第二章その1 ワールドカップイヤー
俺が人生をやり直してから、早くも4年の月日が流れた。
小学校3年生になった俺は身長145cm、体重70キロとそれはもうでっぷりと育っていた。しかしそんな数字だけなら確実に肥満児認定される俺であっても、みんなから「デブ」とバカにされることは無かった。
クラスでは「ラグビーに専念するでかいやつ」というポジションを確立していたのだ。前の人生の「動けないデブ」というただの罵倒にしか思えない立ち位置と比べると雲泥の差だ。
やっぱり体育で活躍できるのは大きい。ラグビーは押して走って蹴って投げてと全身を使うスポーツだ。5歳から積み重ねてきた様々な動きのおかげで、徒競走にドッジボールにあらゆる競技で応用が利いた。
さらに前は疲れればすぐにダウンしていたが、今では多少の疲労など屁とも感じなくなっている。かつては苦痛でしかなかった冬の持久走大会で、1キロの距離をまさか学年10位で走れるとは思ってもいなかった。
当然ながら勉強もできる。てか小学校の勉強くらいはできないと生前の俺は何してたんだと怒鳴り返してやりたい。
とはいえクラスの本当に頭の良い子はこの年齢で大人顔負けの雑学を発揮したりするので、「勉強ができるキャラ」にはならなかったのだが。そう言えばこの子は成人式で再会した時、東大にストレートで入ったとか言ってたな。うん、ここは人生やり直しても埋めようのない才能の違いがあると素直に認めよう。
クラスメイトの顔と名前をすべて覚え、30人がすっかり打ち解けた5月のある金曜日のことだった。下校前、クラスのムードメーカーのハルキが声をかけてきたのだ。
「おい太一、明日みんなでサッカーしようぜ」
昨年のサッカーワールドカップロシア大会のおかげで、小学校ではサッカーブームがまだ続いていた。
「2組のやつらと試合しようって言ってるんだ。西川も来るってよ」
西川君とはクラスどころか学年で一番スポーツの出来る子のことだ。彼が来るなら試合には勝ったも同然だろう。
しかし俺は苦笑いを浮かべ、「ごめん、明日ラグビーの練習なんだ」と断る。
「ラグビーラグビーって、お前本当ラグビー好きだな」
ハルキは口をとがらせた。
小学生でラグビーやってる子なんて学校にひとりいるかいないかだ。テストで100点取れば「すげー」と言われても、ラグビーで勝っても凄さが分からずに「ふーん」としか言われない。
「そういえばもうすぐラグビーワールドカップが開かれるんだよね」
将来東大に入る読書家の『先生』が会話に加わる。さすがは先生、ニュースもよく見ているようだ。
「え、ワールドカップってサッカーじゃないのか?」
「ワールドカップて言えばサッカーが有名だけど、世界大会って意味で他の色んなスポーツにもあるよ。特にラグビーはサッカーワールドカップ、夏季オリンピックに次いで世界中で多くの人が見る大会って言われてるよ」
先生が惜しげもなく博識ぶりを披露する。俺の役割、すべて取られちゃったな。
「うん、しかも日本でやるからね。新横浜の日産スタジアムでも日本代表の試合や決勝が開かれるよ」
申し訳程度に俺が補足を入れると、ハルキは「へー、知らなかったなぁ」と目を丸めた。
開幕直前であっても、この頃の一般層にとってラグビーの知名度はこんなものだった。
今はラグビーのラの字さえも感じさせないこのクラスがどうなるのか。その結果を知っている俺はひそかにほくそ笑んでいた。
翌日の土曜日、俺は金沢区内の運動公園にてラグビースクールの練習に打ち込んでいた。
3年生になった今年、俺はついに低学年向けの5人制から中学年向けの7人制ミニラグビーへと移行した。
コートは60×35mとずっと広くなり、さらに今までは無かったH字型のゴールポストも使用する。1対1で形だけだったスクラムも3人ずつで組み合うようになり、ボールの奪い合いという様相が強くなる。
選手も観客も、本格的にラグビーをやっていますという雰囲気が一気に高まるのだ。
そしてこの年代でも俺ほどの恵体の選手は現れず、俺は重戦車のごとき活躍を見せていた。
その最中、コーチに声をかけられた俺はみんながヒットバッグにタックルをしかけているのを横目に、一対一で話し合っていた。
「太一、今度の磯子スクールとの練習試合でお前をスタメンにしようと思う」
「え、本当ですか!?」
まさか7人制を始めて間もないというのに。4年生を押しのけての大抜擢に、俺は喜びを隠せなかった。
「ああ、だがそのためにはどんな相手からもボールを奪い取ってやろうって気が無ければだめだ。お前ほどの体格のフォワードは全国でもなかなかいない、自信もって突っ込め!」
「はい!」
気合いを入れて返事する俺に、「あ、でも反則は無しだぞ」とコーチは付け加える。
ラグビーのポジションは大まかにフォワードとバックスというふたつに大別される。
フォワードはスクラムを組む身体の大きな選手。その体格を活かして相手からボールを奪い、とにかくボールを前に進めるのが役割だ。
そして相手をひきつけたらバックスにパスを回す。バックスは俊足自慢の素早い選手が多く、フォワードの作ったスペースに走り込んでトライを奪う。
どちらか一方だけでは勝てない。両方が連携して、初めてラグビーが成立するのだ。
俺の役目は走り込んできた敵を両腕でしっかりバインドし、ボールを奪うこと。これはいかに相手が優秀なバックスでも体格差が如実に現れるので、圧倒的に俺が有利だ。
俺は突っ込んでくる相手を迎え撃つ練習を何度も何度も繰り返した。
相手はなんと5年生。ステップの踏み方も俺たちより何枚も上手だが、試合中どんな強敵と相対しても対応できるには練習でそれ以上のハードワークを積んでおく必要があった。