表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/87

第13話 この二人、どうやら混ぜると危険です。

 精霊廟でお昼寝したい。


 その願いを、私はなかなかガイウス陛下に伝えきれずにいた。


 なぜならば――


「……ガイウス陛下は? 今日もいらっしゃらないのですか?」


 給仕してくれるメイドさんに、ため息交じりで問い掛ける。

 メイドさんは申し訳なさそうに眉を下げて頷いた。


 夕食の時間。

 今日も今日とて、だだっ広いテーブルには私ひとりきり。

 ランダール王国に到着してから、ただの一度もガイウス陛下と食事を共にしたことはない。やっぱり変態発言がいけなかったのかしら、と俯いていると、向かいの席からガタリと椅子を引く音がした。


「……っ。ガイウス陛――! げ」


 せっかく喜び勇んで顔を上げたのに、目の前にいたのは期待外れの男だった。

 食事が山と積まれた皿に無表情で手を伸ばすのは、言わずと知れた宰相エリオット。……実は密かに天敵と認定している。


 私の恨みがましい視線に気が付いたのか、エリオットは開きかけていた口を閉じる。大真面目に頭を下げた。


「ごきげんようリリアーナ様いただきます」


 私が食べられるみたいなんですけど?


 頭痛を堪えていると、今度は私の隣の椅子が鳴る。


「今度こそガイウス陛――! うん違うわよねわかってた……」


 隣に座ったのは、これまた無表情なディアドラだった。

 私を一顧だにせず、襟元にきゅきゅっとナプキンを挟み込み、優雅に食事を開始する。夏バテなど縁のなさそうな、食欲旺盛な二人をげんなりしながら見比べた。


「……ねえ、前から聞こう聞こうと思っていたのだけれど。どうして陛下がいらっしゃらないのに、臣下であるあなた達は、毎日のようにここで食事をしているの?」


 一語一句区切るようにして嫌味ったらしく尋ねると、彼らは同時に手を止めた。

 ぱんぱんに頬のふくらんだ顔を上げる。


「ふぁふぁふぁふぁふぁ」

「ふぉふぉふぉふぉふぉ」


 飲み込んでからしゃべりなさいよ。


 脱力する私の前に、メイドさんがほかほかに炊き上がったご飯を給仕してくれた。まあ、今日もとっても美味しそう。


 いっぺんに機嫌を直し、私もいそいそとナイフとフォークを手に取った。

 ふっくら焼き上げられたお魚と白米を一緒に食べると、もはや至福のため息しか出てこない。ああ、ランダール王国のお魚ってば本当に最高。


 上機嫌で咀嚼する私を、ディアドラがあきれたように見やった。


「塩を振って焼いただけの料理にそこまで喜ぶか? ランダール王国の食事は質素だと、怒り出すかと思っていたのに。つくづく君は変わった姫だな」


「ええ? そうかしら……」


 確かにここの食事は素朴だとは思う。

 王族だろうが一般庶民だろうが、食事内容はさして変わらないらしいし。……でも。


「私は病弱だから、豪華な料理はそれほど好きじゃないの。それに、ランダールの食材はどれも新鮮で味がいいわ。余計な手を加えないほうが美味しいくらいよ」


「まあ。ありがとうございます、姫様」


 給仕のメイドさんが嬉しそうに顔をほころばせる。

 私もにっこりと彼女に笑い返し、お次はじゃがいもの大皿に手を伸ばした。ふかしたお芋にバターをのせて、お塩をぱらり。ほくほく湯気が立って、とっても美味しそうだったのよ……ね……?


「ない……!?」


 愕然とする私に、エリオットとディアドラがぎくりと体を揺らす。ゆっくりと顔を見合わせた。


「申し訳ありませんリリアーナ様。この大食らいの妹が」

「すまないなリリアーナ。この大食漢の弟が」


 二人同時に弁解する。

 ――が、今日という今日は許さない。


 怒りに任せてテーブルを叩きつけ、次の料理に手を伸ばす二人を怒鳴りつけた。


「もうっ、昨日も私の分まで食べてしまったでしょう!? それからあなた達っ。どちらが弟でどちらが妹なのか、いい加減はっきりしてくれない!?」


 そう。


 つい最近知ったのだけれど、ディアドラとエリオットは双子のきょうだいだったらしい。顔立ちはさほど似ていないものの、そういえば苗字が同じだったっけ、と気付いたのは後になってから。


