第二章その2 白熱の練習試合
5月の爽やかな陽気に照らされる芝生。その上を駆け回るはヘッドギアの少年たち。
今日は磯子ラグビースクールとの練習試合だ。練習試合と侮るなかれ、公式戦の少ない中学年の子供たちにとっては日頃の鍛練の成果を見せつける本番そのもの。
コーチの「気楽に落ち着いていけ」なんて言葉はどこ吹く風、試合前に円陣を組んで気合いを入れた俺たちは本気で身体をぶつけ合った。
そんな気迫に圧されたのか、試合は終始俺たちのペースだった。3年生ながら出場選手中最も巨体の俺がボールを持った選手にタックルを決めると、相手はいとも簡単にボールを落としてしまうのだ。
これはノックオン、ボールを前方に落としたという意味の反則だ。ここで一時プレーが途切れるものの、試合再開のタイミングで俺たちフォワードがまたしても活躍する。
「はい、ちゃんと組んで」
審判役のコーチに従い、俺と4年生ふたりの3人は胴体に腕を回して一枚の壁になった。
これがフォワード3人によるスクラムだ。ノックオンなどの軽い反則の際には両チームのフォワードがスクラムを組み、そこからボールを運び出すことでプレーが再開される。
15人制では8人で結束するスクラムも、この年代では3人が横一列に並ぶ略式のもの。その中でも俺は左側、左プロップというポジションを任されていた。
スクラムでは真ん中の選手をフッカー、両端をプロップと呼ぶ。
プロップとは支柱を意味し、文字通り押し合いではブルドーザーのごとく前に進む役割をもつ。一方のフッカーはスクラムを組みながら足でボールを転がすので、プロップより小柄ながら器用な選手が多い。
小学校のうちはスクラムも形だけのものだが、年代が上がると少しでもボールを有利に運ぶため、力比べと同時に高度な駆け引きが展開される。
両軍の計6名のフォワードがぐっと組み合う。その際に金沢スクールのフッカーが地面に置いた楕円球を右足で後ろ側に転がすと、すかさず味方バックスの選手が走り込んでボールを拾い上げ、そのまま守備の隙を突いてトライを決めてしまった。反則を犯していないチームはこのようにボールを持った状態でプレーが再開でき有利に働くので、ラグビーにおいて反則を減らすことは至上命題だ。
その後もタックルで反則を誘い、スクラムからの得点を繰り返して金沢は磯子との差をさらに広げた。
またボールが自分の手に渡った時も、俺は体格を活かしてトライを量産した。何もせず敵陣に突っ込んでも、並みの選手のタックルならすべて弾き返してしまうので、それらに耐えながらそのまま走り込み、白線を越えてからグラウンディング、地面にボールを接触させてトライを奪いまくったのだ。
圧倒的体格差を活かしたゴリ押しのプレー。ちょっと申し訳ない気もしたが、お互い本気の勝負なのだから勘弁してほしい。
「磯子スクール、交代!」
相手がフォワードのひとりを交代させる。コートに入ってきたのは、俺ほどではないが立派な体格の持ち主だった。
「あんな奴いたっけなあ?」
「最近入ってきたんじゃね?」
金沢の選手が互いに顔を向き合わせる。小学生ラグビーは人口も少ないので、他のチームの子も簡単に顔を覚えられてしまうのだ。
その後プレーが再開され、またしても俺にボールが回ってくるチャンスが巡ってきた。
よし、このまま突っ込んで今日4つ目のトライだ!
俺はずかずかと芝を踏み、敵陣に向かって走り出す。しかしそこに真正面から突っ込んできたのは、先ほど交代したばかりの敵フォワードだった。
相手のフォワードは身体をぶつけると同時に、俺の腰にぐっと腕を回す。直後、前の方向へと進んでいたエネルギーが、すべて自分に跳ね返ってきたと思うような衝撃が俺の身体に加わった。
他の選手とは重みの違う骨の髄まで響くタックルに、俺は背中から芝生の上に倒されてしまった。
「すげえ、太一を止めやがった!」
子供たちがどよめいた。体格自慢の俺が試合でこうも簡単にひっくり返されるのを見るのは初めてかもしれない。
「うちの新入りの浅野だ。ラグビーだけじゃなくてレスリングも習ってるんだぜ」
磯子の選手が鼻を鳴らして言う。
なるほどね、この殺人級のタックルはレスリングで培われたものだったのか。地面に転がりながらも俺は冷静に周囲の声を聞き、抱え込んでいたボールから手を離した。
倒された選手がずっとボールを持っているのはノットリリースザボールという反則になる。ラグビーは立ってプレーするスポーツ、倒れた選手はボールに絡んだり妨害してはならないのが鉄則だ。
当然、新入りの浅野くんはボールを拾い上げると、さっさとバックスに回してしまった。そのまま俊足自慢のバックスがスピードを活かして走り抜け、今度は逆に俺たちがトライを奪われる。
「ひええ、なんつータックルだ」
金沢の選手がぞぞっと震える。その傍らで俺はゆっくりと立ち上がり、ユニフォームに付いた草の葉を払い落とした。
たしかにあのタックルは脅威だが、それだけで勝てるとは限らないのがラグビーのおもしろいところ。
「あの、先輩すみません」
俺はバックスの4年生をひとり呼び、いくらか作戦を伝えた。
「俺はいいけど、太一は大丈夫か?」
「はい、フォワードは痛いの我慢してなんぼなんで」
そう言ってにかっと微笑むと、先輩も「わかった、任せたぞ」と渋々承諾する。
試合が再開し、ボールの争奪戦が繰り返される。
「ほいよ、太一!」
別の選手から回ってきたボールを受け取った俺は、例に違わずまっすぐゴールポストへと向かって駆け出した。
しかしそんな俺を迎え撃つべく、レスリング経験者の浅野くんがまたしても真正面から走り込んできたのだった。
二度も同じ手に乗るものか!
タックルを仕掛ける浅野くん。しかし身体が交錯する直前、俺は身をひるがえしてボールを後方に放り投げた。
その次の瞬間、俺は浅野くんのタックルを受けて地面に倒れ込む。一方、空中でなだらかな弧を描いた楕円球は、俺の後ろをずっとついて回っていたバックスの先輩が易々とキャッチする。
当然この好機を逃す先輩ではない。相手の守備が薄くなっているエリアを見つけると、先輩は素早く走り込んだ。
敵チームは慌てて振り返るが、先輩の快足を止めることは誰にもできない。先輩は相手の妨害をかわし、最後には身体ごと芝の上に跳び込んでボールを地面に叩き付けトライを決めたのだった。
「よっしゃああ!」
歓喜の声をあげる金沢の子供たち。俺も倒された痛みに顔を引きつらせながらも、いっしょになって喜んだ。
まさに理想的なボールの運び方。ラグビーは決してひとりでプレーするスポーツではないのだ。