夢か現か、幻か?
身体にきっちり巻きつけようと、寝返りを打って手探りで毛布をたぐり寄せる。
ほんの僅かな動作だったのに、空気が動いて隙間からすかさず冷気が忍び込んできた。背筋に悪寒が走り、ガチガチと歯を鳴らす。
(……ああ。声を上げて思いっきり泣きたいわ……)
頬も額も燃えるほどに熱いのに、身体だけは氷のように冷え切っていた。少し動くたび、節々が軋むように痛んで悲鳴を上げそうになる。
――収穫祭が終わって早二日。
花火を見終わったその夜から、私は見事に高熱を発して寝込んでしまった。
ここ最近はずっと体調がよかったものだから、すっかり油断していたけれど。そう、これが本来の私なのだわ。
(……笑って、走って、はしゃぎまくって……)
無茶をしすぎた自覚はある。
――でも、楽しかったのだ。この上なく。
きつく目をつぶると、涙が一筋頬を流れた。
お湯のように熱い涙がうっとうしくて、ぐいぐいと荒っぽく顔をこする。そのままぼんやりと天井を眺めた。
(ガイウス陛下……きっと心配してるわ……)
お見舞いは来なくていいと断った。
私に無理をさせてしまったと、陛下が大層落ち込んでいるとディアドラから聞いたのに、こんな姿を見られたらますます彼は気に病むに違いない。
目を閉じると思い浮かぶのは、ふかふかとやわらかな獅子王の姿。……人型の彼より、そちらの方が馴染みがあるものだから。
小さく苦笑したら、少しだけ気分が上向いた。真っ暗な窓を見上げると、カーテン越しにうっすらと月明かりが差しているのに気が付いた。
机に置いたりんご飴が、ぼんやりと浮かび上がっている。
(コハク……。りんご飴、早く渡してあげたいのに……)
もしや、精霊廟に顔を出さない私のことを案じているかもしれない。
明日はこっそり部屋を抜け出して、廟の片隅に置き手紙とりんご飴を届けようかしら。
思案しているうちに、少しずつ意識が遠のいていった――……
***
――食べないの?
コハクの声が聞こえた気がして、ぼんやりと目を開けた。けれど視界が霧のように霞んでいて、彼の姿をうまく捉えられない。
鉛のように重い腕を、彼らしき人影に向かって懸命に伸ばす。
――リリアーナが食べなきゃ駄目なのに。どうしてすぐに食べなかったの?
「だっ、て。私は……コハクに」
プレゼントしたかったんだもの。
掠れた声で答えると、小さく苦笑する気配がした。
――気持ちは嬉しいけど、駄目だよリリアーナ。だってこれは、――……から君への、大切な贈り物なんだから。
小さく呟いて、人影がのっそりと動く。りんご飴を手に取って、問答無用で私の口へと突っ込んだ。
「……っ!?」
寝っ転がったままで物が食べられるはずもなく。
痛む身体を叱咤して、もがくように起き上がった。不安定に咥えたりんご飴の棒を掴み、傍らにいるはずの彼を睨んだ。
「もお……っ。コハクった、ら――?」
部屋には誰もいなかった。
ぽかんと馬鹿みたいに呆けて部屋を見回す。
そらりそろりとベッドから降り、震える手でつまんだカーテンを一気に開いた。
――月明かりが照らす部屋の中。
ドアはもちろんきっちり閉まって、施錠もしてある。コハクの姿などどこにもない。
「……。たいへん。熱にうなされてしまったみたい……」
まさか幻覚まで見るなんて。
そして夢現に、りんご飴まで咥えてしまったわ……!
これではもう人にはあげられない。というか私ったら、本心では自分が食べたいと思っていたのね。
頭を抱えて赤面しつつ、ベッドに戻って毛布をひっかぶる。冷えきった体を暖めながら、月明かりを反射して輝く飴を見つめた。
(……うん。これはもう、しょうがないわね)
己に言い聞かせ、えいやと一息に歯を立てる。その途端、りんごの表面を覆った薄い飴がぱきりと割れた。
「…………っ!」
舌がとろけそうなほど、甘い。
そしてすぐ後に来たのは、りんごの酸味。まるでもぎたての果実のように、じゅわっと口の中いっぱいに果汁があふれる。
(すっごく、すっごく美味しいわ……!)
気付けば夢中になって平らげていた。
熱が出てから、固形物なんて一切食べられなかったはずなのに。
ほうっと至福の吐息をついて、未練がましく棒を舐める。
あっという間に消えてしまったりんご飴。
やっぱり来年はガイウス陛下とコハク、それから他の皆とも一緒に食べたい。
ついでにイアンにも買ってあげようかしら。だってこんなに美味しいんだもの、イアンだってきっと感動するに決まってる。
小さく笑って立ち上がり、ゴミ箱にぽいと棒を投げ捨てる。窓辺に歩み寄り、細く窓を開いた。
冷たい外気が心地良い。
火照った身体が冷えてゆく。
「…………あら?」
火照った、身体?
思わずまじまじと己の身体を見下ろした。暖まっているし、何よりすごく軽くなってない?
額に手を当ててみても、火傷しそうな熱さはすっかり治まっていた。
「まさか、たったの二日で熱が下がるだなんて……。うん、これなら明日は大丈夫そうね!」
嬉しさに一回転すると、長い夜着がふわりとなびいた。くすくす笑いながら夜空を見上げる。
真っ暗な空を埋めつくすように、満天の星が瞬いていた。
きっと明日は晴れるに違いない。精霊廟のステンドグラスも美しく輝くはずだ。
(なら、午前中はコハクに会いに行って……。午後から執務室でお昼寝しましょう)
元気になった私を見て、ガイウス陛下は喜んでくれるかしら?
夢の中で勝手に私の部屋に入ったでしょう、と文句を言ったら、コハクはどんな顔をするだろう?
想像すると楽しくなってきた。
枕元の水差しから水を注いで、冷たさに喉を鳴らしながら一気に飲み干す。軽やかな足取りでベッドに戻り、しっかり毛布にくるまった。
幸せいっぱいな気持ちで目を閉じる。お休みなさい――……ぐう。
前話でお伝えした通り、これより書き溜めに入ります!
しばしお待ちいただけますと幸いです♪




