第13話 この二人、どうやら混ぜると危険です。
精霊廟でお昼寝したい。
その願いを、私はなかなかガイウス陛下に伝えきれずにいた。
なぜならば――
「……ガイウス陛下は? 今日もいらっしゃらないのですか?」
給仕してくれるメイドさんに、ため息交じりで問い掛ける。
メイドさんは申し訳なさそうに眉を下げて頷いた。
夕食の時間。
今日も今日とて、だだっ広いテーブルには私ひとりきり。
ランダール王国に到着してから、ただの一度もガイウス陛下と食事を共にしたことはない。やっぱり変態発言がいけなかったのかしら、と俯いていると、向かいの席からガタリと椅子を引く音がした。
「……っ。ガイウス陛――! げ」
せっかく喜び勇んで顔を上げたのに、目の前にいたのは期待外れの男だった。
食事が山と積まれた皿に無表情で手を伸ばすのは、言わずと知れた宰相エリオット。……実は密かに天敵と認定している。
私の恨みがましい視線に気が付いたのか、エリオットは開きかけていた口を閉じる。大真面目に頭を下げた。
「ごきげんようリリアーナ様いただきます」
私が食べられるみたいなんですけど?
頭痛を堪えていると、今度は私の隣の椅子が鳴る。
「今度こそガイウス陛――! うん違うわよねわかってた……」
隣に座ったのは、これまた無表情なディアドラだった。
私を一顧だにせず、襟元にきゅきゅっとナプキンを挟み込み、優雅に食事を開始する。夏バテなど縁のなさそうな、食欲旺盛な二人をげんなりしながら見比べた。
「……ねえ、前から聞こう聞こうと思っていたのだけれど。どうして陛下がいらっしゃらないのに、臣下であるあなた達は、毎日のようにここで食事をしているの?」
一語一句区切るようにして嫌味ったらしく尋ねると、彼らは同時に手を止めた。
ぱんぱんに頬のふくらんだ顔を上げる。
「ふぁふぁふぁふぁふぁ」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ」
飲み込んでからしゃべりなさいよ。
脱力する私の前に、メイドさんがほかほかに炊き上がったご飯を給仕してくれた。まあ、今日もとっても美味しそう。
いっぺんに機嫌を直し、私もいそいそとナイフとフォークを手に取った。
ふっくら焼き上げられたお魚と白米を一緒に食べると、もはや至福のため息しか出てこない。ああ、ランダール王国のお魚ってば本当に最高。
上機嫌で咀嚼する私を、ディアドラがあきれたように見やった。
「塩を振って焼いただけの料理にそこまで喜ぶか? ランダール王国の食事は質素だと、怒り出すかと思っていたのに。つくづく君は変わった姫だな」
「ええ? そうかしら……」
確かにここの食事は素朴だとは思う。
王族だろうが一般庶民だろうが、食事内容はさして変わらないらしいし。……でも。
「私は病弱だから、豪華な料理はそれほど好きじゃないの。それに、ランダールの食材はどれも新鮮で味がいいわ。余計な手を加えないほうが美味しいくらいよ」
「まあ。ありがとうございます、姫様」
給仕のメイドさんが嬉しそうに顔をほころばせる。
私もにっこりと彼女に笑い返し、お次はじゃがいもの大皿に手を伸ばした。ふかしたお芋にバターをのせて、お塩をぱらり。ほくほく湯気が立って、とっても美味しそうだったのよ……ね……?
「ない……!?」
愕然とする私に、エリオットとディアドラがぎくりと体を揺らす。ゆっくりと顔を見合わせた。
「申し訳ありませんリリアーナ様。この大食らいの妹が」
「すまないなリリアーナ。この大食漢の弟が」
二人同時に弁解する。
――が、今日という今日は許さない。
怒りに任せてテーブルを叩きつけ、次の料理に手を伸ばす二人を怒鳴りつけた。
「もうっ、昨日も私の分まで食べてしまったでしょう!? それからあなた達っ。どちらが弟でどちらが妹なのか、いい加減はっきりしてくれない!?」
そう。
つい最近知ったのだけれど、ディアドラとエリオットは双子のきょうだいだったらしい。顔立ちはさほど似ていないものの、そういえば苗字が同じだったっけ、と気付いたのは後になってから。
鼻息荒く睨みつける私を眺め、双子は同じ方向に首をひねった。
「はっきりしろ、と言われましても。わたしが兄です」
「いいや違う。私が姉だ」
「違います。わたしこそ真の兄です」
「ふっ。この私こそ本当の真の姉」
「いいえ。今ここにいるこのわたしこそ本当の真なる真の本当の――」
「ごめんなさい取り消しますっ。もうどっちでもいいです!」
果てることのない口論にたまりかねて割って入る。なんだか目が回ってきちゃったじゃない!
