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第十三章その2 お庭でBBQ!

 ニュージーランドに渡った最初の夜、昼間の内に買い出しを済ませたホストファミリーのウィリアムズ一家は俺の歓迎パーティーを開いてくれた。


 今日は庭に出てのバーベキューだ。ニュージーランドでは自宅の庭でのバーベキューは頻繁に行われており、どの家庭もバーベキューコンロを常備しているという。


 しかも食材は日本では珍しいラム肉だ。さすがは世界の羊毛生産地、羊肉も盛んに消費されるようだ。


「美味しい!」


 羊肉はクセがあると思っていたが、仔羊ラム肉なら臭みは気にするほどではない。加えて赤身の割合が多く、タンパク質とビタミンが豊富なのでスポーツマンにはピッタリだ。


「じゃんじゃん食べてね」


 オスカーさんが肉を焼き、マライアさんが順に皿に盛る。コンロからはじゅうじゅうと煙が立ち上るが、道行く人はさも日常の光景といった様子で誰もが気にすることも無く通り過ぎていく。


 ああ広い庭が自宅にあるなんて、どれほど素晴らしいことなのだろう!


「ねえ、太一はラグビー始めてどれくらい?」


 焼き立ての肉を頬張りながらアイリーンが尋ねた。


「5歳からだから、もう8年だよ。デブチンだったから、この身体を活かしてラグビー始めればいいかって思って」


「へえ、いいじゃないの。日本代表はバックスは強いけど、フォワードはスクラムならまだしもラインアウトの後のモールとかで押し負けてるから太一みたいなタイプは将来引く手あまたね」


「よく知ってるね、日本のラグビー事情なんて」


 さらっと言ってのけるアイリーンに、俺はえっと驚いて固まった。こんな分析する女の子なんて、日本では熱心なファンでもない限りまずお目にかかれない。


「そりゃ昔からラグビー見てるから、どこの国がどういう戦い方してるかなんてだいたい把握してるわよ。母さんも昔、女子ラグビーやってんだから」


「本当!?」


「何も驚くことじゃないわ。ここじゃどの子も小さい頃にラグビーやって大きくなるわけだし、ラグビー選手は子供たちみんなが憧れるスターなのよ」


 どうやらニュージーランドに暮らす人々とラグビーは、切っても切れない関係にあるようだ。


 オールブラックスことニュージーランド代表が世界最強と呼ばれるのは、やはりラグビーがニュージーランドの文化として深く根付いているからだろう。


 ではなぜこの国でラグビーがここまで普及したかと言うと、ラグビーはニュージーランド人にとっての誇り、いや、最早アイデンティティに成長したからに他ならない。


 そもそもラグビーの発祥は19世紀前半、イングランドのパブリックスクールであるラグビー校でフットボールのルールが定められたことに由来する。


 ひとつのボールを奪い合う競技はブリテン島を中心に古くから行われていた。それらは総称してフットボールと呼ばれていたが、当時は地域ごとにルールの差が大きく、統一された競技が存在しなかった。


 その後、産業革命により経済力をつけた中産階級の子息を教育するためにパブリックスクールがイギリス各地で創設され、体育教育の一環としてフットボールが採用される。その際に出身地の異なる生徒同士や、他校との対抗試合を行うために統一された競技が必要となり、様々な種類のフットボールがルールを明文化して誕生した。その中にはアソシエーション・フットボール、つまりはサッカーも含まれている。


 そんな中、ラグビー校で生まれたのがラグビーフットボールだ。このラグビーフットボールはラグビー校の卒業生により大英帝国各地に広まる。それは海を越えたはるか遠くニュージーランドやオーストラリアにも及んだ。


 ラグビーはニュージーランド国内の移民向けの学校でも広く取り扱われ、また19世紀から先住民のチームも結成されていた。元々海洋民族で体格が良く筋肉量の多いポリネシア系のマオリ族は、驚くほどラグビーと親和性の高い民族だった。


 そして1905年から翌1906年にかけてのこと。ニュージーランド代表がイギリス、フランス、アメリカと北半球へ初めて遠征した際、34勝1敗という驚異的な戦績を残したのだ。


 この南太平洋の属領のひとつが帝国の本丸を圧倒したという出来事はニュージーランドの人々を刺激し、誰もがラグビーの虜になった。ここからラグビーと言えばニュージーランド、ニュージーランドと言えばラグビーという認識が世界に広まり、ニュージーランド人はよりラグビーに打ち込んだという。


 その結果、今日のニュージーランドではラグビーは老若男女問わず人気を誇る競技へと成長し、特にナショナルチームであるオールブラックスは世界最強軍団と呼ばれるまでに強くなった。


 オールブラックスは結成以来、すべてのチームに勝ち越している。それどころか現時点で過去に一度でもオールブラックスを破ったことのあるナショナルチームは南アフリカ、オーストラリア、イングランド、フランス、アイルランド、ウェールズの6か国のみ。これはあらゆるスポーツあらゆるチームの中でも突出した実績である。


「太一ももちろんプロ選手目指してるんでしょ? うちの学校にはラグビーするためにやって来る留学生も多いから、今の内に強そうな子と仲良くなっておくといいわよ」


 俺が入学するのはオークランドゼネラルハイスクールという州立学校だ。進学を目指すコースやスポーツを専攻するコースなど様々なカリキュラムが用意された規模の大きな学校で、留学生にも広く門戸を開けている。


 そのラグビーコースに、俺は通うことになっている。4年または5年間、毎日最低1時間はラグビーに関する実技の授業を行うコースで、生徒は皆ラグビーのプロ選手やコーチを目指す。卒業生にはオールブラックスはじめ各国の代表選手として活躍する者も多数おり、ラグビーで飯を食っていきたいという生徒には絶好の環境だろう。


 そしてラグビーの機会はそれだけではない。日本と同じくニュージーランドにも学校には部活動があり、放課後はスポーツで汗を流したり音楽の演奏に励んだりして学生たちはスクールライフを満喫している。


「え、うちの学校って、アイリーンもオークランドゼネラルハイスクールなの?」


「ええ、私は大学進学を目指すクラスに入ってるわ」


 なんという幸運か。色々と学校のことを教えてもらえるぞ。


「太一もラグビーするならラグビー部に入らないとね。うちのラグビー部はものすごく厳しいけど、ものすごく強いから」


「そりゃいいや、入学したら早速ラグビー部に入るよ!」


「あ、それなんだけど……」


 ふんと意気込む俺の前で、アイリーンは気まずそうに眼を逸らす。


「ラグビー部は今、サマーシーズンだから活動休止中なのよ」


 聞くなり俺は絶句した。


 そうだった、ニュージーランドにおいて部活は冬季と夏季とで分かれており、冬季の競技であるラグビーは今のシーズン行われていないのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] よし、じゃあ相撲するしかないね!(錯乱)
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