表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/87

第36話 祭りの後に咲く花は。

「ねえねえ、まだ始まらないのかしら。あとどのぐらい?」


「だーかーらー、もう完全に日も落ちたからそろそろだって。……ったく。ぐうたら姫さんのくせにせっかちすぎ」


 そわそわと振り返る私に、イアンがあきれたように嘆息する。だってだって、楽しみで仕方ないんだもの。


 メイベルとエリオットも、待ちきれない様子でバルコニーの手すりに張り付いている。



 ――あれから、私達は王城へと戻り。


 ここは最上階、ガイウス陛下自室のバルコニーだ。

 彼の部屋に入らせてもらったのは初めてのこと。物珍しさにきょろきょろしていたら、大慌ての陛下からあっという間に追い出されてしまった。


 秋とはいえ夜になるとすっかり冷え込んで、かじかんだ指先で毛織のショールをかき合せる。はあっと息を吹きかけて、再びわくわくと夜空を見上げた。


「イスレア王国はね、夏に花火を上げるのよ。こんな寒いときに花火を見るのは初めてだわ」


「収穫祭の締めくくりだからな。――ほら、リリアーナ。生姜入りの茶だ、温まるぞ」


 足音を立てずに歩み寄ったディアドラが、湯気の立つカップを差し出してくれた。お礼を言って受け取って、両手で抱え込むようにして暖を取る。


 ふうふう吹き冷ましてひとくち含むと、途端に身体がぽかぽかしてきた。


 はあ、と幸せの吐息をつく。


「美味しいわ。……今日は、本当に楽しかった。お祭り見物して、初めて買い食いして、初めて人前で歌って……」


 レースで優勝した私を、国民達は手を叩いて称えてくれた。ランダールの皆から受け入れてもらえた気がして、心の底からじんわりした喜びがあふれた。


(……それに……)


 ガイウス陛下が、私に人型を見せてくれた。

 弱みを、心をさらけ出してくれたのだと。距離がぐんと近付いた気がして、我知らず顔がにやけてしまう。


「どうした、リリアーナ。顔がおかしくなっているぞ」


 照れくささに身悶えしていたら、ディアドラから無粋に水を差された。情緒のかけらもない突っ込みに、むくれてツンと顔を反らす。


「元からこういう顔なんだもの。……ねえ、ガイウス陛下はまだなのかしら?」


 着替えると言ったきり陛下はまだやって来ない。迎えに行こうかと踵を返した途端、「ドーン!」と空気が震えるほどの轟音がとどろいた。


 はっと振り向くと、夜空に次々と大きな花火が上がるところだった。


「…………っ」


「綺麗、だな」


 囁くような声音に、はっとして傍らを見る。黒衣のローブに身を包んだ長身のひとが、一心に空を見上げていた。


 ぽかんと硬直したあと、勢いよく噴き出した。


「陛下……っ。なんでまた、お顔を隠しているんです……?」


 息も絶え絶えに尋ねると、陛下はごほんと空咳をする。


「君と二人きりならば、別に見せても構わないのだが。皆いるのだから仕方ない」


 ふんぞり返って答えるものの、絶対ウソだ。

 きっと二人なら二人で、恥ずかしがって顔を隠しているに違いない。


 笑い出しそうになるのをなんとか堪え、陛下の腕をそっと引く。幸いメイベル達は花火に釘付けなので、私と陛下が後ろに下がったのには誰も気付かなかった。


 広いバルコニーで、花火見物をする皆から隠れるようにして外壁に寄りかかる。じっと花火を見つめる陛下の横顔を、吸い寄せられたように見つめ続ける。


 陛下が頬を赤く染めて俯いた。ぷしゅうと湯気の幻覚まで見える。


「リ、リリアーナ。見すぎ、見すぎだ!」


「あら、ごめんなさい。……でも、とっても格好良いんだもの」


 額にかかるフードをそっと払いのけ、黄金色の潤んだ瞳を覗き込む。はにかみながら笑いかけた。


 ふかふかで、やわらかな毛並みを持つ陛下も。

 端整な顔立ちで、すぐに茹で蛸になってしまう陛下も。


 どちらも私の婚約者。

 ――これから一緒に、人生を歩んでいく大切なひと。


 小さく含み笑いして身を寄せると、思わずというように陛下が逃げ腰になった。そうはさせじと、ぎゅっときつく右腕に抱き着く。


 いたずらっぽくウインクして彼を見上げた。


「ね、りんご飴だけど。本当に私がもらって構わないの?」


「も、勿論だ。今年は不覚にも、あと一歩のところでりんご飴屋に逃げられてしまったが……。来年は必ず俺がこの手で捕まえて、君にプレゼントしてみせる。楽しみに待っているといい」


 胸を張って断言する陛下に、笑いながら大きく頷く。



 ――なら、やっぱりあのりんご飴はコハクにあげることにしましょう。



 だって、私はちゃんと来年食べられるものね?

