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第38話 悩ましきかな、プレゼント問題。

 ガイウス陛下に何を贈るべきか。


 コハクから新年の風習を聞いて以来、ここ数日は寝ても覚めても……いや。

 寝ているときは全身全霊で寝ているので除くとして。起きているときには、その難問が頭にこびりついて離れない。


 今も執務室のふかふかソファに横たわり、ぎゅうとクッションを抱き締めながら思い悩んでいる。

 手作り……手作り……。簡単だけれど見栄えが良くて、陛下が思わず感動しちゃって、私のことを見直したりして、好感度がぐぐっと上がりすぎて、やーんそんなに褒められたら照れちゃうわぁ~。そんな素敵なプレゼント……。


 眉間に皺を寄せて考え込んでいると、陛下がぴすぴすと心配そうにお鼻を鳴らした。執務机から首を伸ばして私を窺う。


「リリアーナ。ソファに転がっているにも関わらず、君が目を開けているだなんて……。何か悩み事でもあるのではないか?」


 苦渋に満ちた声音に、大慌てで作り笑顔をこしらえる。「いいえ、何にも!」と高らかに返事をした。


 しかし陛下はますます怪しんだようで、執務机から腰を上げてしまう。大股でソファに歩み寄ると、壊れ物を扱うように私の手を取った。


 ……うぅん。

 肉球がとってもぷにっとしているわ。


 だらしなく笑み崩れる私に、陛下は大きく吐息をついた。


「……よかった。いつものリリアーナだ。ゆっくり休んでくれ、君の健やかな寝息がないと仕事がはかどらない」


「ガイウス陛下……」


 熱い愛の告白に瞳が潤む。


 二人ロマンチックに見つめ合っていると、「ふしゅーるふしゅーる、って寝息、むしろ邪魔じゃないでしょうか」「シッ、恋は盲目っていうでしょう!?」というせわしない囁き声が聞こえた。ふしゅーるふしゅーる……。なんと……。


 陛下の手をそっと解き、ぎくしゃくと硬い動きで立ち上がる。


「ガイウス陛下っ。私、今日は用があるのでこれで失礼いたします! 夕食でまたご一緒しましょう!」


 そのまま彼の返事も待たずして、ドレスの裾をつまんで一直線に執務室を出た。「リリアーナ殿下!?」とメイベルも慌てたように追ってくる。

 有能侍女を従えて、カツカツ、とヒールの音も高らかに前のめりに突き進んだ。ぐっと唇を引き結ぶ。


(……プレゼントのことはもちろん大切だけど)


 今、優先すべきはそちらじゃない。


 ふしゅーるふしゅーる……。

 早急になんとかしなければっ!




***



「鼻をつまんで寝りゃあいいじゃねーか」


「要はガイウスに聞こえなければいいのだろう? 奴に耳栓を付ければ万事解決だ」


 やる気のなさ全開な二人の回答に、鼻息荒くテーブルを叩きつけた。しかしイアンもディアドラも、どこ吹く風と顔を上げもしない。


 呼吸を整えて彼らを()めつける。


「……っていうか、あなた達。ひとが真剣に相談しているのに、一体何をやっているのよ」


 医務室の机で額を突き合わせるようにして、二人とも何やら熱心に書き物をしていた。やはりこちらを見もせずに、イアンが得意気に口角を上げる。


「新年の貢ぎ物だよ、貢ぎ物」


 贈り物じゃなくて?


「姫さんにもちゃあんとやるからな? なんつっても幼馴染みの婚約者なんだから。楽しみに待――ってうおわッ!? 覗くなよコラ!?」


 ぎゃんぎゃんわめくイアンの肩にのしかかり、彼の手元を覗き込んだ。そこには色とりどりのカードが並べられていて――……


「……んん?」


 思いっきり眉根を寄せてしまう。

 メイベルがすかさず横から手を伸ばし、一枚(かす)め取って私に渡してくれた。美しいカードに似合わない、はみ出さんばかりに豪快な文字に素早く目を走らせる。


「えぇと……『落ち込んじまった時、大丈夫だぜと励ます券』? それからこっちは……」


 メイベルが追加でどんどん渡してくれるので、声を出して読み上げる。


『ちっと自信をなくした時、お前は最高だぜと褒め称える券』

『ダイエットに失敗した時、そのままのお前が可愛いんだぜと全肯定する券』

『好きな奴に告白する時、きっと上手くいくぜと太鼓判を押す券』


「…………」


 普段無表情なディアドラまでも、珍妙な顔を上げた。

 女三人で顔を見合わせて、医務室に何とも言えない沈黙が満ちる。


 しかし、全く空気の読めないイアンが嬉しげに膝を打った。


「おっ、今もう一個思い付いちまった!『婚約者にみっともない寝息を聞かれた時、いびきよりはマシだぜと慰め――」


「やっておしまいメイベル」


「御意」


 怪力侍女から肘鉄をお見舞いされ、イアンが机におでこを打ちつける。情けなさそうに額を撫でる彼を憤然として見下ろした。


「イアンはちっとも女心がわかってないわ! それからねっ、そのカードいちいち語尾に『ぜ』って付いててダサいのよ!」


 私の的確な指摘に、イアンが衝撃を受けたように大きく仰け反った。ディアドラとメイベルもうんうんと頷き合う。


「私も同感だリリアーナ。イアン、君にはセンスが無いんだぜ」


「全くですわ殿下。こんな修行不足の馬鹿弟子は、今すぐ破門したい気持ちでいっぱいですぜ」


 二人から口々に畳み掛けられ、イアンはすっかり頭を抱えてしまった。打ちひしがれる大男は無視して、今度はディアドラの手元を覗き込む。


 どうやら首都ドラムの手書きの地図のようで、要所要所に小さな字で書き込みがしてある。可愛らしい猫のイラストまで添えてあった。


「何なに……。『ケーキ店しろくま、あまあまミルクプリンが絶品にゃん』『パン工房森フクロウ、ほっこり木の実パンが最高にゃん』。……あら、どちらも美味しそう!」


「ふっ。これはな、食べ歩きが趣味なこの私ディアドラの、お薦め飲食店リストなのだ」


 長い足を組んでふんぞり返る。

 メイベルも地図を眺め、嬉しげに手を打った。


「ぜひ今度行ってみたいわね! ……ところで今更だけど、どうして二人していきなり工作を始めてるわけ?」


 ――しまった!

 メイベルにランダールの風習を伝えるのを忘れていたわ!


 不思議そうに目を瞬かせる彼女に、大急ぎで新年の贈り物について説明する。手作りでなければ駄目なのだ、という点も抜かりなく強調した。


 腕組みして考え込んだメイベルは、ややあって大きく頷いた。


「そういうことでしたら、わたくしは刺繍に挑戦することにいたしましょう。名前程度ならそこまで時間はかかりませんし。――どうか受け取っていただけますか、リリアーナ殿下?」


 目を細めてフッと微笑む彼女に、胸がきゅんっと高鳴る。「ええ、もちろんよ!」と満面の笑みで答えると、イアンが拗ねたように鼻を鳴らした。


「姐さんの刺繍はともかくとしてよー、ディアドラはなくねぇか? いちいち語尾に『にゃん』って付けててウザくね?」


「ウザくない。ほのぼの猫ちゃんの絵も相まって、とっても可愛らしいわ」


「センス皆無の男は黙っていてもらおうか」


「自分が駄目出しされたからって小さい男ね」


 女性陣からの非難の嵐に、またも撃沈するイアンであった。

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