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第28話 忘れたころにやってくる?

「ククク……やったぜ。これで八枚、姐さんと並んだな……!」


 悪人面で含み笑いするイアンから、周囲の通行人達が気味悪そうに離れていく。無論私とメイベルも他人の振りをした。


 ――あれから。


 イアンが無一文と知ったサイラスは、手を叩いて大喜びした。来たときとは一変して晴れ晴れとした表情になり、弾むような足取りで広場から去っていった。


 残されたのは、屈辱にうち震えるイアンばかり。


 遅れを取り戻すのだと息巻いて、イアンは私とメイベルの腕を引っ掴んで走り出した。射的だ早食い対決だカードゲームだと、今の今まで好き勝手に私達を連れ回していたのだ。


 すっかりくたびれ果てた私は欠伸を噛み殺す。


「……生まれて初めてかもしれないわ。この私が、昼中ずうっと起きているだなんて」


 げんなり呟くと、メイベルが眉間に皺を寄せた。ほっそりした手を伸ばし、私の額に押し当てる。


「でも、顔色は悪くありませんね。熱もないようだし……。と、いうか。最近体調を崩していらっしゃいませんよね?」


 そういえば。


 ランダールに到着したときこそ寝込んだものの、このところすこぶる調子がいい。もしや、連続平熱記録を更新してしまったかもしれない。


 季節の変わり目に風邪を引かないだなんて、不思議なこともあるものだ。


 首をひねって考え込んでいると、上機嫌なイアンが大股で歩み寄ってきた。


「きっと姫さんにはランダールが合ってたんだな! つーわけで、次行くぞ次!」


 事も無げに告げて、ぐいぐい私の背中を押す。ええーっ、まだやるのぉ?


 やる気満々のイアンに、メイベルが柳眉を逆立てた。


「ちょっとイアンっ。コインならもう充分集めたでしょ!? いつまでリリアーナ殿下を付き合わせるつもりよっ」


「まだだっ、まだ足りねぇんだ! 去年のオレは二十枚も集めたんだぜ!? このまま一桁で終われっかよっ」


 ぎゃんぎゃん言い争う二人を他人事のように眺めつつ、またひとつ欠伸をした。……だいぶ日も短くなってきたことだし、そろそろお城に帰りたいわ。


 コインでずっしり重くなった革袋を手持ち無沙汰に弄ぶ。一枚取り出して空にかざすと、銅のコインが陽光を反射して鈍くきらめいた。


「……ねえ、イアン。今更だけど、このコインを集めたら何になるの?」


 コインの表には丸っこい果実の意匠が施されている。そして裏側には枝葉を茂らせた立派な大樹。


 ……この果実は何なんだろう。

 りんごと似てはいるものの、なんだか微妙に違う気もする。


 じっと押し黙る私を、イアンがバツの悪そうな顔で見やった。


「あ~……。まあ、それはあれだ。景品として、食料や日用品に交換できたり? だな……」


「――はああっ? それだけなワケ!?」


 メイベルが素っ頓狂な声を上げる。

 私も思わず顔をしかめた。


「皆あれだけ必死なのに……?」


 猜疑の視線を向ける私達に、イアンが大慌てで弁解する。手振りでゲームに興じる獣人達を示した。


「いや。景品は単なるオマケで、純粋に勝負事として熱くなってんだよ。獣人は負けず嫌いが多いからな。……それに、収穫祭が終わってしばらくは挨拶代わりに聞かれるんだぜ? お前のコインは何枚だ、ちなみに自分は……ってな」


「くっだらない、要は見栄の張り合いじゃない。……そういう事でしたら、私達はそろそろ帰りましょう。殿下」


 踵を返しかけたメイベルを、イアンが「わーっ」と叫んで通せんぼする。


「待てって姐さん! 大多数の人間は景品と交換しちまうが、実はそれ以外にも使い道があってだなっ。――そう、なんと! この収穫祭の最後を飾る催しにして、最大の目玉でもある――……」


