第十三章その4 サバイバル入部テスト!
2月になり、様々な部活で新入生の受付がスタートする。
ニュージーランドでは主に2~9月の冬季と、10~1月の夏季とで別の部活に所属するのが一般的だ。
例えば冬季はバスケットボールやサッカーに打ち込んでいた学生が、夏季はゴルフやソフトボールに切り替えるというものだ。そして国が違えば文化も違うもので、クリケットやスカッシュ、ネットボールといった日本人にはなじみの薄い競技もこちらでは人気が高い。
だが一番人気は何といってもラグビーだろう。ラグビークラス全員はもちろんのこと、他のクラスも含めて200人近くが入部希望のためコートに集まっていた。
そりゃこんだけ人気があったら、ふるいにかけないとやってられんわな。
「入部希望者、全員並べ」
数名の部員を引き連れ、キャプテンの少年が呼びかけて生徒たちを1か所に集める。
「俺はラグビー部キャプテンのローレンス・リドリーだ。今日はお前たちの入部テスト、トライアルを行う。オークランドゼネラルハイスクールではラグビー部に負けは許されない、ビシビシ行くからな」
キャプテンの強い語調に入部希望の1年生はごくっと生唾を飲んだ。
それにしてもこのキャプテン、本当に俺より3つ年上なだけだろうか?
後ろに並ぶ大柄なラグビー部員の中でも、頭一つ飛び抜けてでかい。身長200㎝を超えているのではなかろうか。
おまけに長く伸ばしたサラサラの金髪がことあるごとに風になびくので、新入生たちはライオンにでも対峙してしまったかのようにすくみ上がっていた。
ちなみにジャージに書かれた背番号は4。見た目通り、ポジションはロックだった。
「じゃあ早速コート20周、規定タイム下回ったヤツは即不合格だ」
げげっと新入生たちが顔を歪める。どこの根性系スポーツ漫画だよ!
そこからテキトーにグループを割り振られ、順に走らされる200人の入部希望者たち。コートの各地点にはタイムキーパーの部員が立ち、ランナーの走りっぷりを注意深く監視していた。
しかしラグビーは試合中ずっと走り続けるスポーツ、これくらいこなせないと話にならないということか。
「はい、お前はもういいぞ」
遅れた子は無情にも先輩部員につかまり、コースから外されてしまう。
しょんぼりと背を折り曲げてコートを後にする入部希望者。これでもうラグビー部に入れなくなるとか、もし自分がこうだったらと思うとぞぞっとするな。
そしておよそ2時間後、全員が走り終えた頃に残っていたのは50人足らずだった。
「ふーん、けっこう残ったな」
幸いにもラグビークラスの子は全員合格している。ここで部から外されたら明日からどんな顔を向ければいいものやら心配していたところだ。
しかも1位でゴールしたのは和久田君だった。さすがは走ってなんぼのスクラムハーフ、パスの起点となるためには試合の中で次にラックがどこにできるか予測して、素早く走り込める能力が必要と言われるだけのことはある。
「ほう、お前その体でよく走れたな」
俺はなんとかタイムギリギリで20周を走り終えたものの、やはりこの100㎏超えた体でコート20周はきつい。和久田君やキムはまだまだ余裕といった表情をしているが、大柄な選手はすでにぜえぜえと息を切らし、芝の上に座り込んだり仰向けになったりしている。
「じゃあ休憩してからミニゲームだ。ポジション決めも兼ねるから、気合い入れていけよ」
キャプテンの言葉を聞いて、疲れ切ったデブ一同は民族の壁を越えてさっと顔を青ざめさせた。
このままだと殺される……。きっと全員同じことを思っていただろう。菅平合宿以来だよ、こんな地獄。
その後、新入生同士を大雑把に2チームに分けてのミニゲームが行われた。
単なるミニゲームではあるが、ここで活躍できるかどうかが今後の部活での立ち位置を決定する。普段ラグビーの授業でも見せない各々真剣な顔とプレーに、俺も先ほどの疲れなど忘れて走り回った。
偶然にも俺も和久田君もキムも同じチームだ。
俺がボールを前に運んでいるところで敵からタックルを受ける。そこに真っ先にキムがタックルで返して倒れる俺を守り、和久田君がパスで他の選手につなぐ。
「いいぞアジアン三人組!」
一連の流れるようなプレーに感心したキャプテンがナイスと親指を立てるが、いつの間にやらワンセットで扱われていたようだ。
早くから仲良くなった俺たちはラグビー部の始まる前から放課後や休日、自主的に集まってラグビーの練習に励んでいた。だからお互いのクセや能力についてもある程度把握しており、どういうサポートをすればよいのかわかっている。だからこそできた素早い連携だったが、いきなりごちゃまぜのミニゲームでそのプレーを成し遂げたことは周囲の目を驚かせたようだ。
そんなゲームの最中、俺たちは相手のノックオンを奪い本日初めてのスクラムを組むことになった。
中学世代では12人制が一般的である日本において、スクラムと言えばスクラムハーフを除いて5人で組まれるものとして定着している。だがここでは大人と同じ15人制が採用されているので、フランカー2名とナンバーエイトを加えた8人で組まれる。
右プロップに俺、最後尾右のフランカーにキムが入った。そしてスクラムハーフである和久田君がボールを投入する役目を担う。
「クラウチ」
レフェリー役の部員の掛け声とともに、最前列のプロップとフッカーが身を屈める。
「バインド……」
俺ともう一人のプロップが、空いている腕を向かい合った相手選手の背中に回してジャージを掴む。
「セット!」
そして8人と8人のスクラムがぶつかり合った。
俺のポジションである右プロップは顔の左右両側から相手とぶつかる。その時の辛さは尋常ではなく、痛いなんてものじゃない。前からは敵選手が押してくるのに、後ろからもロックとフランカーたちが押してくるのでものすごい圧力が加わる。このまま身体がパーンと破裂してしまうかと思った。
だがこれくらいで音を上げないのがラガーマンだ。俺は歯が擦り切れるほどに力を込め、全身の筋肉に血液を送りながら押し返した。
その時、俺たちの気迫と馬鹿力に根負けしたのか、相手のスクラム全体が一歩後退する。一度踏み込めばあとは勢いに任せればよいもので、俺たちは一塊になってそのまま相手の結束を散り散りにさせるまで押し込んでしまった。
「よっしゃあ!」
トライを奪えるのは嬉しいが、純粋な力勝負であるスクラムで押し勝つのは格別のうま味がある。辛いスクラムでもこの感覚を一度覚えてしまうとフォワードはやめられない。
俺はまだほとんど会話したことも無いチームメイトと抱き合い、歓声を上げて喜んだ。




