第十二章その3 日本一を賭けて
昨年優勝という実績を引っ提げ、2連覇を狙う大阪代表天王寺スクール。それに挑むは神奈川代表金沢スクール。
地元横浜のチームの優勝を見届けんと、午後になっても観客は減るどころかますます数を増やし、時間が経つにつれて会場のボルテージは高まっていく。このホームアドバンテージを追い風にできるのは俺たちだけだ。
そしてこの日、俺にとって嬉しいことがもうひとつあった。和久田君擁する小倉南がプレート戦で優勝を果たしたのだ。
優勝の瞬間、和久田君は観客席の俺に気付くとこちらに手を振ってくれた。俺も彼に手を振り返し、同時に昨夜の約束を果たそうと意気込んだ。
全国から集まった16チームも次々と順位が決定し、とうとう残すは金沢と天王寺の決勝戦のみとなった。
「みんな、泣いても笑ってもこれで最後だ」
試合直前、控え室で円陣を組んだ金沢の選手たちを前にキャプテン浜崎が静かに話す。
「いつもいつも口上言い過ぎて、もう何も思い浮かばねえよ。だから最後にひとつ」
浜崎が隣の選手の肩に手をかけると、続いて全員が隣同士で肩に腕を絡ませる。そしてチームがひとつになったのを確認すると、浜崎は大きく息を吸い込み、雄叫びを上げた。
「勝つぞ、金沢スクール!」
「勝つぞ!」
そして俺たちはコートへ向かう。すでに空は夕焼けに染まり、眩しいほどにライトも照らされているものの、観客は割れんばかりの拍手で決勝に立つ選手たちを迎え入れた。
「負けへんでお前ら、天王寺、最高や!」
「天王寺、最高や!」
芝の上では天王寺の選手たちも気合いを入れている。
大柄な選手が居並ぶ中でも、やはり石井君は一回り以上大きい。身長も体重も俺を上回っているのは見ただけでわかる。
そしてついに、決勝戦は始まった。
キックオフの笛が鳴る。最初に相手の蹴り上げたボールをキャッチしたのは俺だった。
走り出そうと思った時には、天王寺の大柄な選手たちがもう目の前にまで迫っていた。体格からは想像もつかない恐ろしいスピードだ。
俺はボールを守るように身体を丸め、果敢にも真正面からぶつかりに行った。こちらで一番でかいのは俺だ、立ち上がりからそう簡単には当たり負けしないところを見せつけておかないと、メンバーの士気にかかわる。
最初にぶつかってきたフォワードの一撃。俺の身体がぐらりと持って行かれそうになるが、そこは踏ん張って耐える。
だが続けて石井君が突っこんでくるのが見え、俺はすぐに右にパスを回した。とりあえずこれで最低限、フォワード2人を引き寄せることはできた。
パスを受け取ったのは小回り自慢の安藤だった。安藤は小さな身体で天王寺の巨漢たちの前を横切ると、大外の右ウイングに弾丸のようなパスを回す。
しっかりと受け止めたウイングの選手は快足を活かし、ライン際ギリギリを駆け上がる。
だがこのような教科書通りの動き、強豪天王寺が何も対策していないはずなどない。天王寺の左ウイングと左センターがふたりがかりで金沢の右ウイングにとびかかり、コートの外に押し出したのだ。
その直前、ウイングはヤケクソ気味のオフロードパスを放り投げたものの体勢が崩されてはコントロールも定まらず、ボールは前の方に落下してしまった。
急いで金沢の右センターが拾い上げるが、判定はノックオン。相手ボールのスクラムで試合は再開される。
「さあ、一丁点入れたろか」
向かい合ってスクラムを組む直前、プロップ2人に挟まれたフッカーの石井君がにたっと笑いかける。冗談ぽい口調ではあるが、顔には闘志がみなぎっていた。
3対3のスクラムを組み、足元に転がされたボールを石井君は器用に後ろに送る。それを相手のスクラムハーフが拾い上げるや否や、俺たちはスクラムを解いてだっと分散した。
