第一章その6 遊びながら鍛えよう
その後、俺はラグビースクール『金沢八景ラグビースクール』に正式に入校した。
前の人生では中学高校と帰宅部で、何のスポーツにも取り組んでこなかった俺にとってはかなり大きな変化だ。
しかし俺の練習相手はもっぱら小学生だった。体格面では2、3学年上の子供にも負けていないし、乏しいとはいえ小中高体育で培った体の動かし方は忘れていなかったおかげで、同じ幼稚園児では相手にならなかったのだ。
「はい、組んで」
コーチの指示に従い、自分より3つも年上の相手とスクラムを組む。小学校低学年では15人でのラグビーは行われず、1チーム5人のミニラグビーが一般的だ。コートの面積は40×28メートルと15人制の4分の1にも及ばない。
スクラムの人数も1対1で、本格的なボールの奪い合いではなくプレー再開の儀式的な意味合いが強い。
しかしやる側の子供は真剣だ。反則をされた側が自分の右足爪先にボールを置き、それを後ろに転がしてバックスに拾ってもらうことでプレー再開となるのだが、やはり力比べで押し込むと有利になるのは15人制と変わらない。
俺は持ち前の体重と腕力で、年上の相手とも互角に渡り合っていた。
「本当に5歳かよ!?」
最も体格の良い小学2年生の選手も、文字通り大型新人の登場に仰天した。この彼でも身長135cmで35キロだ。120cmですでに同じ体重がある俺は、ラグビー少年たちに混じっても規格外だった。
「これは5年生になるのが楽しみだな」
コーチがにやけて頷く。
子供向けのミニラグビーでは5、6年生のみが出場できる全国大会がある。
身体の出来上がる前の小さな子供に、タックルやスクラムなどの危険なプレーを多用させるのは好ましくない。心身ともに激しいプレーに耐えられる年齢に達するまで、大きな大会は開かれないのだ。だから5歳の俺は練習試合には出られても、本気の勝負よりは遊びの延長線上といった感覚でプレーしている。これだけの体格を既に持っているのに、もったいないと思われているのだろう。
しかし走りながらのパスやキャッチと言ったテクニック面はまだまだだ。ただでさえ扱いの難しい楕円球を、素人の俺がいきなり使いこなせるわけがない。
こういう技術面は体格より経験がものを言う。一朝一夕で実るはずがないのは最初からわかっていた。
実際に日本代表でも体格自慢のフォワードの選手は高校で初めてラグビーに触れたという人も多いが、技術と試合勘が重要なバックスの選手は幼少からラグビーをやっていた人がほとんどだ。求められる要素の違いとはいえ、ボールに触れた時間の長さは簡単には覆らない。
だからといって焦る必要はない。この年代なら公式試合も無いので、遊び感覚で鍛えていけばいいのだ。
楕円球がどっちに転がるかわからない点も楽しみながら、俺はパスとキャッチを繰り返した。