 必死の形相で詰め寄りながら、イアンは不意に言葉を止めた。その視線は私とメイベルの背後に向けられていて――つられて私達も振り返る。


 通りの向こうに大層な人混みがあり、どうやら皆熱心に何かを見物しているようだ。時々わあっと大きな歓声も上がっている。


 興味を惹かれて近付くと、ぽっかり開けた空間に、飾り気のない木のテーブルがひとつ置かれているのが見えた。テーブルを挟んで向かい合うのは、険しい顔をした男二人。


 テーブルに肘をついて片手を組み合った彼らは、ギラギラと殺気立った目で互いを睨んでいる。

 物騒な雰囲気に息を呑み、思わずイアンの広い背中に隠れた。こっそり顔だけ覗かせて観察すると、二人とも服の上からでもわかるぐらい筋肉が盛り上がっている。


「……喧嘩かしら?」


 イアンの服の裾をきゅっと握り締めた瞬間、傍らの三人目の男が鋭く吠えた。


「始めっ」


 掛け声に合わせ、低く唸った男達が握った手に力を込める。どうやら、お互い相手の腕を押し倒そうとしているらしい。


 イアンがぱっと顔を輝かせた。


「腕相撲だな! ――姐さん、次はオレらも参加しようぜっ」


「はあ? なんであたしまで」


 メイベルが声を荒らげかけたところで、またも華やかな歓声が上がる。


 どうやら決着がついたようで、勝者が高らかにこぶしを振り上げた。拍手喝采の中、得意満面で胸を膨らませる。


 男は一歩前に出ていたイアンを認め、わざとらしく眉を上げた。


「次の挑戦者はそこの赤毛の兄さんか? ――ま、女二人も連れた軟派野郎じゃあ、やるだけ無駄ってもんだがな。がっはははーーー!」


 カッチーン!!


 だみ声で高笑いする男を腹ただしく睨みつける。

 ちょっとイアン、今すぐあの筋肉モリ()をこてんぱんにしておしまい!


 薄く笑ったイアンが腕まくりして進み出る。メイベルも頬を上気させ、鼓舞するようにイアンの背中を殴りつけた。


「イアン、しっかり! 負けたらただじゃおかないわよっ」


「ごふぉっ……! 任せろ姐さんっ。姫さんも応援頼むな!」


 わあわあと野次が飛び交う中、イアンと筋骨隆々の男はがっちり手を組み合う。

 体格的には負けているものの、なんといってもイアンは王城勤めの戦闘職。そんな逆三角形野郎に負けちゃ駄目なんだからねっ。


「始め!」


 審判の掛け声と共に始まった一試合。


 二人の力は拮抗していて、組み合った腕がぶるぶると震えている。

 けれど少しずつ少しずつ、イアンが押し負けていく。メイベルがすかさず轟くような大声で怒鳴った。


「イアーーーン! 負けたら破門よーーー!」


「頑張ってぇーーー!!」


 私も声を張り上げて、メイベルと二人で髪を振り乱して応援する。


「――うおっりゃああああ!!!」


 気合一閃、イアンが一気に勝負を決めた。


 悲鳴を上げて痛がる男を見下ろして、余裕しゃくしゃくで私達に手を振る。きゃあっと黄色い声を上げると、筋肉男が悔しげに地団駄を踏んだ。


 報酬のコインを受け取ったイアンは、にやりと笑って見物人に掲げてみせる。


「ようし、お次はこいつを賭けようじゃねぇか。――参加費はコイン五枚、さあ挑戦者はどいつだっ」


 一瞬場が静まり返ったかと思うと、爆発的な歓声が湧き上がった。我も我もと見物人が一斉に手を挙げる。


 負けず嫌いというのは本当らしく、どの獣人も皆やる気満々だ。しかしイアンは次々と現れる挑戦者を下し、どんどんコインを手中に収めていく。


 熱気が高まる中、審判の男がもうひとつテーブルを用意した。


「女性陣はこちらのテーブルへどうぞ! 参加希望のかたは挙手を」


 言い終わるか終わらないかのうちに、女性の獣人もどっと殺到する。

 隣に立つメイベルまでそわそわと足踏みしだしたので、思わず噴き出して彼女をつついた。


「メイベルもやってみたら?」


「……そうですねぇ。あたしはか弱いけど、イアンにだけいい顔されるのも癪ですし?」


 澄まし顔で繕って、メイベルも嬉しそうに参戦した。

 右のイアンに左のメイベルと、私は大忙しで二人を応援する。


「頑張ってメイベルーーー! そこよっ、負けるなイアンーーー! ……え?」


 不意に、視界の端を何かが横切った。


 真っ赤な帽子のてっぺんに、可愛らしい葉っぱの飾りがひとつ。

 大きな木箱を首から下げ、棒のように細い体を機敏に動して。ごった返す見物人の間を、信じられない速さですり抜けていく――


 ……え。

 あれって、もしかしてエリオットの言っていた――?


 悟った途端、ほとばしるような大声が出た。


「待って、りんご飴屋さんっ! 買うっ、買いますから行かないでっ」


 聞こえていないのか、飴屋さんは足を止める素振りもない。


 慌てふためきながら、ひょろひょろと頼りなげな背中を追って駆け出した。

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