 鼻息荒く睨みつける私を眺め、双子は同じ方向に首をひねった。


「はっきりしろ、と言われましても。わたしが兄です」


「いいや違う。私が姉だ」


「違います。わたしこそ真の兄です」


「ふっ。この私こそ本当の真の姉」


「いいえ。今ここにいるこのわたしこそ本当の真なる真の本当の――」


「ごめんなさい取り消しますっ。もうどっちでもいいです!」


 果てることのない口論にたまりかねて割って入る。なんだか目が回ってきちゃったじゃない!


 獣人というのはどうやら大雑把な気質であるようで、この双子のどちらが先に誕生したのか、親も産婆さんもうっかり確認し忘れてしまったらしい。物心がついてからは、どちらも自分が兄だ姉だと主張して譲らないんだとか。


 私が頭を抱え込んでいる間に、息ぴったりな双子はテーブルの料理をもりもりと平らげていく。

 その細い体のどこに入っていくのか、というのは聞くだけ野暮なのだろう。


 じゃがいもを諦めた私は、早々に食後のお茶へと移行する。


「ねえ、エリオット。陛下は随分お忙しいようね?」


 湿っぽいため息をつきながら問い掛けると、エリオットは小さく肩をすくめた。


「忙しいことは否定しませんが、どちらかと言えばあれは単なる仕事中毒です。……ああ、そう。それで思い出しました」


 ひとつ空咳をして、改まったように背筋を伸ばす。おごそかに口を開いた。


「リリアーナ様、貴女の素敵お昼寝スポットについてなのですが。わたしの一押しがありますので、ぜひお越しください。――ガイウス陛下の執務室です」


 なんという場所を勧めるの。

 常識どこに捨ててきた?


 あきれ果てていると、ディアドラもぽんと手を打って頷いた。


「そうそう、そうだったな。リリアーナ、弟の言う通りガイウスの執務室で寝るといい。あそこのソファはでかい上にふかふかだぞ」


「あらそうなの? じゃあ……って。そんなわけにいかないでしょーが!」


 ふかふかソファに危うく流されるところだった。

 なんとか踏みとどまった私に、双子は無表情に顔を見合わせる。代表してディアドラが手を挙げた。


「リリアーナ。君に婚約を打診したわけは色々あるが、我々臣下としての第一理由は――……」


「休まず働く愚か者、もとい頑張り屋のガイウス陛下に、『だらける』『怠ける』という概念を教えてあげて欲しいのですよ。わたしもこれ見よがしに横で休憩したりはしておりますが、陛下には全く伝わらず」


「そこで、君の出番というわけだ。究極の真面目人間には究極の駄目人間をぶつけるに限ると、君の兄であるセシルから助言をもらってな。――そう。リリアーナ・イスレア、君こそ全怠け者の至る最終形態。その名もお昼寝大好きぐうたら姫」


 そんなおかしな進化を遂げた覚えはない。

 ぐうたら姫って単なるあだ名だからね?


 椅子から崩れ落ちつつ、じっと唇を引き結んで考え込んだ。

 究極の駄目人間呼ばわりしたセシル兄には、次回会ったときメイベルをけしかけるからいいとして。


(……どのみち。ガイウス陛下には、精霊廟でのお昼寝の許可をいただかないといけないものね)


 うん、と心に決めて立ち上がる。


「わかったわ。明日から陛下の執務室にお邪魔することします。……お昼寝ができるかは約束できないけど」


 初めほど怖くはないものの、あの獅子そのものの顔で睨まれたら足が震える。まして怒鳴りつけられてしまったら、繊細な私は気を失ってしまうかもしれない。


 それでも陛下のためになるならば、と悲壮な決意を固める私に、双子はぶんぶかぶんと勢いよく首を振った。


「いやいやいやご謙遜を」


「過ぎた謙遜は嫌味になるぞ。己は図太くたくましい、天衣無縫の駄目人間であると。もっとどんと胸を張るがいい」


「…………」


 セシル兄をしばくより、もっと前に。

 私には今すぐ、怪力侍女を派遣すべき先があるようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