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第十七章その2 オージービーフとオーシャンビーフは別物だよ!

 その後、俺たちは27-7で第1回戦を危なげなく突破した。


「よくやったぞ太一よぅ、やっぱ俺がキック教えた甲斐があったぜ!」


 控え室に入るなり、フルバックのジェイソン・リーが後ろから飛びかかってきた。


 プロップなのに効果的にキックを使えるという意外性。これは同じチームのメンバーにとっても驚きと同時に信頼を与えられたようだ。


「さすが太一、調子を取り戻せたようだなー。次の試合も楽しみにしてるぞー」


 U-15キャプテンのクリストファー・モリスも喜びを顔に出していた。予選リーグ最終戦で空回りがちだった俺を心配してくれていたクリストファーを安堵させられて、一番安心していたのはもしかしたら俺自身なのかもしれない。


「おい太一、急いで着替えろ。次の試合始まるぞ」


 急かすキムに俺は「あ、そうだった」と慌てて汗まみれのジャージを脱ぐ。そして着替えを済ませると、俺たちは急いで観客席に向かった。


 なんと本日、この会場ではこれからオークランドゼネラルハイスクールの学校代表の第1回戦も行われるのだ。


 キックオフを前にコートの上に出てくるのは、我が校の誇る最強部隊だ。


 17歳にして身長200cmを超えるロック、キャプテンのローレンス・リドリー。プロップも左右ともに130kgを上回る超重量級で、どんな相手でも蹴散らしてしまう。


 そしてフォワードの花形であるナンバーエイトには、チーム最年少の3年生ながら抜群のセンスと肉体の強さを見せつける未来のオールブラックス、ハミッシュ・マクラーセンがスタメン入りしている。


 このメンバーは我が校でも歴代最強のフォワードと呼ばれ、昨年果たせなかった地区大会優勝を今年こそはと狙っている。


 試合は最初から最後まで、ほぼほぼ俺たちがボールを独占していた。


 途切れることなくつながるパス。途中でタックルを受けてもすぐに仲間のサポートが入り、奪われる前に味方にキープされる。


 スクラムではそもそもボールが奪われることがない。最後尾のナンバーエイトが足でボールを転がしながら、密集が前へ前へとじりじり移動するようすは一つの巨大な生き物が芝の上を歩いているようで、最後にはスクラムハーフがボールを拾い上げてトライを奪ってしまう。


 全員がやるべきプレーを確実にこなしている。当たり前にして絶対に負けない、黄金の勝ちパターンが確立されていた。


「なんか、負ける気が全くしないね」


 大人と子供というか、レベル1とレベル99が戦っているような、絶対的な力の差というものを見せつけられている気分だ。なんだか相手チームがかわいそうに思えてくる。


「僕たちもこのレベルまでなれるのかな……」


 じっと観戦していた和久田君がポツリと漏らす。


 日本では全国大会にも出場して、仲間内で顔の売れた俺たちでも、ここニュージーランドでは飛び抜けて強い選手にはならない。学校代表の同じポジションの選手と比べれば、足元にも及んでいないのが現状だ。


「和久田君、そこは大丈夫だよ」


 俺は横から口をはさんだ。はるか上の次元にいる彼らだって、かつては俺たちと同じ初心者であったし、年代別チームを経験してあそこまで上り詰めたんだ。俺たちが1年後2年後にはどこまで強く大きくなっているのか、そんなの予言者でない限りわからない。


「なれるなれないじゃない、なるんだよ」


 他人から見れば根拠のない自信に思えるかもしれない。だが人間なんて、大抵はそういう根拠のない自信と思い込みがモチベーションにつながっているはずだ。


「小森君、ありがとう」


 俺のやたら自信満々なようすに和久田君はぷっと吹き出す。そしてコートへと視線を戻したのだった。


 結局、試合は51-0で終了した。なんという大差での勝利。本大会まで勝ち上がってきたチーム同士の戦いとは思えない、一方的な結果だった。





 帰宅した俺を待っていたのは、先に帰っていたホストファミリーからの盛大な祝福だった。


「1回戦突破おめでとう!」


 リビングに入った途端、サプライズパーティーのごとくクラッカーが鳴らされる。いきなりの爆音と頭上から降り注ぐ色とりどりの紙テープの雨に、俺はたじろぎながらも「イエイッ」とポーズを決めた。


「今日は祝いの牛肉だ!」


 そう言ってオスカーさんがキッチンから持ってきたのは、両手で抱えきれないほどの赤身の肉だった。


 熟成肉専門店の軒先でしか見たことないような豪勢なお肉のカタマリを一目見るなり、俺は「よっしゃああああ!」とこの日一番の雄叫びをあげてしまった。実家のマンションなら隣の部屋から即座に苦情が飛んでくるところだ。


 広大な牧草地を国土に持つニュージーランドは羊だけでなく、牛の牧畜も盛んだ。乳牛、肉牛ともにあちこちで放牧されている姿をあちこちで見かけることができる。他の大陸から遠く離れているために伝染病が入り込みにくく、また海風により牧場も自然と殺菌されるので畜産業に大変適した環境であるらしい。


 牧草と飼料の穀物を食べて育った牛はオーシャンビーフと呼ばれ、一定のブランドを確立している。赤身の中にほどよく脂肪分が混じり、固そうな見た目に反して柔らかく食べやすい食感が売りだ。脂ののった和牛の霜降り肉も美味しいが、脂肪分の苦手な高齢の方や、タンパク質を多めに取りたいスポーツ選手にはピッタリだろう。


 ちなみにオージービーフとは名前が似ているので混同してしまいそうになるが、あっちはオーストラリア産の牛肉と言う意味なので決してお間違えのないように。日本ではオージービーフの方がまだまだ有名だろうが、オーシャンビーフも着実に広まりつつあるのも忘れてはならない。


 早速肉を適度な厚さにスライスし、マライアさんに教えてもらいながら塩コショウをまぶして下ごしらえする。ステーキ焼き放題食べ放題なんて、こんな贅沢生まれて初めてだ。


「フィアンセにもこの勝利は伝えたの?」


 キッチンのカウンターで並びながらそれぞれのお肉を叩いていたアイリーンが、不意に俺に尋ねた。


「だからフィアンセじゃないって。うん、スタジアムですぐメッセージ打ったよ。返信もあったし」


 フィアンセとは南さんのことだが、もう取り立てて訂正するようなことはしない。


 学校とラグビーでニュージーランドは大忙しな一方、この時期の日本は夏休み真っただ中。南さんも今は部活の合宿のために菅平までついて行っているそうで、部員たちのサポートに勤しんでいるらしい。


「迎えにいくのは2試合目の終わった次の日曜だったな。もう1日早かったら見れたのに、残念だなぁ」


 ダイニングテーブルで自分の肉の下ごしらえをしていたオスカーさんも俺たちの会話に加わった。南さんが来るのは次の試合の翌日だ。日曜なので俺とオスカーさんとで空港まで迎えに行くことになっている。


 南さんは俺が決勝に出場するのを見る気満々でこっちに来るはずだ。久々の再会を最高の笑顔で迎えられるようにするには、まず来週土曜の第2回戦には何が何でも勝利しなければならない。


「決勝まで残らないとね、フィアンセのためにも」


 相変わらず意地悪っぽく笑うアイリーン。


「だから違うってばぁ」


 もう反論するのもめんどくせー。俺は溜息を吐きながらもトントンと休むことなく牛肉を叩き続けた。

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