表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/87

第27話 追い詰められた先に見えたもの。

 『暁の恋人』の最後の歌詞。


 私はそれを知らない。

 なぜならば――……


「うふふ。わたくしの最愛はレナード陛下ですもの。他の殿方の名など呼べないわ」


 そう言って、くねくねと身悶えした義姉の姿を思い出す。


 ――そう。


 歌の最後には、恋人の男性名が入るのだ。


 ただし義姉はいつも、「レナード陛下」と勝手に歌詞を変えて歌っていた。

 私は義姉の『暁の恋人』ばかり聞いていたから、本来の歌詞はうろ覚えだ。……確か、アーサーだったかヨイサーだったかホイサーだったか……。


(どうしよう……歌詞としては間違ってるけど、このまま『レナード陛下』で歌うべき?)


 一応、それでも問題はないだろう。

 これはイスレア王国の歌であって、ランダールの人々は歌詞が正しいかどうかなど知りようがないのだから。……いや、でも。


 やっぱりそれは、個人的にとてもイヤ。


 何が悲しくて、恋人の名を呼ぶべき場面で実の兄の名を呼ばなきゃならないの。

 妹大好きなレナード兄なら、そりゃあ相好を崩して喜ぶでしょうけど。


 迷っているうちに、とうとう曲は最後に差し掛かる。



 ――まばゆい暁に、あなたを重ねるの



 だんだんと声が小さくなり、囁き声に近くなる。

 混乱と焦りで手の平がじっとり汗ばんだ。



 ――願わくば、死がふたりを分かつまで

 ――わたしの、最愛……



 刹那。


 真っ白になった脳裏に、ふかふかの毛並みがよぎる。

 自信満々で(たてがみ)を揺らしたり、長いおひげをしょんぼり垂らして項垂れたり。生真面目で頑張り屋さんな、私の可愛らしい婚約者。


 はっと顔を上げ、大急ぎで息継ぎをした。

 はにかみながら会場を見渡して、一言一句はっきり発声して歌を締めくくる。



 ――わたしの最愛……ガイウス陛下



 ポロン、とピアノが演奏を終え、私はぎこちなく礼を取った。

 反応を見るのが怖くてきつく目をつぶる。


 けれど、いつまで経っても会場は静まり返ったまま。

 恐る恐る目を開くと、突如として会場は万雷の拍手と歓声に包まれた。耳が痛くなるほどの音の洪水に、ほっとして涙があふれる。


「リリアーナ殿下っ。とってもとっても素晴らしかったわ!!」


 跳ねるように駆け寄ってきたメイベルが、目を潤ませて私に抱き着いた。彼女の肩に顔を埋め、私も涙ながらに何度も頷く。


「ええ、メイベルのピアノのお陰――……って。くくくく苦しいぃぃぃ」


「あら。ごめんなさい」


 慌てたように放してくれた。よ、よかった絞め殺されるかと……。


 再びメイベルと二人で辞儀をして会場の皆に手を振ると、突然「ぉわあっ!?」という悲鳴が上がった。「おいっ、誰か倒れたぞ!?」「しっかりしろーっ、黒いローブを着て顔を隠した怪しい兄ちゃーんっ!」「担架持ってこい、担架!」


(黒い、ローブ……?)


 えらく説明的な口調に首を傾げる。

 というか、私も今日どこかで黒いローブの人を見たような……?


 様子を確かめようと舞台から降りかけたところで、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。物見櫓の男の人が、ニッカリ笑って手で大きく丸を作る。


「合格合格、大合格~! コイン三十枚、ついでに参加者からの没収コインも進呈でぇすっ」


「ほ、本当に!?」


 やったわ、これで一気にコイン長者ね!

 無一文からの大出世よ!


 手を叩いてメイベルと喜び合う。

 怪しいローブ姿の人のことなど、頭からすっかり消し飛んでいた。




***



「ひい、ふう、みい……。わぁ、五十八枚もあるわよメイベル! 二人で山分けしましょうっ」


「まあ。わたくしはよろしいのですよ、リリアーナ殿下」


「おっ、じゃあ推薦人のオレにくれてもいいんだぜっ?」


 広場片隅のベンチにて。


 戦利品の確認をしていたら、メイベルが遠慮がちにかぶりを振った。

 謙虚な彼女に微笑みかける。駄目よ、二人で一緒に頑張ったじゃない?


「メイベルのピアノのお陰で歌いきれたんだから。お願いだから受け取って?」


「リリアーナ殿下……。ふふっ、では端数の八枚だけ頂こうかしら」


「姐さんは無欲だなぁ! じゃっ、残りはオレが――」


『やかましいわっ!!』


 二人同時に蹴りを繰り出した。


 イアンはすかさず私からの攻撃は防いだものの、メイベルの蹴りをまともに食らって吹っ飛んだ。……さてはあなた、防ぐ方を間違えたわね?


