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第二章その3 級友たち

「太一、試合大活躍だったんだって?」


 月曜日、登校するなりクラスのお調子者のハルキが興奮を抑えることもなく話しかけてきた。


 こいつの情報収集能力は恐ろしくて寒気すら感じるほどだ。大抵は誰が誰を好きかみたいな話だが、それ以外にも生徒の噂や活躍については全学年問わず仕入れている。


「おう、ハルキもラグビーしようぜ、楽しいぞ」


 俺は手で楕円球を持って投げるフォームを取るが、ハルキは「いやいや」と大きく首を横に振った。


「すまねえ、俺はサッカーにこの身を捧げてるんでな。待ってろよ、日本のメッシと呼ばれてブラジル代表に呼ばれるその日を」


 日本国籍のお前がブラジル代表になるのはだいぶ難しいな。そもそもメッシはアルゼンチン代表だぞ。


「ハルキ、日本人のあんたはブラジル代表にはなれないよ」


 ちょうど通りがかった女子が辛辣なツッコミを入れる。同じクラスの学級委員で、ややカールのかかったくせ毛を肩にかかる長さまで伸ばしたみなみ亜希奈あきなさんだ。


「え、マジで!?」


 ハルキは割と本気で驚いているようだった。いや、気付けよ。


「あ、そうだ。小森君、ちょっと手伝ってくんない?」


 南さんが思い出したように俺に声をかける。


「うん、いいけど何を?」


 尋ね返す俺を背に、南さんは机から数枚の紙を取り出す。保健室からのお知らせやら学級新聞やらの掲示物だ。


「後ろの壁にこれ貼るよう先生に言われてて、背の高い人探してたの」


「わかった、早速やろうか」


 俺はよっこいしょと席を立つ。自分でもこの重くてでかい身体が、なぜ芝生の上では我武者羅に走り回れるのか疑問に思う時がたまにある。


 俺は椅子を教室後方まで運び、上靴を脱ぐ。そして椅子を足場にして、壁に備え付けられているロッカーの上に乗っかった。


「ちょっと、画鋲忘れてる」


「あ、そうだった」


「もう、私も上がるよ」


 俺に続いて南さんもロッカーの上に靴下で立つ。そこから俺と南さんは、ふたり並んで壁に紙を貼っていった。


「ここでいい?」


「もうちょっと下」


 大量にあった掲示物も瞬く間に処理されていく。特に天井ギリギリにまで画鋲を刺す必要がある際には、俺の身長が大いに役立った。


 壁一面を覆う掲示板のスポンジシートに画鋲を押し込みながら、ふと俺は隣に目を向けた。そこにはせっせと掲示物を壁に貼り付ける南さんの横顔があった。このクラスの学級委員として真面目に活動してくれる姿は、実質中身30歳のおっさんである俺から見ても健気で可愛らしく映った。


 俺が彼女に対して好意的になる理由はそれだけではない。南さんは前の人生で俺がいじめられているのを庇ってくれた、数少ない人でもあるのだ。


 デブだの肉塊だのと平然と悪口を飛ばすクラスメイトに「やめなよ、みっともない!」と言い放ったその姿を、俺は今でもよく覚えている。ただ彼女もいじめの巻き添えになってしまうのではないかと俺の方が勝手に思ってしまったせいで、こちらから話しかけることなどとてもできなかった。


 その後どうなったっけなぁ。たしか高校卒業後は地元の大学に進学して、OLとして横浜市内の会社に勤めていると風の噂で聞いたけど……。


「あ!」


 突如自分でも驚くくらいの奇声をあげた俺は、ぽろりと画鋲を手から落としてしまった。ロッカーの上で金属製の画鋲がカラカラと転がる。


「どしたの?」


 怪訝な眼を向ける南さんに「ううん、何でもない」と誤魔化して画鋲を拾うものの、内心は冷静でいられなかった。


 大変なことを思い出した。南さんはもうすぐ、通り魔の男に襲われて怪我をする!


 覚えている限りだと、下校途中でひとりになったところで金属バットを持った男に襲われたらしい。幸いすぐに気付いて逃げ出したものの、ランドセルの上から背中を一回殴られて軽い打撲を負ったそうだ。


 別の通行人が声をあげたために犯人はすぐに逃げ去り3日後には逮捕されたものの、南さんは怖くてしばらく家の外に出られなくなり、学校でも緊急で保護者説明会と全校集会が開かれ、集団での登下校が実施されるようになった。


 あれはたしか5月の席替えがあった日のことだった。すぐ近くの席になったのにしばらく学校を休んだので印象に残っている。


「どうにかしないと……」


 拾い上げた画鋲の先端をじっと睨みつけながら、俺はぼそりと呟いた。


 南さんをまたあんなひどい目に遭わせるなんて、とても見過ごすことができなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 南さんはいい子ですし未来が買えられるといいですね。
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