第40話 第一候補、発見です。
「はいどうぞ~、お姫様っ! お菓子もたくさんお代わりあるからねっ」
暖かな厨房の片隅にある、小さなテーブル。
そばかす少年が嬉々として、湯気の立つティーカップと山と盛られたクッキーの皿を給仕してくれた。
どこからか引っ張り出してきた椅子に座るのは私だけ。
王城庭師のサイラスは仕事に戻ってしまったし、そばかす少年も副料理長のヴィルも立ちっぱなしだ。
後ろでは他の料理人達が忙しげに立ち働いている。なんとなく落ち着かない気分のまま、おどおどと二人を見比べた。
そばかす少年がニカッと歯を見せる。
「そっか、自己紹介がまだだったね? ボクはデニス・ノルマンさっ」
人懐っこい笑顔にほっとして、私はやっとカップの持ち手に指を掛けた。
「よろしくね、デニス。……このお茶、とってもいい香り。いただきま――」
「ちなみに昨日がボクの誕生日っ。にょきにょき育って満三十歳になっちゃった!」
――ブッ!!
お茶を噴き出してむせる私に、ヴィルがすかさずハンカチを差し出してくれる。涙目で受け取って口元を押さえた。
「……三十?」
「そそ!」
それは、お誕生日おめでとうございました――じゃなくって。
全然にょきにょき育ってないわ!
若作りにも程があるじゃない!
驚愕から立ち直れない私をよそに、デニスがひょいっと手を伸ばしてクッキーを口に放り込む。幸せそうに咀嚼して、「食べないの?」とウインクした。
「そ、そうね。いただきま――」
「ちなみにこちらのヴィー君は十九歳! まだ若いけど才能あふれる青年なのさ!」
――ゴフッ!!
クッキーが喉につかえて苦しむ私に、ヴィルがすかさずお水を差し出してくれる。一気に飲み干して、なんとか窒息死はまぬがれた。
十九歳、十九歳……。
ま、まあ二十歳になっていないって、さっき言っていたものね。むしろ十五歳とか言われなくて良かったわ……。
大混乱しつつもう一枚クッキーをつまむ。白い粉砂糖でお化粧した、まるっとした形が愛らしい。
今度はじっくり味わうと、あっという間に口の中でほろりと溶けた。ほんのりした優しい甘みに、ついつい手が止まらなくなる。
「美味しいわ。甘すぎないから、いくらでも食べられちゃいそう」
心からの賛辞を送ると、デニスが照れたように頬を掻いた。
「あんがと、ボクの自信作なんだ。厨房に遊びに来てくれたら、このぐらい毎日だってご馳走しちゃうよ」
なんたってボクは全美人に優しい男だからね!
無駄に白い歯を見せつけながら笑うデニスに、私もつられて噴き出してしまった。女好きもここまで開けっぴろげなら、むしろ清々しい。
遠慮なくどんどんクッキーを口に放り込みながら、じっと考え込む。……これ、本当に美味しいわ。
――このクッキーを、何枚かずつ小箱に詰めて、可愛らしいリボンで飾り立てれば。
(メイベルやエリオット達……それからコハクへの、新年の贈り物にぴったりじゃない?)
でも、問題はこの私に作れるかどうか。
上目遣いにデニスの様子を窺うと、彼は不思議そうに小首を傾げた。
彼から慎重に目を離さないまま、ゆっくりとお茶を飲み下す。呼吸を整え、こほん、と空咳した。
「ねえ、デニス。お願いがあるのだけど――」
「うんいーよ! 引き受けたっ」
早っ!
さすがは全美人に優しい男を公言するだけあるわ!
手を叩いて喜んだ私は、勢い込んで彼に詰め寄る。
「このクッキーの作り方を教えてほし――」
「やっぱ駄目だねっ。前言撤回オコトワリ!」
しばいたろかこの詐欺男。
握りこぶしをふるふる震わせていると、デニスがあっけらかんと「だってさぁ」と舌を出した。
「このクッキーを作ったのヴィー君だからねっ。ヴィー君はお菓子が大得意なんだ」
「ええっ? だってさっき、あなたの自信作だって言ってたじゃない」
それに。
この繊細なクッキーと、屈強な大男のヴィルとがどうにもうまく結びつかない。目をしばたたかせていると、デニスとヴィルが顔を見合わせた。
「ん~、それはね。ヴィー君作の絶品菓子を、ボクが作ったと偽るのはよくあるハナシなのさ。すべては女の子にモテるために」
「その通り。料理長にも困ったものだ」
「…………」
ヴィー君はもっと怒っていいと思う。
あきれ果てる私をよそに、ヴィルが淡々とお茶のお代わりを注いでくれた。
改めて彼に向き直り、両手を合わせる。強面の彼に内心怯みながらも、持ち前の儚さ全開で瞳を潤ませた。
「ヴィー君っ」
「引き受けよう。姫という高貴なる身分を捨て、料理の道に生きようとするその心意気や良し」
ゴン。
テーブルに額を打ちつけた。
そんな道は全くもって目指していない。私は一生、姫という安楽な身分に居座る所存です。
ひくひくと痙攣していると、頭の上にふわりと何かが掛けられる。真っ白な上着、これは――……
「それは新人に与えられし最初の上っ張り。身に着けるとあら不思議、身も心もみるみる研ぎ澄まされて」
「汚れ防止になるだけじゃん? ヴィー君、姫ちゃん。クッキー作るんならあっちの隅っこでお願いね~」
ひらりと手を振って行ってしまった。待って、せめて誤解を解いていって!?
声が出せずに身振り手振りで必死で訴えるも、デニスはさっさと他の料理人に混ざって包丁を手にしてしまう。追いかけようと一歩踏み出しかけたところで、背後からがしっと肩を掴まれた。
ヴィルが厳しい眼差しを私に向けている。眉間の縦皺を深くして、重々しく口を開いた。
「さあリリアーナ姫、もとい新人殿。料理の道は長く険しい。そして終着点など無いのだ」
――それでも君は、一生学び続ける覚悟はあるか?
真剣そのものといった彼の表情に、私はごくりと唾を飲み込む。呼吸を整え、きっぱりと頷いた。
「……ええ、もちろん」
これっぽっちもありませんともっ!!!




