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第十五章その3 水着回

 翌週土曜日、俺たち4人はアイリーンに連れられてオークランド郊外の温泉施設へと向かった。


 晴れ渡った青空の下、老若男女問わず同じお湯に浸かりながら天然の温泉を楽しんでいる。


 全員、水着着用で。


「温泉ってより、温水プールだよね」


 俺は頭にゴーグルをはめながら、子どもたちが泳ぎ回る様子を見てぼそっと漏らした。


「ここじゃこういうのが普通なんだよぉ」


 ニカウがいっちにっと肩を捻って準備運動を始める。どう見てもこれから温泉に入る人の動きではない。


 日本でも温泉ホテルなどに温水プールが併設されているのはよく見られるだろう。だがここではその温水プールがメインであり、シャワーや洗い場の設けられたいわゆる温泉と呼べるものはどこにも無い。


 代わりにウォータースライダーが備わっていたりプールの中でビーチボールを投げ合ったりと、知らない人が見れば真夏のプールにしか見えないだろう。


 海パン姿の和久田君も「フルーツ牛乳……温泉卵……地獄蒸し……」とぶつぶつ呟いている。腹減るからやめてくれ。


 のんびり肩まで浸かれるタイプを期待していたのだが……まあ仕方がない。そもそも日本式の温泉が世界で見ればかなり珍しいスタイルなんだもんな。


「ほらあんたたち、何ボケっとしてんのよ。早く入るわよ」


 そう言いながら準備体操を始めたアイリーンを、俺たち4人は「おおっ!」と目を瞬きさせて凝視した。


 アイリーンの水着は上下セパレート、いわゆるビキニだ。ネットボールで鍛えたボディラインが太陽の下に晒され男子諸君の視線を一身に集めるが、本人はまるで気にしていないようだ。


 ニュージーランドでは水着は肌を出すものという文化が根付いているのか、たとえ俺以上の肥満体の女性でも遠慮なくピッチピチのビキニを着たりしている。日本で人気のキャミソール形や、フリルのついたものは誰も着ていない。


「そうか、これが日本式で言う水着回ってやつか」


 キムが納得したように頷く。日本文化輸出されすぎだろ。


 そこから俺たちも温水に浸かり、軽く泳いだりビーチボールを投げ合って遊んだ。水温はのんびり浸かって温まるとなるとぬるすぎるが、泳ぐにはちょうどよい程度だ。


 しばらく遊んだ後、俺たちはプールサイドに上がり、ビーチチェアに座って日光浴を楽しむ。


「喉渇いたしジュース買ってくるわ。ニカウ、手伝ってよ」


「うん、わかったぁ」


 立ち上がるアイリーンに呼ばれ、ニカウは立派な腹と丸太のような腕を振りながら彼女の後に続いた。


 売店に向かうふたりは楽しそうに話しながら歩いており、残されたアジアン3人組はその後ろ姿をぼうっと見送っていた。


「意外と女子ウケ良いよな、ニカウって」


 ぼそっとキムが言うと、俺と和久田君の日本人コンビが頷く。


 まぁるい体格とのんびりした性格が母性をそそるのだろうか?


 実は世の女性の間では、ラグビー選手と結婚するならプロップと、という古くからの言い伝えがあるらしい。


 スクラムで最前列の左右を任されるプロップは最もしんどいポジションで、おまけに身体が大きく足も遅いので得点には滅多に絡まない。普通なら誰もやりたがらない損な役割だ。それでもチームの勝利のために黙々と力仕事をこなすことから縁の下の力持ちに例えられ、プロップの男は控えめで優しい性格というキャラ付けがされているのだ。


 いや、あくまでそういう言い伝えがあるってだけだぞ。本当のところはどうか知らないぞ。


「ねえ、あれってセントラルチャーチ校の生徒じゃない?」


 不意に和久田君が口を開き、俺とキムは「え!?」と同じ方向に顔を向けた。


「本当だ、エリオットがいる」


 目に入ったのはプールサイドで準備運動に励む細身ながら均整の取れた筋肉の少年、俺たちより一足早くU-15年代に選ばれているウイングのエリオット・パルマーだった。それ以外にも練習試合で見た覚えのある顔がたくさん連れ立っている。どうやらラグビー部の大人数でここに来ているようだ。


 だが一番驚かされたのは、その面々の保護者であろう引き連れている大人だった。


「おい、いっしょにいるの、うちのオースティン先生じゃねえか!?」


「本当だ!」


 なんということだろう、セントラルチャーチ校のラグビー部員に混じっていたのは、我が校のラグビーコースの教員であるオースティン先生だったのだ!


