第十二章その5 卒業式
3月。桜のつぼみの隙間から淡いピンク色が顔を覗かせ始める頃、俺は小学校の卒業式を迎えた。
「中学行ってもまた遊んでよねー!」
卒業証書の入った円筒を手に持ちながら、校門の前で号泣する卒業生。小学校での出来事を思い出したり、仲の良い友達と中学から離れ離れになったりと理由は様々だ。
「やっぱ6年2組、最高じゃんよ!」
なぜか騎馬戦を組んだハルキと6年2組の男子数名は、叫びながらえっさほいさと校庭を一周する。
「本当、どこまでもバカなんだから」
そんなハルキたちの行動を見て呆れる女帝伊藤さんも、目に涙をたくわえていた。
「小森、俺はお前とまたラグビーできる日を待ってるからな」
西川君と俺は互いに拳を突き合わせた。彼は中学から金沢スクールを脱け、進学先である私立中学のラグビー部に専念する。全国大会にも出場できるほどの強豪であり、また高校にもエスカレーター式で進学するとなるとこのタイミングで移行するのは理にかなっているだろう。
逆に俺のように学校にラグビー部が無かったり、あっても弱いという子の場は地元のスクールでラグビーを続けることが多い。
「もちろんだよ。俺も強くなってくるから、せめて相手になるくらいには強くなっててよ?」
「けっ、言ってくれるぜ小森のくせに。せいぜい頑張ってくれよ、日本最強のおデブさんよ」
そう言って西川君は俺の突き出た腹をぺしぺし叩くと、自宅へと帰っていった。
2月の全国大会で、俺たちは夢にまで見た全国制覇を成し遂げた。互いの死力を尽くした激闘、思い返せばほんの一瞬で終わってしまった気もするが、もう一度やりたいかと訊かれれば絶対にイヤだと即答する。
なお大会の結果は以下の通りだ。
全国大会順位
1 金沢(神奈川)
2 天王寺(大阪)
3 伏見桃山(京都)
4 堺(大阪)
5 小倉南(福岡)
6 門真(大阪)
7 青山ジュニア(東京)
8 岡崎(愛知)
9 生駒山(奈良)
10 博多(福岡)
11 日光(栃木)
12 宇品(広島)
13 北鎌倉(神奈川)
14 鳥羽(三重)
15 帯広(北海道)
16 蔵王(山形)
やはり関西勢の強さが目立つものの、一番上に俺たちの名前が入っているのは鼻が高い。
ちなみにこれ、関東勢どころか関西以外では初の優勝という快挙だそうだ。小学生の全国大会とはいえ、俺たち金沢はひとつ歴史を作ったと言える。
俺はハルキたちとふざけ合いながら最後の下校を終えて家に帰る。そしてすぐに着替えを済ませると、また家を飛び出したのだった。
場所は瀬戸神社。表通りに面しながら、静寂を覚える不思議な神社だ。
到着した時にはまだ誰もいなかった。石段に腰かけてしばらく待っていると、よく見知った顔が鳥居をくぐる。
「小森君、お待たせ」
南さんだ。彼女も一旦家に帰って着替えてきたようで、卒業生の名札やランドセルは外されている。
「ううん、全然!」
俺はしゃんと立ち上がった。卒業式で名前を呼ばれた時より、素早く反応した気さえする。
「もう何回も言ったけど、優勝おめでとう」
「あ、ありがと」
全国優勝の決まった瞬間、南さんは観客席でクラスのみんなと泣いて喜んでくれたそうだ。その後2月の寒い中にも関わらず表彰式まで残ってくれたのだから、本当に感謝の言葉も無い。
「もう卒業だね、私たち」
「うん、早いもんだね」
本当、俺がラグビーを始めて7年。いろんなことがあったのに、あっと言う間に過ぎ去ってしまったように思えてしまうのは不思議だ。
「南さん、中学に行ってもまたこうして会ってくれる……よね?」
俺は不安げに、彼女に尋ねた。途端、南さんはふふっと笑いかける。
「もちろんでしょ。あとね、もうその名字で呼ぶの、やめない?」
「え、やめないって……」
「そのまんまの意味よ。どう、太一君?」
俺は久しぶりにどぎまぎした。女の子から下の名前で呼ばれるなんて、前の人生を思い返してみても初めてかもしれない。なぜだろう、いつもハルキからそう呼ばれているはずなのに、彼女から呼ばれるとやたらと気になってしまう。
だが目の前にはわずかに頬を紅潮させた南さんが、じっと俺の顔を覗き込んでいる。こんなの、逃げられるわけないだろ。
「あ、亜希奈……さん」
「ぷふっ!」
自分から言っといて吹き出してしまった南さんに、俺は「ひどいなあ」と口をとがらせた。
「ごめんごめん、あまりにもらしくなくて、つい……ねえ、たしかニュージーランドに行くのは1月になってすぐだったっけ?」
「うん、あっちは1月から新学年なんだ。だから中1の冬休みで日本を出ることになるよ」
ニュージーランドと日本は教育課程に大きな違いがあり、日本では小中高の6年3年3年と組まれているのが、あっちでは6年2年5(または4)年になる。俺はこの最後の4、5年間をニュージーランドで過ごすのが今後の目標となるが、当然成績が悪ければ日本に帰国させられる可能性もあるのでその点はシビアだ。
それまでは金沢スクールでラグビーを続けていく。ちょうど12月に全国大会があるので、それを目標に出国までのひと時を過ごしたい。
「そっか、寂しくなるね」
小さくため息を吐く南さん……いや、亜希奈。この呼び方、やっぱり慣れないなぁ。
「でもメールも出すし、時差もそんなに大きくないから電話だってできるよ。そうだ、いつかニュージーランドに遊びに来なよ。それまでに俺、色んなとこガイドできるように勉強するから」
そう俺が話しかけると、彼女はゆっくりと顔を上げる。
そして「うん、楽しみにしてる!」と満面の笑みを振りまいてくれたのだった。
「ねえスーパー近いし、久しぶりにゲーセン寄らない? 私、ベリーハードモードノーミスクリアできるようになったんだよ」
「うげ、俺イージーですら無理だよ。勝負にならないって」
そんなこんな話し合いながら、俺は彼女に手を引っ張られて鳥居をくぐる。そしてふたり、すぐ近くのショッピングモールへと向かっていったのだった。




