第十六章その2 連勝からの危機
第1回戦のポートランド校戦では、全ての年代でオークランドゼネラルハイスクールが勝利を収めることができた。
そこからは毎週土曜日ごとに他校との試合を行い、俺たちは着実に勝ち点を積み上げていった。
予選リーグの組み合わせに恵まれたことも大きいだろう。試合では上級生を先発にして良い流れを作り、途中から俺やニカウなどのサブメンバーと交代して逃げ切るという流れが出来上がっていた。
しかしそれほど順調に進みながらも決して油断しないのが我が部の掟だ。連勝を挙げながらも俺たちは日々練習を重ね、以前よりも力が向上していったことを肌で感じていた。
そして季節は6月、とうとうニュージーランドは本格的な冬に突入した。
ニュージーランドはオーストラリアに近いので、温暖な国というイメージが日本人には刷り込まれているだろう。だが実際は多様な地形を誇る南北に長い国土のおかげで、地域によっては厳しい寒さだけでなく、スキーを楽しめるほど雪が降る地域もある。
幸いにも俺の滞在するオークランドは北島でも北端に近い場所に位置しているため、年間を通じて気温が高く、ラグビーには全く支障はない。和久田君が言うには、九州南部、鹿児島くらいの気温だそうだ。
「太一、今日もトライ決まったな!」
試合からの帰宅途中、住宅街を歩く俺の背中を後ろから叩くのはU-15一番の巨漢フィアマルだ。俺よりひとつ年上である彼は、左プロップの先発メンバーとして不動の地位を築いている。
「いやいや、みんなが前半しっかりリードしてくれたからだよ」
手加減してくれてはいるのだろうがさすがに痛いので、俺はフィアマルの手を振り払う。恵体の多いのがサモア人留学生の特徴だが、彼はその中でも飛び抜けてでかく力強い。
「そうだよぉ、僕たちはただバトンを渡されただけ。先輩が仕事してくれるから勝ててるだけですよぉ」
隣を歩くニカウも振り返る。寒さが苦手なのか、彼はもこもことしたダウンのジャンパーを着込んでいる。日本の冬の寒さに慣れている俺は、せいぜい厚めのシャツ1枚だけで乗り切っているというのに。
今ここにいるのは、プロップとフッカーというデブばかりの一団。ここが日本なら相撲部の帰宅か、または大食いコンテストに向かうフードファイター集団と思われることだろう。
この日の試合でも勝ちを重ねた俺たちは、ついにあと1勝で予選通過が確定するというところまできた。次の相手はそれなりに強敵ではあるが、気を抜かなければ問題は無い。
「いや太一、俺はお前が後輩で良かったと思うよ。安心して次に任せられる」
だがフィアマルの目は本気だった。
「良いフォワードがいるチームは失点が少ない。スクラムやラインアウトでいくらでも取り返せるからだ。後半お前につないでもうちのチームに失点が少ないのはな、お前が良いプロップだからだよ」
「へへ、お世辞がうまいよフィアマルは」
自分より強い選手、それも同じポジションの選手に褒められるなんて滅多にない。らしくもなく俺はぷいっと顔を背けた。
そして翌週、相手チームとの試合が開かれる。
オークランドゼネラルハイスクールは得点を奪いつつもなかなかリードを広げられないまま時間が過ぎ、前半を14-10と僅差で折り返した。
後半に入っても相手は攻撃の手を緩めず、ベンチに座っていた俺たちは手に汗を握りしめて早く試合が終わってくれと念じ続けていた。
そんな時、相手選手がボールを大きく蹴り上げ、俺たちの守備ラインまでボールが落下してきたのだ。
「フィアマル、走れ!」
落下地点の最も近くにいたのはフィアマルだった。彼は空中に飛び上がったボールをじっと見据え、タイミングよくジャンプして楕円球をキャッチする。
だが不運なことに、そこに屈強な相手フォワードが突っこんでタックルを食らわせてきたのだ!
宙に浮かび上がった状態でつかみかかられたフィアマル。両手でボールを抱えた無防備な状態では受け身を取ることもできず、彼の巨体はそのまま背中から地面に叩き付けられてしまったのだった。
「フィアマル!」
ベンチメンバーが一斉に立ち上がる。コート上のメンバーも足を止めた。
レフェリーも高々とレッドカードを掲げ、すぐさま駆けつける。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
敵味方関係なく、選手たちが呼び掛ける。だがフィアマルは脳震盪を起こしているのか、ぐったりと仰向けに倒れたままでぴくりとも動かない。
俺たちベンチメンバーもここから飛び出して今すぐ駆けつけたいところだが、ぐっと踏みとどまっていた。試合時間中、プレイヤーの15人以外はコートに入ってはならないのだ。
倒れるフィアマルを介抱する救護班の傍らで、キャプテンのクリストファー・モリスがレフェリーと話し合っている。それを見てベンチに座っていた上級生のひとりが、「太一、すぐアップ始めろ」と指示を出した。
俺は「はい!」と答えてベンチを離れ、屈伸と腿上げで身体を温めた。
やがて担架で運び出されるフィアマルの巨体。気を失った彼とすれ違った瞬間、俺は急いでコートに走り出た。
その日、負傷退場したフィアマルと交代した俺は、危険なタックルによる反則で14人になった相手に勝利を収めた。
しかし試合に勝ちはしたものの、メンバーは皆浮かない表情のままだった。
試合終了後、俺たちはすぐに近くの病院に向かう。ここにフィアマルが運ばれているのだ。
先に来ていたメンバーと待合室で合流し、「大丈夫かな?」と声を交わす。ただでさえ病院という静かな空間に、重々しい空気が漂っていた。
「フィアマルの診断結果が出たぞ!」
その時、付き添っていたメンバーのひとりが声を荒げて戻ってくる。
「脳震盪以外にも肩の骨がやられてたみたいで……全治2か月だそうだ」
「マジかよ……」
俺たちは落胆した。せめてすぐ治ればと思っていたが、その願いは通じなかった。ラグビーに怪我は付き物とはいえ、チームメイトがひとりいなくなるのは悲しい。
しかも彼の不在は戦力にも影響する。フィアマルはU-15フロントローの要だ。彼の規格外のパワーが無ければ相手を押し込むことはできない。
もし予定より早く復帰できても、すぐに試合に出られるほど体調を戻すことは難しい。7、8月の地区大会本戦出場は何があっても不可能だ。
項垂れて落ち込んだり、「くそ!」と床を蹴ったりとメンバーがそれぞれ彼の怪我を悔やむ。
だがそんな中でも終始ひとりだけ、ベンチに腰かけたまま微動だにしなかったのがクリストファー・モリスだった。
「太一」
そのクリストファーに突如名を呼ばれ、俺はビクッと震え上がる。
「次の試合からはお前が左プロップのスタメンだ」
しばしの間、俺は思考が停止してしまった。だがクリストファーがじっと俺に睨みつけるような視線を向けているのに気付くと、俺は声を裏返しながら「は、はい!」と答えたのだった。




