第十四章その1 プレシーズンマッチへ
「タックルはもっと低く! 相手を足からひっくり倒してやろうって勢いで突っ込め!」
ラグビークラスの授業中、俺はオースティン先生の怒号を浴びながらタックルバッグを持ったヨコヅナことニカウに突っ込んだ。
体重115㎏はあろうニカウの巨体が、ずしんという音とともに一歩後退する。だがこれは先生を満足させられるほどのタックルではなかったようだ。
「太一、お前の体重ならそれくらいの相手は倒せないとダメだ! 敵の重心を崩すように、もっと低く!」
先生の叱責に俺は「はい!」と一兵卒のように答え、その後何度も何度もタックル練習を繰り返した。
聞いた話では、オースティン先生は20年ほど前までオークランド地区代表のフランカーを務めていたらしい。これはニュージーランドの国内トップリーグであり、つまり先生はかつて名の知れたプロ選手だったというわけだ。まさかそんな人を教員に迎え入れていたなんて、このオークランドゼネラルハイスクールのラグビーに対する本気度が窺える。
そして驚いたことに、この学校、なんとスクラムマシンまで完備されている。
これはスクラム練習のために開発されたクッションのついた台車のような器具だ。価格はウン十万からウン百万円とかなり高額で、金沢ラグビースクールも所有していなかった代物だ。
「ほら、もっと息を合わせろ!」
8人のフォワードが押すマシンには他の部員10人以上が乗っかっており、内ひとりはブレーキを踏んで車輪を固定している。ひとりの力ではもちろん、8人全員でも力を入れるタイミング、方向が揃っていないと微動だにしない。
最前列である左プロップの俺は、右隣のフッカーの右脇腹まで手を回してジャージを掴む。そして後ろに立った左ロックの選手に股の下から腕を通されて腹の部分のジャージをつかまれると、最後は俺とフッカーの腰の間に頭を突っ込まれる。
一見すると間抜けに思えるかもしれないが、この組み方は選手が互いにぎゅっとひとつに結束できるのでスクラムをする上では重要となる。俺は後ろから押し込められて背骨がへし折れそうな気分だが、ロックは俺とフッカーの身体に頭を挟まれているので頭部が破裂しそうなほど圧迫されている。スクラムで楽なポジションはひとつもない。
かようにラグビークラス30人は全員が無事テストを通過してラグビー部に入部できたものの、以前よりもさらに真剣な表情で練習に打ち込んでいた。
実は4月にプレシーズンマッチとして、新人戦が控えているのだ。
ニュージーランドではラグビー人口が多く、U-14、U-15、U-16と学年ごと、また55kg以下などといった体重別と、覚えきれないほど細かくカテゴリー分けがなされている。
これはどんなレベルであってもすべての子供にラグビーの試合に出てもらえるような仕組みになっているのだ。青春系部活ドラマでよくあるベンチ入り叶わず観客席で見守るだけ、という悲しい状況を生み出さないように配慮されている。
当然、学校に1チームだけの代表チームも編成される。その最強メンバー同士の試合は学校の関係者だけでなく、地域の住民も大勢集まってプロ顔負けの集客を達成するそうだ。その際はプロチームのスカウトやマスコミも観戦に来るそうで、活躍すればプロチームから誘いが来ることもある。
日本で言う高校野球や高校サッカーが広く関心を集めるのと似ているが、ことニュージーランドの学生ラグビーに関しては国を巻き込んでのお祭りのような騒ぎになるという。
本大会が5月から始まり、全国を4つに分けたそれぞれの地区での優勝を決める。そして地区大会を勝ち抜いた4校が、9月の全国大会に進出して国内最強校を決定するのだ。
俺たち新入生はほとんどが最年少の14歳以下のチームに、一部の抜きん出た子が15歳以下のチームに入れられた。
俺もまずは14歳以下のチームからのスタートだが、試合で評価されれば途中から上のチームに繰り上がることも可能だ。将来のことも考えればプレシーズンマッチの内に力を見せつけて、早く上のカテゴリーに挑めるようになりたい。
