前世から今世
現在改稿中です。表現などが若干変わる可能性があります。話の流れは変わりません。申し訳ございませんがご了承ください。
すでに町は寝静まり、街頭のわずかな明かりが地面を照らす歩道を一人で歩いていた。
「はぁー、なんのために生きているんだろ」
27歳 OLである狩野 湊は今日、上司に理不尽に怒鳴られたせいでクタクタになっていた。それに加え体に重くのしかかった疲労のせいで口からそのような言葉をこぼした。万年人手不足で残業ばかりである自分の会社は、いつになく業績が悪化したため会社の引き締めをはじめたのである。そのせいで最近の上司は、ピリピリしていたのだ。そして、私が些細なミスをしたことで上司は憂さ晴らしをしているのでは?と思うような叱り方をしてきたのである。強メンタルを自負している私ですら参るほどのものであった。しかし、弱音を吐いて場合ではない。私には帰ってからもやらなければいけないことがあるのだ。
「陸と美香の弁当の下準備をしなくちゃ。それから……」
と独り言をこぼす。彼女には、年の離れた弟と高校生になったばかりの妹がいた。
彼女のうちは父子家庭であり、父親がだらしない人であるため、いつも彼女が弟と妹の面倒を見ていた。それは、高校を卒業して社会人になっても変わらなかった。そこのとに彼女は不満はなかった。彼女自身、妹達を大切に思っていたこともあり、面倒を見るのは苦ではなかったのだ。そんな面倒見の良い彼女であったが、目つきの悪さとあまり社交的でなかったことが原因で周りに馴染めず、ぼっちの人生を歩んでいた。だから、まともな友達もいなければ、彼氏もできたこともなかった。悩みを相談する相手も支えてくれる人もいない。自分の中に溜まった鬱憤を晴らす手段もない。只々我慢をすることが彼女の人生のすべてであったのだ。
「はぁー、私はどうなっちゃうだろう。このままヨボヨボのおばあちゃんになって独り寂しく暮らすのかなぁ」
湊は力なく肩を下げながら歩く。辺りの店もすべてシャッターが降りており、人の気配すらしない暗い道。するといきなり、建物が並ぶ側からシューーーというなにやらガスが抜けているような音が聞こえてきた。湊は一度足を止めて音の方に頭を向けた。そのとき、ドゥカーーンという音と共に目の前がホワイトアウトした。
◇
意識が戻り、慌てて目を辺りを見渡した。そこは見覚えのないところであった。私がいた場所とは似ても似つかぬ部屋である。その部屋には、メイド服のようなものを着た中年の女性がいたのだ。その女性は部屋の掃除をしていた。そして、私が動いた音に気づいたのかこちらを向くと彼女は、私のほうに近づいてきた。彼女が近づくにつれ、彼女の体が異様に大きいことに気づき、私は驚いて声を上げた。
「あーう、あう?!」
しかし、言葉にならない声しか出なかった。いくら話そうとしても喋れないのだ。手振り身振りを取ろうとしても体がうまく動かない。そんなことをしている間に彼女は私がいる場所に来ていた。やはりデカイ! 私の何倍もある身長だ。
「お嬢様どうなされたのですか?」
と言った。私は化け物を見たような恐怖と同じような感覚を覚えた。我慢できず暴れながら泣き喚いた。
彼女は、にこやかにこちらを見ながら私を持ち上げてゆっくりと私を揺らした。
「お嬢様。何も怖いことはありませんよ」
そう言いながら、まるで赤ちゃんをあやすように揺らすのである。すると段々私は穏やかな気持ちになっていった。
「お寝んねの続きをしましょうねー」
私が泣き止むと彼女は子守唄歌いはじめた。されるがままであった。この状況を理解しようと頭を働かせようとするが眠気に襲われた。私は下がりゆく瞼をあげようと奮闘するがついに眠気に負け、目をつぶってしまったのだった。
私は瞼に日の光を感じ、意識を取り戻した。すると辺りは暗くなっており、西日の光だけが部屋を照らしていた。部屋は誰もいない。静けさがこの空間を支配していた。
頭がすっきりとした感覚がある。私は今のうちに自分の身に何が起こったのか冷静に分析することにした。