 一瞬他人の空似かとも思ったが、50過ぎているのにまったく衰えの見られないあの筋肉、見間違えるはずがない!


 後をつけてみよう。何も言わずとも俺たちは互いに合意し、ビーチチェアを離れた。


 俺たち3人は植え込みに身を隠しながらセントラルチャーチ校ラグビー部員に近付く。幸い、誰も俺たちに気付いてないようだ。


「オースティンさん、今日はありがとう!」


「ああ、気にせずゆっくり体を休めろ」


 部員の少年に礼を言われ、まんざらでもない様子の先生。


「なんだかほんわかした雰囲気だね」


「あんなに楽しそうな先生、初めて見た」


 俺と隣に腰をかがめた和久田君がぼそぼそと声を交わす。その背後から中腰のキムが上半身を前に突き出している。


「おい、よく聞こえねえぞ。何て言ってるんだ?」


 その時キムが俺たちの頭に手を置いて、ぐいっと前方に体重をかけた。


「うわ!」


 不意に力が加わったものだから俺と和久田君は前のめりに倒れ込み、それに折り重なるようにキムが倒れる。


 当然、変な物音に周りの人々が注目し、ラグビー部員たちも同じくこちらに顔を向けた。


「ん、何だこいつら?」


 重なり合った俺たちを見て、駆け寄った少年のひとりがきょとんと眼を丸める。


「あ、お前たち!」


 後から続いたオースティン先生が声を上げる。あーあ、バレちまった。


 そしてひとりの少年が足元のアジアン三人組をじろじろと見る。そして先生に尋ねたのだった。


「父さん、この子たち知り合いなの?」


 え、父さんだと!?


 俺たち3人はむっくと頭を上げた。先生は苦笑いを浮かべ、今尋ねてきた少年に話した。


「ゼネラルスクールのラグビーコースの生徒たちだ。偶然だとは思うが、まさかこんなところを見られてしまうなんてな」


「ああ、なるほど」


 そう言って少年は頷くと、俺たちに手を伸ばした。


「父がお世話になってます。セントラルチャーチ校3年のセオドア・オースティンです」


「あ、どうも。ゼネラルハイスクールの小森太一です」


 俺は立ち上がって慌てて握手を交わす。父にも劣らぬ逞しい体つきだ、たぶんフランカーだろう。


「父さん、学校じゃ厳しいだろうけど意外と甘いんだよ。今日もラグビー部のみんなをここまで連れてきてくれたし」


「セオドア、余計なこと言うな」


 先生が苦虫を潰したような顔で言うと息子のセオドアは「はぁい」と気のない返事をし、改めて俺たちを向き直す。


「じゃあ、また試合しようね」


 そう言い残してラグビー部の面々はぞろぞろと歩き去っていったのだった。別のプールに向かうようだ。


「まさか先生の子供がセントラルチャーチ校にいたなんてな……あれ、和久田君、どうしたの?」


 ぽりぽりと頬を掻く俺の隣で、どういうわけか和久田君は複雑な顔を浮かべていた。


「うん、自分の子が別のチームにいる時、親ってのは自分の子以外を指導することとをどう思うんだろうって」


 俺はなにも答えることができなかった。


 和久田君のお父さんは九州きっての強豪高校の指導者だ。かつては自分も高校生になれば父の指導を受けながら花園で優勝することを目指していた。


 彼の父子関係には常にラグビーが介在していた。物心つく前からラグビーボールを与えられ、3歳の頃からラグビーの練習をさせられたという。ラグビーに興味があったから始めた俺とは違い、ラグビーをすることが当然という家庭だった。


「もし自分の子どものチームと受け持っているチームが大会で試合したとして、どっちを応援するんだろうって」


 さっきまではしゃいでいた和久田君はどこへやら、その声は今にも消え入りそうだった。


「大丈夫、どっちも応援してくれるよ。先生ならきっと割り切ってくれる」


 そんな彼の肩をポンと叩き、俺は声をかける。


 聞いて和久田君は「そう……だよね」と苦笑いを浮かべて返した。


「ちょっとあんたたち、どこ行ってたのよ!」


 だがその時、俺たちの背後から鳴りびいた雷にアジアン3人組はびくっと身体を震わせた。


 振り返ると大層ご立腹のようすのアイリーンがずんずんとこちらに大股で近付いてきており、その後ろで両手にジュースを持ってニカウが佇んでいたのだった。


 まずい、すっかり忘れてた!


 俺たちは急いで「ごめんごめん」と駆け戻った。

なお作者はトルコに旅行した時、パムッカレのホテルの温水プールで白人女性(推定70歳オーバー)の生着替えシーンを目撃したことがあります。

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