その夜、夕食を終えて自室の机で数学の宿題を進めていた時のことだった。
机の上に置いていたスマホがブブブと振動した。南さんからのメッセージだった。
「シーズンの試合は全部終了! うちのラグビー部は負けちゃったけど、1年間楽しかった!」
そんな文面とともに、学校のグラウンドでにっこりと笑うジャージ姿の南さんの写真が添付されている。なんだか見ない間にまた背が伸びたようだ。
彼女は今、中学でラグビー部のマネージャーを頑張っている。県大会でも1回戦で敗れることが大半ではあるが、ラグビー部の運営や選手のサポートについて見識を深めているという。
海の向こうで頑張る彼女の姿に、俺はついペンを止めてふふっと笑みを漏らす。
「太一、入るわよ」
その時、ドアがノックされ、がちゃりと開けられた。ホストファミリーのアイリーンが部屋に入ってきたのだ。
「はい、これ洗濯物……あら、誰それ?」
アイリーンはめざとく俺の見ていたスマホの画面に気が付くと、俺の横に回ってしげしげと覗き込んだ。
「ああ、日本の友達」
「へえ、かわいい子じゃないの。フィアンセ?」
俺はぶっと吹き出し、「違う!」と力強く否定する。
以前ほんの少しだけ、好きな子に告白したことがあると話したことがあるのだが、その件についてアイリーンは重大な勘違いをしているようだ。
男女間の「告白」という概念は、実は国によって意味がだいぶ異なっている。
日本ならば「付き合ってください」と告白して、初めて恋人という段階に入るのが一般的だろう。しかし外国ではこの告白というステップを踏まずに、付き合い始めた男女がいつの間にか事実上の恋人関係に移行しているというパターンが多い。それまではいわゆる互いの相性を確かめるお試し期間であり、別の異性と二人きりで出かけても問題は無いのだ。
そんな外国人にとって告白というのはかなり本気度の高い行為だ。実質的に婚約と同義と勘違いされてもおかしくはない。
「ねえ、太一は日本の友達をこっちに呼びたいって思ったことはない?」
突っ込まれても平然としているアイリーンは、スマホの画面と俺の顔を何度か目で往復させてから尋ねた。
「まあ、そりゃあるにはあるけど……」
ニュージーランドの広大な平原、美しい海、そして国内最大の競技場であるイーデン・パーク。それらニュージーランドの風景を、写真ではなく本物で西川君や南さんに見せられたらと思うことはある。
けれどもここは10時間以上のフライトをはさんだ南半球だ。気楽に来てねと言える距離ではない。
「誘ってみたら? うち、客間あるから」
提案するアイリーン。俺は「本当に!?」と思わず声を上げてしまった。
「もちろんよ。私だって太一の日本の友達に会ってみたいわ」
そう話す彼女は嬉しそうだった。留学生を温かく迎えるような家庭で生まれたアイリーンは、世話好きでオープンな子に育ったのだろう。
「それに私だって日本に行ってみたいもの。特に草津と別府と熱海に行ってみたいわ」
「温泉、好きなんだね」
意外な日本の地名の登場に驚かされる。
「ええとっても。昔から火山に興味があって色々調べてたら、温泉にも興味湧いちゃって。日本て温泉王国なんでしょ? ねえ、どこの温泉がおススメか教えてよ」
火山に興味があるなんてなかなか珍しい女の子だが、ニュージーランドには北島を中心に多くの火山が分布している。噴き上げる蒸気を身近に感じながら育った彼女は、将来火山の研究者になりたいと大学進学を目指しているそうだ。
ニュージーランドにも温泉はあるものの、日本のそれとはスタイルが大きく違い、水着を着て入る男女混合の温泉プールが一般的だ。テレビの紀行番組でもよく映される光景なのでご存知の方も多いだろう。
そういえばこっちに来てからはシャワーばっかりで、なかなかどっぷりと湯船に浸かる機会がないなぁ。ニュージーランド式の水着で入る温泉でもかまわないので、久しぶりに肩までゆっくり温まりたい。




