第十三章その1 こんにちはホストファミリー
2024年を迎えて間もない1月の中旬のこと。
13歳の俺は単身、成田空港からニュージーランド直行便に搭乗した。前の人生も含めて、初めての赤道を越える旅だ。
そしておよそ10時間のフライトを終え、入国審査を済ませてオークランド国際空港の到着ロビーに出ると、広々とした朝の建物の中、ツアーガイドやスーツを着たビジネスマンがそれぞれ客人を出迎えている。
そんな人垣の中に「Welcome, Taichi Komori」と手書きのパネルを持った40歳くらいの男女を見つけ、俺はでっかいキャリーバッグを引きずりながらほっと胸をなでおろした。
「すみません、小森太一です。ホストファミリーのウィリアムズさんですか?」
頑張って覚えた英語で、俺は話しかける。聞いて少し白髪の混じった恰幅の良い金髪の男性はにかっと笑いかけた。
「おお待ってたよ太一! ニュージーランドにようこそ!」
ホストファーザーのオスカー・ウィリアムズさんは俺の体を包み込むように大きく腕を回した。いわゆるハグだ。ニュージーランドでは広く当たり前のように挨拶として根付いている。
「初めまして太一」
黒髪にすらりと背の高いホストマザーのマライアさんも俺にハグをしてくれた。少し恥ずかしい気もするが、郷に入っては郷に従え、こちらも腕を相手の肩に回して応える。
空港からはウィリアムズさん夫妻の運転する車で移動する。
1月の横浜といえばマフラーとジャンパーがないと外で立っていられないほどの寒さだが、南半球では今が夏、日中の最高気温は25度を超える。
日本の高温多湿に慣れていると25度なんて屁でもなさそうに思えるが、ここでは夏場に雨が少なくなり乾燥するためか、日差しがきつく感じるのはまた別の意味で辛いものがある。
「ニュージーランドは初めて?」
助手席に座らされた俺に、ホストマザーのマライアさんが後部座席から話しかける。こっちでは日本と違い、客は助手席に座るのが一般的だ。
「はい、日本から出たのも初めてです」
人生やり直してからは初めての出国だから、嘘ではないぞ。
「そりゃオークランドを紹介する甲斐もあるな。家にはすぐに着くから、学校が始まるまでに市内を案内するよ」
そう言ってホストファーザーのオスカーさんは運転席でハンドルを握りながら微笑んだ。
オークランド国際空港は市街地から外れた田園地帯にあり、車窓からは延々と広がる牧草地と、時折大型のショッピングセンターが見える。
俺はスマホで窓の外の広大な景色を撮影した。そして家族や友人に「NZ到着!」とメッセージを送る。
日本との時差は3時間……いや、今の季節はサマータイムだから4時間か。
ちょうどみんな朝起きて、学校や職場に向かっている時間帯だろう。ニュージーランドは日付変更線が近く、世界でも特に早く1日が始まる国なのだ。
ウィリアムズさんの家は町はずれの住宅街に位置している。広い庭付きの一軒家で、アメリカのホームドラマを思い出すような外観だ。
俺はニュージーランド滞在中、この家でお世話になる。つまりは家族同然の暮らしをするホームステイだ。
「こっちがシャワールーム。で、こっちがキッチン。冷蔵庫は自由に使っていいわ」
マライアさんの後ろを歩きながら、俺は家の中を案内される。
3人暮らしと聞いているが随分と部屋が多い。ゲストが来た時の客室として使っているそうだ。
「ここがあなたの部屋よ。冬はちょっと寒いから、我慢できそうになかったら言ってね」
俺が通されたのは3階の屋根裏部屋だった。ベッドと机、箪笥以外は何も置かれておらず、天井は屋根に沿って傾斜しているが十分な高さがある。
そして何より、天窓が穿たれそこからは青空と漂う雲も見えた。
「こんな広い部屋、最高ですよ」
親子3人で3LDKのマンションに暮らす俺にとって、この家は豪邸にしか思えなかった。
その時、下の階から物音が聞こえた。
「あ、帰ってきたわ。太一も来てちょうだい」
マライアさんに手招きされ、俺はトランクを置いて部屋を出た。
1階のキッチンまで降りる。そこで目にしたのは、大きな冷蔵庫の前で揺れる長い金髪だった。
「ママー、オレンジジュースもう切れてるよ」
そう言って冷蔵庫の前でアップルジュースを飲むひとりの女の子。オスカーさん譲りの金髪に、マライアさん譲りのスラッと細身ながら出るところは出ている体躯。
その少女は母親の後をついてきた俺を目にすると、ぱちくりと瞬きした。
「あれ、その子は誰?」
「何言ってんの、日本から来た太一に決まってるでしょ!」
「あれ、ホームステイ今日からだっけ? すっかり忘れてたわ」
そしてカウンターにジュースのパックを置いて、ハハハと笑い飛ばしながら少女は俺の方へと歩み寄る。
「初めまして太一。アイリーンよ」
彼女はウィリアムズ夫妻の娘さんだ。たしか俺より2学年上と聞いているが、身長が170cmほどあるのはさすがニュージーランドと言ったところか。
「こちらこそ、アイリーン」
俺が握手のため手を伸ばした時だった。
なんとアイリーンは大きく腕を広げて俺の肩に回し、そのままポンポンとハグをしてくれたのだ。
まさかの金髪のお姉ちゃんからのハグに、俺は一瞬硬直してしまった。いや、習慣だってわかってはいるんだけれども……これは嬉しいものだな。