 楽しみは後に取っておくのも悪くない。それに来年の収穫祭は、きっと最初から二人で参加できる。


 満ち足りた気持ちで微笑んだ。その瞬間、ひときわ大きな花火が夜空を彩る。


「…………」


 言葉を失って立ち尽くしていると、不意に冷え切った指先が包み込まれた。温かな体温に、驚いて傍らを振り向く。


 透き通るような美しい切れ長の瞳で、ガイウス陛下がじっと私を見つめていた。目が合った途端、またも目元を赤く染め、ごくりと喉を上下させる。


「そ、その……。君の歌、を……。また、ぜひ聞かせてほしい」


 繋いだ手からほかりと温みが伝わって、私はぱちくりと瞳を瞬かせた。首をひねりながら彼の顔を覗き込む。


「でも……、陛下は最後列にいらっしゃったから。私の歌なんか、聞こえなかったんでしょう?」


「あ、ああ。だが、前方の聴衆から口伝えに広まってきたんだ。その、君が俺の名を呼んでくれたと」


 最愛、と歌ってくれたと。


 恥ずかしげに告げて、大急ぎで目を伏せた。……え? え?


「……っ。きっ」


 かあっと頬が熱くなる。

 咄嗟に悲鳴が飛び出しそうになった私の口を、陛下が大きな手の平ですばやく塞いでしまう。


 花火見物をする皆の様子をちらりと窺い、再び私の手を取った。ためらいがちに己の胸元に引き寄せる。


「……本当は、俺は。君に会うのを恐れていたくせに――同時に、どうしようもなく心弾ませてもいた」


 まっすぐな視線が私をとらえて離さない。

 熱を宿した言葉に、どくんと鼓動が跳ねる。


「セシルから、何度も君の話を聞くうちに。君に……会ってみたい、と思った」


 人目を気にせず、己の思うがままに振る舞う姫。

 自由気ままに、人生を謳歌している姫。


「羨ましいと、思った。俺は、君とは真逆で……。人目を気にしてばかりで、己の望みすら言えないちっぽけな人間だったから」


 握った手に力を込めて、囁くように吐露する陛下に身を寄せた。震える手を伸ばし、すべらかな頬にそっと指を当てる。


「私には……話してほしいわ。あなたの思うこと。つらいこと。――それから、楽しいことも、嬉しかったことも」


 はにかみながら告げると、陛下も頬をゆるめた。くくっと小さく笑い、身をかがめて私の肩にコツンと額を当てる。


「なら、お言葉に甘えてひとつだけ。――君に嫌われてしまったと思い悩み、祭りの間中こそこそとみっともなく君を追いかけ回して。挙げ句にはずっと避けてきたレースに参加する羽目になり、しかも見事に敗れてしまい」


 吹っ切れたように顔を上げ、穏やかに微笑んだ。


「この上なく、醜態を晒してしまった。……だが、楽しかった。ずっと、終わらなければいいと。――このときが続けばいいと、願うほどに」


「…………っ」


 胸が詰まって言葉にならない。

 ただ何度も何度も、頷いた。


 震える呼吸を整え、目尻に浮かんだ涙をぬぐう。


「ええ……っ。私もよ? 楽しくて、嬉しくて。足が震えるぐらい怖くって、でもわくわくして。……そして終わってみたら、すうっごく」


『疲れたぁ!』


 見事に言葉が重なって、二人同時に噴き出した。笑い出した私達の声を掻き消すように、夜空に大輪の花々が咲く。


 今日という一日を締めくくる、色とりどりの祝福を。

 ガイウス陛下と二人、手を繋いで飽きることなく見つめ続けた。

これにて第二章終了です!

ここまでお読みいただきありがとうございました!


明日幕間話を更新して、

第三章書き溜め&別作品の書籍化作業のため

ちょこっと休載いたします。

なるべく早く再開できるよう頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