


 じゃあじゃあ、と勇んで彼に詰め寄った。


「実は私、最初に新年の贈り物の話を聞いたとき、ガイウス陛下にはしっぽを飾るリボンを贈りたいなって思ったの! 赤いリボンってとっても彼に似合いそうじゃない?」


 しかし、エリオットは即座にきっぱりと首を振る。


「いーえ同意いたしかねます。うちのガイウス陛下に相応しいのは、眩いばかりの金のリボンです」


「いいえ、絶対赤よ!」


 お互い一歩も譲らず言い争っていると、サイラスがにこにこして私達を見比べた。


「なら、ガイウス陛下とご一緒に買いに行けばええ。実際に似合うもんを選んであげるのが一番だぁ」


 サイラスの言葉に、エリオットは得たりとばかりに同意する。


「名案ですね。リリアーナ様、せっかくですから城下町でデートなさってはいかがですか?……あ、リボンをそのまま贈るのは駄目ですよ。名入れするなり、ちゃんと何かしら手を加えてくださいね」


 双方から畳み掛けられ、目を白黒させてしまう。いえでも、プレゼントする張本人の目の前で選ぶわけには……!


 泡を食って訴えると、エリオットがまたもあきれたように眉をひそめた。


「ですから、これは恒例行事なのです。リリアーナ様が必死で自身のプレゼントを考えてくれていることぐらい、ガイウス陛下だって重々承知されていますよ。購入するときだけ、ガイウス陛下には後ろを向いていてもらえばよいのです」


「えええっ!? そんなにバレバレなことをして構わないの!?」


 大絶叫する私を、サイラスがおかしそうに眺める。とぽとぽとお茶のお代わりを注ぐと、どんと胸を叩いて請け合ってくれた。


「大丈夫だぁ、絶対素直に言うことを聞いてくれるから。相手は自分に何をくれるんだろうって、そわそわ、わくわく待つのが新年の贈り物の醍醐味なんだぁ」


「その通り。せいぜい思わせぶりな態度を取って、ガイウス陛下を翻弄されるとよろしいかと。()らされるのも楽しいものです」


 ……そっか。

 プレゼントの中身は秘密でも、あげること自体は周知の事実だものね?


 やっとこの風習が理解できた気がする。

 居ても立っても居られなくなった私は、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。笑顔で二人に頭を下げる。


「教えてくれてありがとう! 私、早速ガイウス陛下を誘ってみるわ」


 またもクッキーに手を伸ばしたエリオットは、もぐもぐ咀嚼しながら何度も頷いた。人差し指に付いた欠片をぺろりと舐める。


「ぜひぜひ。もしもハロルドが文句を言ったら、適度な余暇はむしろ仕事の効率を上げるのだ、とでも叱ってやってください」


 ああ、それから。


 普段無表情なエリオットが、珍しく口角を上げて微笑する。


「このクッキー、当日はガイウス陛下にもあげてくださいね? リリアーナ様のお手製をご自分だけ貰えなかったら、きっと背中を丸めて拗ねてしまわれるに違いありませんから」




***



 エリオット達と別れた私は、弾むような足取りで執務室へと向かう。

 扉に手を掛けた途端、内側からバァンと扉が開け放たれた。


「わ……っ!?」


「ああ失礼、ぐうたら姫様! 宰相殿を見かけなかったか!?」


 中から飛び出してきたハロルドが、血走った目を私に向ける。……えぇっと。


 もじもじと手を合わせて視線を逸らした。


「あー……。エリオットは、そのう」


「コソコソ隠れて無数の蛇軍団を生み出しているのでしょう!? ワタシに仕事を押し付けたその隙にっ!!」


 ……バレてるわね。


 よくよく見ると、ハロルドは両手に大量の書類を抱えていた。なんだか可哀想になった私は、「庭師さんの休憩小屋……」と蚊の鳴くような声で暴露してしまう。


 きらりと瞳を光らせたハロルドは、廊下を蹴って走り出した。


「首を洗って待っていろサボり魔宰相めがーーーッ!! ワタシの新年の贈り物は貴様を捕らえる頑丈な縄だァァァァ!!!」


「…………」


 あっという間に見えなくなった彼の背中に向かって、「適度な余暇はむしろ仕事の効率を上げるのよー?」と叫んでおいた。よしよし、これで問題ないわね。


 意気揚々と執務室の扉を開く。

 綺麗な目をまんまるにして驚くふかふか婚約者に、にっこりと手を差し伸べた。


「――ガイウス陛下っ。今から私とおデートしませんかっ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