まず、自分の手を見た。その手は、あまりにも小さくぷっくりしていた。まるで弟や妹が赤ちゃんだった時のような手だ。さらに上半身を起き上げようとするが、起き上がらなかった。
先ほどの女性の対応と自分の手をみるにどうやら赤ちゃんになっているらしい。つまり私は新たに生まれ変わったのだ。
不思議な気分だ。最後に覚えている記憶は、何かの爆発に巻き込まれたところだった。多分、私は死んだんだろう。夢がこんなにリアルなはずがない。
あまりにも唐突で、弟たちに何も告げられなかったことが悔しい。また弟たちの今後が心配になった。
陸はまだ小学校に入ったばかりだし、美香は思春期でお母さんぽい私を最近避けていた。二人とも大切な家族で、替えがたい宝物であった。でも、もう何してあげることができないのが辛くて、悲しくて気が狂いそうになった。そう思っていると勝手に涙が出て声を上げて泣いていた。
すぐにさっきの女性があやしにきた。持ち上げられ、ゆらゆらと揺らされた。母親のような温かみを感じて、さっきまであんなにも胸が張り裂けそうな思いだったのが、ちょっとずつ薄れていった。そして、泣き疲れてまた眠った。
次に目を覚ましたのは、朝方だった。窓から日差しが入っていた。
私は、お腹が空いていたのか我慢できず声を上げて泣いた。すると、昨日と同じ女性が来てお乳を飲ませてくれた。それにしても、成人の私が食事から下の世話まで誰かにしてもらうのは恥ずかしく感じる。だが、体につられて我慢し難いし、我慢するのも体によろしくない。だから、現状を受け入れて心を無に徹することにした。早く自由に動けるようになりたいと思う。
◇
私は退屈していた。この体に移ってはや2週間がたっていた。体もうまく動かないし、言葉もまともに話せない。赤ちゃんとはやることがないのだ。特に精神年齢が27歳の私にとっては苦痛である。とにかく暇だ。だから私は、暇つぶしと実利を兼ねて情報を集めと現在の状況を考察することにした。
私の部屋はヨーロッパの貴族が使っていそうな豪華な室内であった。周りには、細かく彫刻され装飾された家具やいかにも高そうな絵画が飾ってある。私が今いる寝床の手すりまで細やかな装飾がなされている。どれも歴史を感じさせるような色合いだ。さらにメイド服を着た女性たちがこの家にはいるのだ。私が見た限りでも5名はいた。そんな彼女たちは、よくこの部屋で話をする。たぶんの私の世話係なのだろう。私が赤ちゃんであることをいいことに、いつもおしゃべりに熱中している。私はそんなメイドたちの話に耳を立てた。話によると、私はやはり貴族の家に生まれたようだ。他にも隣国で綿織物が多く作られるようになって服が安くなっただとか動く鉄の塊が開発されたなどの話をしていた。
どれも聞き覚えのある言葉だ。私はない知識を絞り、なんとか高校で習った歴史で出てきた産業革命いう言葉を思い出した。
(確か産業革命がイギリスで起きたはずだから、その時代のヨーロッパの国に生まれたのかな?)
そうを思いながら、さらにメイドたちのおしゃべりから情報を集めると、伯爵は夜遊びで忙しく、夫人も夫人で愛人を別館に連れ込んでいるらしい。どうやら家族関係は冷めきっているようだ。さらに私が住まうところが判明した。シュヴァリエという伯爵家の屋敷らしい。このような大雑把な情報を得ることができた。どうやら私は伯爵家の娘であるようだ。伯爵はどのくらいの地位かは分からないがメイドたちの話によると名家であるのは間違いない。つまり、人生勝ち組だ。しかし、両親の関係は話によるとかなり冷え切っているらしい。幸先不安を感じる。しかし、せっかくまた人生を始めるのだ。今度は後悔のないようにと思う。愛しいている人と結婚したいし、子供がほしい。そして、家族に囲まれて亡くなりたい。
(……今度こそ、大往生を目指して生きよう!!)
私は心の中で固く決心をした。そして、頭をいっぱい使ったせいか疲れを感じる。だから、いつものように眠気に身を委ねた。まず、しっかりと成長しなければいけないから。