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第十六章その3 無責任すぎる!

「え、それって大変じゃん」


 スマートフォンのスピーカー越しに聞こえてくるのは南さんの声だ。


 地区大会予選リーグで左プロップのフィアマルが負傷したその日の夜、俺は久々に彼女に電話をかけた。現在は冬時間なので日本との時差は3時間、俺が就寝前に部屋でくつろいでいる一方、彼女は夕食時といったところだろうか。


「うん、だから予選はもう突破確定なんだけど、決勝トーナメントから俺がスタメンになるんだ」


「そのフィアマルって人も災難だったね。でも太一、ここで弱気になってる場合じゃないよ。チームが勝つためには、まずは太一がしゃきっとしなきゃ」


「う、うん、そうだね……」


「それにほら、これってある意味では大きなチャンスだよ。自分がスタメンの方が勝てるぞって、アピールできる内にやっときなよ」


「うん、頑張る……」


 口ではそう答える。しかし、そんなにうまくいくものかなぁ。


「そういえば太一、うちのラグビー部の夏休みの日程が決まったんだけど、合宿も8月上旬で全部終わるの。だからそこから後なら、ニュージーランドに行けそうだよ」


「本当に!?」


 今日一番、心の底から嬉しいと思って声を出した気がする。


 ラグビーは炎天下でプレーするにはハード過ぎる競技なので、日本の部活では夏は公式戦は行われず強化合宿に費やされることが一般的だ。


 プロレベルになると南半球ではシーズン真っ盛りだというのに日本ではシーズンオフに当たるため、ニュージーランドやオーストラリアのチームに所属しながら、同時に日本のプロリーグにも所属しているという選手も少なくない。


「だから太一、本大会は私がそっち行くまではちゃんと勝ち残っといてね」


 にへへという彼女の笑う声がスピーカーから漏れ出る。


「勝ち残ってって、見に来るの?」


「何イヤそーな声出してんのさ。どれだけ大きく強くなってるのか、ちゃんとこの目で評価しないとね」


 オークランド地区本大会は7月から始まり、各予選リーグ戦で上位に入った8チームがトーナメント形式で地区の頂点を目指す。U-15は全国大会が無いので、今の俺にとってはここが上り詰められる最高の舞台になる。


 そして南さんが来る時期と大会の進行度合いを当てはめると、つまり……。


「それってもう決勝戦しか残ってないよ!」


 俺は声を裏返した。現実的に、彼女がニュージーランドで観戦できるとしたら地区優勝を決定する1戦しかない。


「ならちょうどいいじゃん、決勝まで頑張ってね!」


 無責任すぎる!


「それと話変わるんだけど、全国の中学ラグビー部の選抜チームが結成されて、ニュージーランド遠征に行くって聞いたよ」


「え、全国選抜?」


 日本では中学のラグビー部と地域のラグビースクールとで少なからぬ隔たりが存在する。少し前までスクールでは15人制、部活では12人制が主流でレギュレーションが大きく違っていたことも関係しているのだろう。


 今回集められたのは日本の中学でラグビー部に所属している優秀な生徒たちだ。俺の古巣である金沢スクールを現在の活動のメインにしているメンバーは、残念ながら該当しない。


「でね、その全国選抜なんだけど、西川君も選ばれてるんだって」


「え、本当に!?」


 本日2度目の、心の底から嬉しいと思った瞬間だ。


 小学校時代は金沢スクールでいっしょにラグビーをプレーしていた西川君。聞いた話によると、彼は進学先のラグビー部で1年生の頃からフルバックのレギュラーを任されているそうだ。関東地区では文句なしの強豪校で、チームは4月の春期大会で神奈川県1位に輝いている。この6月中にも東日本大会に出場するらしい。


「それだけじゃないよ。大阪の石井君、京都の秦君、太一が全国大会で戦った子も選ばれてるよ」


 久々に聞く名前に俺の胸が高鳴る。かつては敵として戦った彼らも、それぞれのラグビー部で優れたプレーを披露しているようだ。特に秦君の通う中書島中学は地元の公立中学校であるにもかかわらず全国トップレベルの実績を誇っている。


「そっか、みんなニュージーランドに来るんだ。日程合うなら久しぶりに会いたいよ」


 けどまあ、そんなの難しいか。スポーツの遠征って団体行動が基本だから。


 


 翌朝も俺は朝練習をこなすため、ジョギングしながら公園に向かっていた。


 ラグビー、特にフォワードはポジションごとに役割が大きく異なるため、ひとりが欠けると想像以上の戦力低下が起こる。ゆえにフィアマルのいなくなった穴は、同じ左プロップである俺が埋めなくてはならない。


 そのためには何があってもスクラムで押し負けないこと。今までは様々な場面に対応できるようにとキックを中心に鍛えていたが、やはりプロップが最優先すべきはぶつかり合いで勝つことだ。


「太一、本気でつっこんでこい!」


 タックルバッグを手にしたハミッシュ・マクラーセンは大声で呼びかける。これは彼のマイタックルバッグのようで、小さい頃から自宅でお父さんと一緒にこれを使ってタックルの練習を繰り返していたらしい。


 俺はハミッシュの胸の高さめがけて全体重を乗せたタックルをしかけた。タックルバッグの弾力越しに、彼の筋肉質な身体の頑強さを感じる。


 俺の渾身の体当たりを受けて、ハミッシュの身体はずずずと芝をめくりながら後退する。


 だが彼は根を張るように足腰にぐっと力を入れ、俺のタックルに耐えてしまったのだ。体重は俺の方がはるかに勝っているというのに!


「太一、俺がお前のタックルでも倒されない理由は何だと思う?」


 バインドを解いて唖然とする俺に、ハミッシュは問いかける。


 現在の俺は身長176cm体重112キロ。一方のハミッシュは身長はほぼ同じだが、体重は80キロ半ばといったところだ。


「えっと……何だろう?」


 自分のタックルを受けて平然としている彼を前にするとショックで思考も止まってしまった。普通に考えれば覆しようのない体格差だ。それをひっくり返すほどの秘訣を彼は持っているはずだが……。


「これだよ、この足」


 直後、ハミッシュはジャージのズボンの裾をめくり上げた。現れたのは太く逞しい筋肉に覆われた、金属バットにも耐えてしまいそうな脚だった。なんとなく東大寺の金剛力士像を思い起こさせる。


「体重だけで決まるのが当たりの強さじゃない。重心を外したタックルなら案外耐えられる。それよりもどれだけ強い下半身を作るか、体幹を鍛えるかが大切だ」


「そうか、なるほどなぁ」


 俺はハミッシュの美しいとも表現できるその脚をしげしげと眺めながら呟いた。


 これまでは体重に物を言わして他の選手をなぎ倒してきた。だが上のレベルになると相手も体重のある選手への対策を講じているし、それに耐えられるだけの鍛錬をこなしている。体重だけでは通用しないのだ。


 ラグビー観戦をしていると、体格の勝る選手のタックルを受けてもなぜか倒れない細身の選手を見かけることがある。そういった選手は軒並みインナーマッスルを鍛えており、優れた体幹と強靱な下半身の持ち主であるそうだ。


「なかなか倒れない相手の時には重心を崩す必要がある。タックルは低めに、鋭くな」


「うん、ありがとうハミッシュ!」


 すごく良い話を聞いた。俺自身も身体のどの部位を鍛えるか考えながら、トレーニングを積んでいく必要があるな。


 幸いにも来週の試合は勝とうが負けようがうちのチームの本大会出場は変わらない。思い切ったプレーを試して、7月からの本大会に備えよう!

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