第十五章その4 U-15にようこそ!
休み明け、俺たちは初めてU-15年代の練習に合流した。
「今日からこの4人が合流することになった。みんなー、仲良くしてやれよー」
U-15チームのリーダーであるクリストファー・モリスはのべーっとした一本調子な話し方の少年だった。練習の始まる前に彼の紹介を受けて、自分よりひとつ年上の選手がほとんどのU-15チームのメンバーを前にした俺たち1年生4人組は「よろしく」と挨拶する。
「太一、よくもまあ上がってきたなぁ!」
まるで新顔を見定めるような重苦しい空気をぶち壊すように人垣の中から飛び出したのは、フルバックにしてキックの名手であるジェイソン・リーだった。ジェイソンは俺の隣まで駆け寄ると、肩に腕を回してぐいっと身体を密着させる。
「で、次アイリーンが試合見に来るのはいつだ?」
そして顔を近づけると、小さく尋ねてきたのだった。まったく、このスケベ野郎は。
「ジェイソン、私語は後にしろー」
呆れたように言いながらクリストファー・モリスは筋肉ムキムキの腕でジェイソンのジャージの首根っこをつかむと、仔猫のように俺から引き剥がす。
「じゃあお前らー、早速練習始めるぞー」
「ああ、しんどかった……」
家に帰るなり、俺はリビングのソファに倒れ込んだ。
もう指一本すら動かす力も残ってないよ……。
成長期の男子ばかりということもあってか、U-15の選手は下の年代とは身体の大きさも強さもまるで違った。それこそU-14の練習がお遊びに思えるくらいにハードな練習だったのだ。
ランパスにタックル練習にスクラムマシン、そしてミニゲーム。これらをほとんど休憩なしのぶっ通しでやり続ける。
中でもクリストファー・モリスのタックルは、トラックと正面衝突したかと思うほどに激しかった。一見テンションが低く覇気に欠ける彼のポジションはナンバーエイト、つまりチーム一番のフィジカルの持ち主だ。
そんな馬鹿力を誇っておきながら下手に熱くならないのが彼の強みだ。ゆえに試合でも常に理知的な判断ができるので、味方になると頼もしいが敵に回すと一番厄介なタイプだろう。
キムもニカウも最後の方はボロボロの雑巾みたいになっていた。唯一スタミナ自慢の和久田君だけが終わりまでついていけていたが、それでもいつもよりへとへとに疲れているのが一目でわかった。
あのテキトーな性格のジェイソン・リーも、さも当たり前のようにこのハードなメニューをこなしているあたり、周りの選手の質が跳ね上がっていることに驚かされる。
「太一、夕方寝たら夜寝られなくなるよ」
ソファでうつ伏せになっていると、先に帰宅していたアイリーンが声をかける。ちらりと見ると、彼女は夕食前だというのに袋詰めのスナック菓子をぼりぼりと食べていた。
「いる?」
さっとスナックの袋をこちらに突き出すアイリーン。
俺は「オフコース」とむっくと体を起こし、袋に手を突っ込んでスナック菓子を分けてもらった。どんな疲れた体も食い物の前には無意味である。
「太一も大変だったでしょ。年代いっこ上がるだけでも競技レベルって格段に上がるからね」
ばりばりとスナックをむさぼる俺を見ながら、彼女はうんうんと頷く。彼女自身が取り組むネットボールも同じように年代が違えば実力も大きく変わるのだろう。
バスケットボールからさらに身体接触を減らして生まれたこのスポーツは日本ではあまり馴染みがないものの、イギリス連邦を中心に世界で広く浸透している。特にニュージーランドやオーストラリアでは女性向けスポーツの代名詞として人気を博しているのだ。
「練習時間は変わらないのに、もうくたくただよ」
とか言いつつも、俺はぼりぼりとスナックを食べる。食えば回復する身体で生まれてきて本当に良かった。
「こんなもんでへこたれてたら持たないわよ。大会シーズンになれば毎週のように試合あるんだから」
俺の食いっぷりに呆れてか、アイリーンは袋ごとスナック菓子をこちらに渡した。
5月からはほぼ毎週、土曜日ごとにオークランド地区予選として他校との試合がある。この予選グループリーグで好成績を挙げた8チームが7月から8月にかけての地区大会本戦トーナメントに進み、その年の地区チャンピオンを決定するのだ。
ここで優勝したチームただひとつだけが、オークランド地区代表として9月の全国大会に進出できる。
大会に出場できるのはニュージーランド全土からわずか4校。ラグビー王国ニュージーランドの、まさに頂点を決定する大会なのだ。
とはいえここまでいけるのは学校代表の最強チームだけで、俺たちU-15年代には学校ごとの全国大会というものがそもそも無く、地区優勝が決定すればそれ以上は無い。細かいカテゴリーにまで大会の幅を広げると、本当にキリがなくなるからだろう。
その代わりに地区ごとの優秀な選手が協会から選抜され、U-14やU-15などの地区代表が結成されて他地区への遠征や、場合によっては国際試合を行うこともある。過去には日本の中学生選抜と交流試合を行ったこともあるそうで、そんな機会に恵まれればと期待するばかりだ。
「うん、ちゃんとスタミナつけないとね。今日のご飯、何だっけ?」
「ラム肉のシチューだって。ママの得意料理よ」
「よっしゃあ!」
大食漢の俺でも満足できる量を作ってくれるホストマザーのマライアさんには、どれだけ感謝しても感謝しきれないよ。
「ママも昔ラグビーやってたからね、太一みたいなラガーマンだと応援したくなるんでしょうね」
「そう言えば、オスカーさんもラグビーやってたの?」
「パパはね、実はそこまでラグビー興味ないのよ」
「へえ意外」
ニュージーランドの男はみんなラグビー好きかと思っていたら、そうでもないようだ。まあ日本でも野球や相撲に興味ない人なんてごまんといるからな。
「一番好きなのはサッカーなんだって。で、ワールドカップ出場を賭けたプレーオフで毎回泣いてる」
ニュージーランドの所属するOFC(オセアニアサッカー連盟)に割り振られている出場枠は、なんと0.5。つまり地域予選で優勝したとしても、他大陸とのプレーオフに勝利しないとワールドカップには出場できないのだ。
ラグビーでは世界最強のニュージーランドだが、反面サッカーはあまり盛んではない。国内単独でのプロリーグも存在せず、唯一ウェリントンのクラブがオーストラリアのプロリーグであるAリーグに加盟しているのみである。
そんなニュージーランド代表でも、オセアニア地域では圧倒的な存在なのだ。かつてオーストラリアがより強い相手と戦えるようにとAFC(アジアサッカー連盟)に移ってからは、実質的に一強状態が続いている。
「だから次のワールドカップから毎回出場できるようになるぞって、ものすごい喜んでいたわよ」
なるほどそういうことか。サッカーワールドカップは2026年大会からの出場国拡大に伴い、オセアニア枠も拡大されて1か国は確実に出場できるようになる。
まさかジェイソンだけでなく、こんな身近なところにも出場国拡大の恩恵を受けている人がいたのか。




