第十五章その5 自分の立ち位置
ホストマザー手作りのシチューをたくさん食べてぐっすり眠ったおかげで、翌朝には俺はすっかり元気になっていた。
そして日課の早朝ジョギングを行い、住宅街をぐるっと一周していつもの公園へと向かう。
「よう太一」
やはりこの日も未来のオールブラックス、ハミッシュ・マクラーセンは先に公園で練習を始めていた。ラグビーボールを持ちこんで、狙った木にドロップキックをぶつけるあの妙技を何本も成功させている。
俺も彼の練習に加わり、互いにパントキックで相手のいる位置にボールを落とすのを繰り返した。
「そういえば太一、U-15の練習はきつかったか?」
「きついなんてもんじゃない。よくもまあみんな、あんなの毎回こなしてるなって感心するよ」
キックパスしながら会話を交わす。
「だろうな、俺も初めて年代が上がった時は苦労したよ」
「へえ、ハミッシュでも苦労するんだ」
「当り前だろ、お前、俺を人造人間と勘違いするな」
実際はもう数年もすれば、アメコミヒーロー級の大活躍で世界的スーパースターになるんだけどね。
「一気に周りのレベルが跳ね上がったもんで、ついていけるか不安だよ」
「太一、お前はひとつステップアップした。でもこれは言い換えれば、より過酷な環境に飛び込んだってことなんだ。今まで通じたから次も、なんて通じないぞ」
ハミッシュは少し間を置いて、大きく蹴り上げた。楕円球が小さな点に見えるほど高く飛び上がるものの、最後には俺の胸元にすとんと落ちるのは見事としか言いようがない。
ある程度予想はしていたものの、周りの選手に比べて俺たち1年生4人がまだまだ実力不足であることは1回ミニゲームをしてみれば明らかだった。
昨日の練習で知り合った選手に、俺と同じ左プロップの選手がいた。
名前はフィアマルというサモアから来た留学生で、俺よりひとつ年上の2年生だ。浅黒い肌にニカウ以上のどっしりとした体格。ニカウがヨコヅナならこっちは親方といった風格で、体重も120キロは超えているだろう。試合では彼が左プロップの先発メンバーとして出場する。
フォワードは激しいプレーが多く、試合でも特に怪我しやすい。そのため常に交代要員を用意しておかねば、連戦ではとても勝つことなどできない。
つまりU-15に上がったと言っても俺は所詮フィアマルの控え要員、いわばサブメンバーと言える。U-14では他校とのスクラムで押し負けなかったものの、ひとつ年代が上がれば校内の先発メンバーからも外されてしまうのが今の俺なのだ。
「競争厳しいんだね。そりゃ選手の質も高くなるわけだ」
弱くため息を吐いた後、俺はボールを蹴り返した。
「それは違うよ太一」
だがハミッシュは2歩前に出てボールをキャッチすると、その場で地面に落として俺に蹴り返したのだった。
「みんな最初から強かったわけじゃない。ただお前よりも長い時間ラグビーの練習をして、どうすれば強くなるか考えてきたからだよ」
どうすれば強くなるか、か。ジェイソン・リーに師事してキックを練習したり、早朝から走って持久力を高めたり、言われなくてももうやってるんだけどなぁ。
「ハミッシュは上の年代に上がったとき、どうやって乗り越えてきたの?」
俺はボールを大きく蹴りながら尋ねる。
ハミッシュはそれを一歩下がって受け止めたもののすぐには蹴り返さず、彼は両手でボールを持つとまっすぐ俺に視線を向けて強く言い切ったのだ。
「簡単だよ、どのチームメイトよりもラグビーのことを考えればいい。俺には他の誰よりもラグビーが好きだという自信があったからな」
つまり究極は好きこそ物の上手なれ、ということか。どれだけの時間、たとえ日常生活の中であってもラグビーのためにと頭を使い続けられるかが大事と。一流の小説家や漫画家が、いついかなる時でもネタのことを考えているのにも似ているな。
「単純に走ったからってラグビーが強くなるわけじゃない。限られた時間の中で何を伸ばすか、どれだけ作戦を練られるかで勝敗は決まる。だから俺は歩くときも食事の時も寝る時も、ラグビーのことを考えるようにしてるんだよ」
そこまで言うとハミッシュはようやくボールをキックで返した。食事の場合は栄養があるからと何でもかんでも食べていればよいわけではなく、体づくりに適切なメニューを摂ると表現するとわかりやすいだろう。
「そうだよね、みんなラグビーするためにうちの学校に入ったんだもんね」
俺は落ちてきたボールを受け止めると、すぐにハミッシュに蹴り返す。だがそのボールの勢いは弱々しく、彼は3歩ほど前に走ってキャッチしたのだった。
「弱気になるな太一、お前まだ身体大きくなるだろ? 今はまだでも、いつかフィアマルを超える巨体になればいい。その時のために身体を鍛えて、食えるだけ食っとけばいいよ」
そう言ってハミッシュは宥めるように笑身を浮かべながら、即座にボールを蹴り返した。放物線を描いたボールは球威が優しく抑えられており、まっすぐ俺に届いたのだった。
一通り練習を終えてハミッシュの持ってきたバッグにラグビーボールをしまうのを手伝うと、俺はジョギングで、ハミッシュは徒歩でそれぞれの家に帰宅する。
「おかえり太一」
家ではアイリーンが既に起きていた。まだネグリジェ姿の彼女は大口を開けてあくびをしながら、やかんでお湯を温めていた。
「太一、朝ごはんいつも通りシリアルでいい?」
この家の朝食はだいたいコーンフレークに牛乳をかけただけのシンプルなメニューだ。時々トーストになるときもあるが、基本的には準備に時間のかからないものになる。
「うん、ありがと」
アイリーンの後ろを通り過ぎた俺は、冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。だがその時、ハミッシュが「歩くときも食事の時も寝る時も、ラグビーのことを考えるようにしてるんだよ」と言っていたのをふと思い出す。
俺は冷蔵庫の中を改めて覗き込んだ。そして残っている食材を見て、アイリーンに尋ねたのだった。
「あのさ、卵使っていい? 目玉焼き作りたいんだけど。あとこのトマトももらっていいかな?」
「え、いいけど。どうしたの急に?」
きょとんとするアイリーンに、俺は「ちょっとね」と笑って返した。