獣人というのはどうやら大雑把な気質であるようで、この双子のどちらが先に誕生したのか、親も産婆さんもうっかり確認し忘れてしまったらしい。物心がついてからは、どちらも自分が兄だ姉だと主張して譲らないんだとか。
私が頭を抱え込んでいる間に、息ぴったりな双子はテーブルの料理をもりもりと平らげていく。
その細い体のどこに入っていくのか、というのは聞くだけ野暮なのだろう。
じゃがいもを諦めた私は、早々に食後のお茶へと移行する。
「ねえ、エリオット。陛下は随分お忙しいようね?」
湿っぽいため息をつきながら問い掛けると、エリオットは小さく肩をすくめた。
「忙しいことは否定しませんが、どちらかと言えばあれは単なる仕事中毒です。……ああ、そう。それで思い出しました」
ひとつ空咳をして、改まったように背筋を伸ばす。おごそかに口を開いた。
「リリアーナ様、貴女の素敵お昼寝スポットについてなのですが。わたしの一押しがありますので、ぜひお越しください。――ガイウス陛下の執務室です」
なんという場所を勧めるの。
常識どこに捨ててきた?
あきれ果てていると、ディアドラもぽんと手を打って頷いた。
「そうそう、そうだったな。リリアーナ、弟の言う通りガイウスの執務室で寝るといい。あそこのソファはでかい上にふかふかだぞ」
「あらそうなの? じゃあ……って。そんなわけにいかないでしょーが!」
ふかふかソファに危うく流されるところだった。
なんとか踏みとどまった私に、双子は無表情に顔を見合わせる。代表してディアドラが手を挙げた。
「リリアーナ。君に婚約を打診したわけは色々あるが、我々臣下としての第一理由は――……」
「休まず働く愚か者、もとい頑張り屋のガイウス陛下に、『だらける』『怠ける』という概念を教えてあげて欲しいのですよ。わたしもこれ見よがしに横で休憩したりはしておりますが、陛下には全く伝わらず」
「そこで、君の出番というわけだ。究極の真面目人間には究極の駄目人間をぶつけるに限ると、君の兄であるセシルから助言をもらってな。――そう。リリアーナ・イスレア、君こそ全怠け者の至る最終形態。その名もお昼寝大好きぐうたら姫」
そんなおかしな進化を遂げた覚えはない。
ぐうたら姫って単なるあだ名だからね?
椅子から崩れ落ちつつ、じっと唇を引き結んで考え込んだ。
究極の駄目人間呼ばわりしたセシル兄には、次回会ったときメイベルをけしかけるからいいとして。
(……どのみち。ガイウス陛下には、精霊廟でのお昼寝の許可をいただかないといけないものね)
うん、と心に決めて立ち上がる。
「わかったわ。明日から陛下の執務室にお邪魔することします。……お昼寝ができるかは約束できないけど」
初めほど怖くはないものの、あの獅子そのものの顔で睨まれたら足が震える。まして怒鳴りつけられてしまったら、繊細な私は気を失ってしまうかもしれない。
それでも陛下のためになるならば、と悲壮な決意を固める私に、双子はぶんぶかぶんと勢いよく首を振った。
「いやいやいやご謙遜を」
「過ぎた謙遜は嫌味になるぞ。己は図太くたくましい、天衣無縫の駄目人間であると。もっとどんと胸を張るがいい」
「…………」
セシル兄をしばくより、もっと前に。
私には今すぐ、怪力侍女を派遣すべき先があるようだ。