しかしそのわずかな間にもボールは既に後方のスタンドオフに送られ、選手のまばらな逆サイドへのキックで陣全体も大きく振られる。それを予見してかキックと同時に走り込んだ相手ウイングが跳ねるボールをキャッチする。そしてボールをしっかりと抱えると、猛然とコートを駆け上がったのだ。
薄くなった金沢の守備をすり抜け、あわやトライかと思われたその時、ゴール前からフルバック西川君が疾風のごとく走り抜け、強烈なタックルを入れたのだった。
自分より大きな体格の相手ウイングを西川君は一撃で押し倒す。それどころか相手からボールを奪うと、倒れたままの相手を置き去りにして攻めに転じたのだった。
西川君は奪われた陣地を全速力で取り返すも、すぐに敵の守備ラインに直面する。
その時だった。西川君はキックを蹴らんとそっとボールを両手で持った。サイドを変えるのか前に転がすのか、当然のことながら天王寺の選手たちも身構える。
だが西川君はすぐにボールを脇に戻すと、再びだっと加速する。キックと見せかけたフェイクだった。
意表を突かれた相手選手は対応が遅れ、その隙に西川君はスペースを突いて守備ラインを走り抜ける。
だがその直後、石井君の100キロ超の巨体が真横から西川君にぶつかってきたのだ。
さすがの西川君も巨漢のタックルには敵わない。こんなのちょっとした交通事故レベルだが、石井君がしっかりとバインドしてくれているおかげで、怪我は何も負わなかった。
そんなこんなで両軍ともにボールを進めては奪われを繰り返し、互いにトライを奪えない状態が続いた。
実力の拮抗した強豪同士なら、なかなかトライが決められないのがラグビーというスポーツの特徴だ。実際にラグビーワールドカップの決勝戦でもロースコアの試合も多く、わずかな点差で優勝が決定することも多い。
特に印象的なのは1995年南アフリカ大会の決勝戦と、2011年ニュージーランド大会の決勝戦だろう。
1995年大会では地元南アフリカとニュージーランドの対決になったものの、両軍1度もトライは決められず、15対12というドロップゴール1回分の差で南アフリカが優勝した。
2011年大会でもニュージーランドとフランスというカードで、ニュージーランドはトライ1回にPK1回の8点、フランスはトライ1回にコンバージョンキック1回の7点とわずか1点差で勝敗が決している。
そして互いに点を入れられないまま前半は終了し、試合はハーフタイムを迎えてしまった。
「ダメだよ、このままじゃ勝てない」
「なんとか点を入れないとな」
ドリンクを飲んで汗の滴る身体を冷やしながら、金沢のメンバーは口々に話す。試合時間の半分が経過しても点を入れられないこの状況に、選手たちは焦りを感じ始めていた。
だがそんな彼らに「ちょっと待って」と、濡れタオルで身体を拭いていた俺は声をかける。
「これはむしろ俺たちにとって好都合だと思うよ」
「どうしてだよ?」
「ほら」
俺は天王寺の選手たちのベンチに顔を向けた。
「ああもう、何で止められてまうんや!」
大柄な石井君が備え付けのベンチにガンと一蹴りぶち込む。
去年勝てた相手に、思うようにプレーさせてもらえない。その状況はチャンピオンである天王寺の選手を苛立たせるには十分だった。
他の選手も多かれ少なかれ似たような心境のようで、作戦について落ち着きなく口論を飛ばしている。
そんな相手ベンチを見ていると、不思議とこちらの心には平静が呼び戻される。
「この勝負、いけるぞ」
そしてプハアッとドリンクを飲み干した浜崎が口を開くと、メンバー全員がキャプテンの方を向いた。
「俺たちもしんどいが相手はもっとしんどい。その点で言えば俺たちの方が勝ってるんだ。勝負はこれからだ、気を抜くなよ!」




