第十七章その3 銀河系軍団(ただしラグビーです)
「学校代表は次でセントラルチャーチ校と対戦なのか」
講義室の椅子にもたれかかりながらスマートフォンをいじっていたキムがふんふんと頷く。この地区大会について各校各年代チームの試合結果を取りまとめ、親切にもトーナメント表まで作ってくれているサイトがあるのだそうだ。
ここ最近、全員がラグビー部員である我らがラグビークラスの面々は学業なぞ今すぐほっぽりだして、外でラグビーの練習をしたいと思っていた。
先週土曜日の俺たちが第1回戦に勝った日、クラスメイトのほとんどが在籍するU-14チームも別会場で行われた試合で勝利している。
だが勝ち残ったのは俺たちU-15以外では彼らU-14と、ハミッシュらの所属する最強メンバーの学校代表のみだった。他の年代は1回戦敗退で、全員仲良く2回戦進出にはならなかった。
「ニカウ、お前この前のテストの出来は何だ!」
授業中、うとうととまどろんでいたニカウに数学担当の教師の雷が落ちる。
「ふぇ? 平方根って見てたらお腹減ってきません? で、それにつられて数字が全部ビスケットに見えてきません?」
「んなわけあるか!」
数学の授業が終わった後、ニカウは机にぐったりと突っ伏していた。ラグビーの練習よりずっと打ちのめされている気がするな。
「数なんてぇ、大きいと小さいさえわかればいいじゃん」
「カラスでも4までの数は数えられるっていうぞ」
俺はすかさずニカウの頭をぴしゃりと叩いた。他の教科はさておき、ニカウの数学の苦手度合いは致命的だった。
ちなみにアジアン3人組は全員、数学は軒並み好成績を収めている。東アジア舐めんなよ。
この日のラグビーの授業では皆、いつも以上にプレーに熱がこもっていた。次の試合に向けて溜め込んだ思いを練習にぶち込んでいるようだ。
「今の甘いフェイントじゃバレバレだぞ、手と視線がバラバラだ」
実戦形式の練習の最中、オースティン先生が生徒に喝を飛ばす。
「セントラルチャーチ校って、たしかオースティン先生の息子さんがいたよね」
U-15に属する4人組がぼそぼそと声を交わす。
以前アイリーンと温泉施設を訪れた時、偶然にもセントラルチャーチ校ラグビー部員を連れた先生と出会った。
息子のセオドア・オースティンはセントラルチャーチ校の学校代表チームのフランカーだそうで、次の試合ではうちの学校とぶつかることになる。
こんな時期なので先生もさぞや落ち着かないことだろう。だが先生は自分の職務であるライバル校の生徒を、今日も今日とて指導しているのだ。
授業が終わり、みんなで用具の片づけをしている最中のことだった。
「あの、オースティン先生」
いつも控えめの和久田君が珍しく先生を呼び止める。
「どうした?」
目をぱちくりとさせて振り返るオースティン先生に、和久田君は一呼吸入れて尋ねた。
「先生は明日の試合、どっちの学校を応援されるんですか?」
近くでボールを運んでいた俺たちも、ピタリと手を止めてしまった。
我が子のいるチームか、教え子のチームか。指導者の父を持つ和久田君にとってはどうしても気になるところなのだろう。
先生は一瞬、面食らったよな顔を見せた。しかしじっと視線を向ける和久田君に対しふっと表情を崩すと、「これを見ろ」と持ってきたカバンに手を突っ込んだのだった。
取り出したのは1着のラガーシャツだった。だがその珍妙な見た目に、俺たちは「うわ、なんだこのジャージ!?」と駆け寄ってしまった。
右半分がうちの学校、もう左半分はセントラルチャーチ校のユニフォームというキマイラのようなデザイン。その真ん中には不器用な縫い目が見える。
「頑張って縫い合わせたんだ」
にこりと微笑む先生に、生徒たちは「手作りかよ!」と決壊した。いつもの授業なら起こるはずのない爆笑が、ラグビー場で湧き上がる。
「これが今の俺の心境だよ。みんなを応援したいし、自分の子も応援したい。こういうの、ダメか?」
尋ねる先生に俺たちは「いえ全然」と首を横に振った。だが俺たちが気になったのはもっと丁寧に作れよと声を張り上げてしまいたくなる見てくれの、シャツそのもののビミョーな出来だった。
「先生、発想はいいんですけど縫い目が雑ですよ」
「応援してて力入れたら真ん中から裂けて破けそうですね。ケンシロウみたいに」
「体格で言えばケンシロウってよりラオウだよ」
生徒からの熾烈なツッコミに、先生も「え、縫い直し?」と困ったように眉を曲げる。
ふと隣に目を向けると、和久田君も半々で柄の分かれたシャツを見てあははと声に出して笑っていた。おかしい、というより嬉しいと言ったようすで。
そして土曜日。俺たちU-15チームは前回と同じくノース・ハーバー・スタジアムまで、チャーターバスに乗って向かう。
学校代表は別会場なのでハミッシュたちの試合、そしてキマイラシャツで応援するオースティン先生の姿を見ることができないのは惜しいが、決勝進出のためには全力で戦わねばならない。
この日俺たちが戦うのはワイタケレインターナショナル校だ。
名前の通り国際色豊かな学校で、留学生の受け入れもオークランドゼネラルハイスクール以上に積極的に行っている。
そのためスタジアムで見かけた相手選手は、アングロサクソン系やポリネシア系だけでなく、黒い肌のアフリカ系や切れ長の眼の中華系、ゲルマン系、東欧系、ヒスパニック系と俺たち以上に多様性に富んでいた。
「すご、まるで多国籍軍団だな」
駐車場でぞろぞろとバスから降りてくる相手選手を遠目で眺めながら、俺は唖然と口にした。
色んな国の選手が集まると世界の選りすぐりって感じがして、なぜだかめっちゃ強そうに見える理論だ。漫画とか映画でもそうだろ?
キムに至っては「なんつーか……レアル・マドリードみたいだな」と呟く始末だ。
まさかここで国の縛りを飛び越えた銀河系軍団の名を聞くことになるとは。まあでも確かに、スペインのリーガエスパニョーラは外国人枠がゆるゆるというか、外国人扱いされない国が多すぎるからなぁ。スタメン11人にスペイン国籍は2人だけ、とかよくあることだよ。




