村長宅にて
私たちは馬車でヴァーデル領を目指して2週間が経過した。この期間に私はアルベール様とかなり仲良くなれた気がする。これからの開発計画や現在の領民状況など政治的な話しが多かった気がするが、その話で私とアルベール様はとても盛り上がった。もっと女の子っぽい雑談をできればよかったが、コミュニケーション弱者である私には雑談はハードルが高すぎたのだ。もっぱら、私が最も知っている勉強したことに関係する政治や経営の話になってしまったのだ。それに、アルベール様は私と話しているだけで楽しいとニコニコして言うので甘えさせてもらったのだ。
そんなこんなで2週間が過ぎた。進むにつれ森もだいぶ深くなり、人気もかなり少なってきた。辺りは人の手が加えられたことのない、まさに動物たちの領域と呼ぶにふさわしい場所にある獣道と間違ってしまうような細い道を馬車は進んでいた。
「殿下。そろそろ、ヴァーデル領に入ります。そして、今日は一番近くの村で一泊する予定となります」
と御者台からアンドレのそのような声が聞こえた。
「わかった。それで頼む」
アルベール様も返事を返した。そして、アルベール様は遠足を楽しみにする小学生のような表情で私に話しかけてきた。
「クリス。やっとヴァーデル領だよ! 楽しみだね。報告で聞くだけでどんなところか妄想するだけの日々がやっと終わる。ここが僕たちの新天地だよ」
「そうですね。報告だけでは分からないことだらけでした。これから大変そうです。でも、こんなに期待に胸を膨らませるのは久しぶりです」
そんな話をして、これからまず何をやるべきかなど領地統治プランを二人で考えた。いくらか時間が経ち煙がたつ一帯が見えてきた。とうとうヴァーデル領の村についたのだろう。そして、次第に柵で囲われた村が見えてきた。
村人が畑を耕していた。私は3日ぶりの人の姿に感動した。
馬車は村の中央にある大きな家の前に止まった。その家からは多分村長であろう年老いた男性とその家族が出てきて頭を地面につけた。私たちは馬車を降りた。すると村長が
「本日はこのような辺鄙の村までようこそお越しくださいました。どうぞ我が家でごゆっくりお寛ぎくださいませ」
と言った。アルベール様は
「面を上げよ。うむ、出迎えご苦労。今日は邪魔をするぞ」
王族らしい雰囲気を出して言った。
「「「はは~~」」」
その後、私たちは村長の家に入った。家の中は思ったより広く、木の香りが漂うログハウス風の家に少し心踊った。私は前世このようにまるで別荘のような家に憧れたていたのだ。しかし、前世貧乏でその日の暮らしに追われていた私には当然そのような家に住むのは無理な話であった。今世でこのような形で短い間ではあるが住むことができ夢が叶ったとウキウキしてしまうのであった。
私がログハウス風の村長宅で木の香りと雰囲気を楽しんでいると、ノックをしてアンナが入ってきた。
「お嬢様。夕食の準備が整いました」
「わかったわ。ヴァーデル領の料理が楽しみだわ」
私はどんな未知の料理が出てくるのか楽しみだった。私がこの世界に生まれてから、この旅で食べたサンドウィッチを除けば王都の料理のあまり美味しくない料理しか知らない。だから、私の食の探求欲ここ最近で鰻登りになっていた。今まで抑圧していた分が押し寄せてきたのだろう。私はルンルンで食卓に向かった。
食卓にはすでにアルベール様は席に座っており、その後ろにはアンドレが立っていた。村長夫婦は私を待っていたのか立っていた。私が食卓に近くと
「さぁ、こちらへどうぞ」
と村長がアルベール様の隣の席を施した。私はその席に着き、テーブルにある料理を見た。テーブルには底が深い器にシチューのようなものが入っていた。それから鶏に似た鳥の丸焼きがあった。他にも判断もつかない食べ物などがテーブルに並んでいた。私がこの世界で初めてみる料理ばかりだった。早く食べたいという思いに駆られていた。しかし、村長が挨拶をし出したのだ。
「えぇ~、第一王子殿下並びに婚約者様におかれましては、この度はこのような辺境の地にお越しいたしまして大変ありがとうございます。また……」
話がひたすら長い。私がぐったりしていることに気づいたのか村長の奥様が
「あなた! お二方が困惑なされいますわ! 早く夕食にしましょう!」
と言って、村長も私たちの表情にやっと気づいたのか気まずそうに話をしめた。そして早速、私はそのシチューのようなものに手をつけた。スプーンでそれをゆっくりと沈めた。すると中には何か具材が入っているようだ。私はシチューを少し避けて中身を見てみるとそこには米らしい粒々が無数に見えた。私はすぐにそれをスプーンで掬い口に含んだ。噛み締めて食べるともっちりとした感触にシチューがかかって分かりづらいが僅かに米の甘みのようなものを感じた。私は一心不乱にその料理を食べた。すぐになくなり私が満足しているとアルベール様がまるで小さい子を見るような微笑ましいと言わんばかりの温かい目で私を見ていた。私は恥ずかしさを覚え、下を向いた。そのとき、私は茹で蟹のように真っ赤になっていたことだろう。すると村長の奥様が
「すごく気にいっていただけで良かったです」
と言った。
「えぇ、とてもおいしかったです。まるで昔を思い出すような味でした。ちなみにこのシチューの下にある穀物は何でしょう?」
私は気を取り直して一番気になることを聞いた。
「これは米という食べ物です。遠い昔にここに訪れた旅人がここら辺で自生していた米の食べ方と育て方を伝えたと聞いています」
「その方について詳しく教えて頂けないでしょうか?」
私は、私と同じ転生者の可能性を感じてついそう聞いてしまった。すると今度は村長が答えた。
「私も詳しくは知りません。なんせ昔のことで真偽も確かではありません。その旅人がここに住み着き、それからここらではこれが主食になったという話を私が幼い頃に聞いたくらいです」
村長の奥様も首を縦に振り村長と同じようだ。
「……そうですか」
私は少しがっかりした。だけど、これからここで暮らすことになる私は、つまり毎日ご飯を食べることができるのだ。誰が伝えたのかは分からないが、私はその人に感謝した。その後も私は料理を楽しんだ。