第十五章その2 心強いのは4人がいるから
数日後のプレシーズンマッチでも、俺たちU-14世代は無難に勝利を収めることができた。
「お前たち、またも大活躍だな」
キャプテンのローレンス・リドリーもほくほく顔だ。コートから戻ってきた俺たちを拍手で迎えるが、俺が近くを通ると彼は立ち上がり、突如背後に回ってきたのだった。
「太一、お前グラバーキックなんか使いやがって。どこで覚えたんだそんなの?」
にやにやと笑いながら俺の肩に長い腕を回して固め技をかけるキャプテンは、そのまま俺の頭をわしわしとかきむしる。
ここ数日間のジェイソン・リーの指導は、着実に俺のキック技術を高めていた。実際にこの試合でも俺は、ボールを持ったまま突っこむと見せかけて敵の守備をおびき寄せたところで、地面を弱く転がるグラバーキックを蹴り込むという相手の裏をかいたプレーを披露して見せた。思いがけぬキックに相手は対応が遅れ、走り込んでボールを拾い上げた味方バックスがそのまま逃げ切ってトライを決めたのだった。
まだ安定して成功させるのは難しいが、キックを選択肢のひとつに加えられたことは大きい。
「ちょっとお前ら、来てくれ」
全ての試合が終了して帰宅する直前、俺と和久田君、キムとニカウの4人組はキャプテンに呼び出された。グラウンドの隅っこで長身のキャプテンに見下ろされながら、俺たちは横一列に並ぶ。
「前から考えていたんだが、今日の試合で確信したよ。お前たちの実力なら上の年代に入っても、きっとうまくプレーできるだろ」
「え、じゃあ!?」
4人とも顔がぱあっと明るさを帯びる。
「ああ、4人全員U-15年代に繰り上がりだ。そこでもっと力を出してくれ」
「やったぁ!」
俺たちは互いにハイタッチを交わして喜びを分かち合った。この4人で一斉に繰り上がれるなんて、夢のようだ。
「次の練習からU-15に合流だ、集合場所間違えんなよ」
キャプテンは冗談っぽく釘を刺したが、嬉しさでテンションの上っていた俺たちはほとんど聞いてすらいなかった。
「俺たちの昇進に、カンパーイ!」
帰り道の途中で缶ジュースを買った俺たち4人は公園に移動し、互いにキンキンに冷えたジュースを打ち合わせて一気飲みする。
「僕、ニュージーランドってみんなラグビーうまいだろうって思って不安だったんだけど、みんなと出会えていっしょにラグビーできたから、試合でもちゃんと勝ててるんだって思うよ。本当、ありがとう」
珍しく和久田君が饒舌にしゃべる。
「俺もいっしょだよ、初めてこっちに来て自分よりもでっかい同級生を見て、やばいってビビってたんだぜ。お前らがいて心強いよ、じゃないと今頃ホームシックで腐ってたかもしれねえ」
キムもしゅわしゅわと泡立つコーラを片手に感慨深く頷く。みんな普段は感じさせないものの、故郷を離れてひとりで外国に来たことに不安と寂しさを感じているようだ。
けれども俺たちは幸運だった。こんなに仲良く、互いに高め合える仲間がすぐに見つかったのだから。これだけでも留学に十分な価値があったと言えるだろう。
「そういえば、来週の土曜は休みなんだよね」
「だよな。せっかくだからみんなでどっか遊びに行かねえか? ラグビーと学校だけじゃさすがに飽き飽きだよ」
和久田君がふと切り出すと、キムも乗っかった。
普段土曜日はラグビー部の練習が入っているのだが、プレシーズンマッチが一通り終わった今の時期、久々にオフの土曜日が回ってきたのだ。
本大会が始まる前に休息期間を入れてあげようという配慮だろう。疲れた体を労わるのが望ましい過ごし方であろうが、遊び盛りの学生諸君にとっては練習以上に疲れるほど体力を使うこともあるだろう。
「そうだねぇ、みんなで博物館めぐりとかしてみたいよねぇ」
そこでのんびりと自分のペースを崩すことなくニカウが言う。こんな見た目だが意外とインドア趣味だ。
だがキムや和久田君はその提案をブーイングをもって拒否した。
「そんなとこ、このメンバーで行けるわけねえだろ! お前らはどうだよ、どこかおもしろいところしらねえか?」
キムからのキラーパスに、俺はえっと戸惑う。
「いや、俺もこっちのおすすめスポットなんてまだよく知らないし……そうだ、アイリーンに訊いてみるよ」
ふと思いついた俺は、スマホで文字を打ち込み始めた。彼女なら俺たちでも楽しめるような場所を知っているはずだ。
「太一のホームステイ先のお姉さんだっけぇ?」
「羨ましいぞ、こいつめ」
「小森君のホームステイ先、本当に恵まれてるね」
同級生からの羨望の眼差しをよそに、俺は作成したメッセージをアイリーンに送信する。それから1分も経たず、返信が届いた。
「えっと、おススメの……温泉?」
彼女からの返信に俺はずるっと力が抜けてしまった。そういえば彼女は火山学者を目指しているが、同時に温泉についても興味津々なのだった。
「温泉、いいね。別府を思い出す」
「たしかにねぇ、ニュージーランドは温泉が自慢だよぉ」
「懐かしいな、温泉なんて」
だが温泉と聞いたメンバーの反応はなかなかだ。特に和久田君は温泉文化の特に根付く九州の出身、温泉という響きにひときわ目を輝かせていた。
そんなメンバーの顔を見ると、俺もそれならいいかと納得してしまう。まあ俺自身も久しぶりに肩まで温かいお湯に浸かりたいと思っていたし、日本とニュージーランドの温泉の違いを楽しんでみるのもおもしろいだろう。
その時、また俺のスマホにメッセージが届く。アイリーンからの追伸だ。
「えっと、私もいっしょに行きたいって――」
「「「バッチコーイ!」」」
まだ話している途中にもかかわらず、思春期男子3人は声をそろえて白い歯を輝かせた。温泉よりも強い動機付けができた、まさにその瞬間だった。