 地面に倒れ伏す彼に歩み寄り、有能侍女と二人でゴキパキペキョンと関節を鳴らして見下ろした。


 メイベルが妖艶に微笑む。


「……さぁて。冥土の土産に聞いてあ、げ、る。何か言い残すことはあるかしら?」


 親切心あふれる彼女の申し出に、私は小さく失笑した。


「嫌だわ、メイベルったら。申し開きを聞く必要なんかなくってよ?」


「それもそうですわね。では一息に片付けてしまいましょう」


「あまり苦しませては駄目よ?」


 うふふふふ、と二人で笑い合っていると、イアンが慌てたように手足を動かした。カサカサと地面を這って少しずつ逃げていく。


「いや虫かアンタは」


「ぐふぅ……っ。まっ、待ってくれ……これには深い理由がぐほぅっ」


 背中をぐりぐりと踏んづけられ、俯せのイアンが「降参、降参ですっ頼むお願いどうか話を聞いて!?」とじたばた地面を叩き続ける。メイベルがちらりと私に視線を走らせたので、私はにっこり頷いた。


「無駄口を叩けないようにしておしまい」


「御意」


 薄く笑んだメイベルが華麗に止めを刺しかけたところで、イアンがつんざくような悲鳴を上げた。何事かとわらわら人が集まってくる。


 チッ、これじゃあ目撃者が多すぎるわね。


「……なぁ、姫さん。アンタ今舌打ちしなかった?」


「気のせいよ」


 きっぱり切り捨てて、土まみれになったイアンを助け起こす。


 証拠隠滅で服に付いた汚れを払ってあげていると、ふと粘りつくような視線を感じた。

 不審に思って振り返るが、目の前にはあるのは年経た大木ばかり。なぁんだ、私の勘違い――……


「いやもっとよく見ろよ。怨念の塊がいるぞ」


 えっ!?


 イアンの指摘に驚いて、もう一度目を凝らす。

 すると確かに、大木の陰に隠れるようにしてこちらを睨みつける大男がいた。髭もじゃの顔をくしゃくしゃにして滂沱(ぼうだ)の涙を流し、キーッとハンカチを噛み締めている。


 実物は思ったほど怖くなくて、安堵に胸を撫で下ろした。


「随分とはっきり見える幽霊なのね?」


「だぁれが幽霊だぁっ、誰が!? 儂は王城庭師のサイラスだぁっ」


 サイラス……?


 間髪入れずに突っ込まれ、目を丸くする私にメイベルがしかめっ面を向ける。ひそひそと――いや存外大きな声で囁きかけた。


「リリアーナ殿下の前に歌ったかたですわ。ほら、あの類まれなる音痴の」


「ああ、とっても音痴の」


「そうだぞ、すっげー音痴の」


「音痴音痴うっさいわぁぁっ!! いつもはもうちょびっとだけマシなのっ! 酒飲んだ後で調子が悪かったのっ!」


 駄々っ子のように地団太を踏む五十年配の大男に、イアンがあきれ返った視線を向ける。


「それでコイン没収されてたら世話ねぇわ。せっかく二十八枚も持ってたんだろ、おやっさん」


「飲み比べで勝ったんだぁ。……くくぅっ。まさかゼロになるたぁ、誰が想像できようか……! おいイアンッ、お前さんは今回何枚手に入れた!?」


 胸倉を掴まれ、イアンはグッと喉を詰まらせた。「ああ、いやそれは」と半笑いで取り繕いつつも、目だけは正直にうろうろ泳いでいる。


「オレは今日はその、あれだからな。姫さんの特別な護衛っつーか? お守役っつーか?」


「ンだから何枚だぁっ!?」


 鼻息荒く詰め寄る男にイアンは最早たじたじだ。仕方なく二人の間に割り込み、怒れるサイラスをなだめにかかる。


「落ち着いてサイラス。イアンは、そのう……えぇと……」


 言いよどむ私に代わって、メイベルが靴のヒールを鳴らして進み出た。つややかな黒の巻き毛を払い、高らかに告げる。


「そんなに知りたいのなら教えてあげるわ。あたし達の戦歴は、リリアーナ殿下が五十枚。あたしが八枚。――そして、イアンは情けないことに全くのゼロ枚よ!!」


「姐さぁぁぁぁぁぁんッ!!?」


 メイベルの無情なネタばらしに、膝から崩れ落ちるイアンであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