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第十章その4 死の組の激闘

 ラグビーやサッカーなど、グループリーグ予選を経てから決勝トーナメントを行うスポーツは数多い。そしてそのあらゆる競技において、予選の段階で優勝候補同士がぶつかって決勝トーナメント進出を逃すという事態は往々にして見られる。


 直近なら2019年ワールドカップ日本大会のプールCで、イングランド、フランス、アルゼンチンといずれも過去に準決勝以上まで上り詰めたことのある3チームが集まってしまったことは記憶に新しい。実力の拮抗したフランスとアルゼンチンは23対21という僅差でフランスに軍配が上がったものの、後半のアルゼンチンの驚異的な追い上げによる逆転、そしてフランスの再逆転と目の離せぬ展開の激闘となった。


 今年の関東大会セカンドステージはまさにそれだろう。昨年全国出場を果たした関東代表4チームの内、なんと3チームがひとつの組に同居してしまったのだ。


 冷え込み厳しい熊谷ラグビー場。今日、ここでは関東地方各地から集った16チームがわずか4つの出場枠を巡ってしのぎを削る。


「今日は厳しい戦いになる。だけどそれは敵も同じ、気合い入れていこう!」


 午前の1試合目の直前、控室で円陣を作ったキャプテン浜崎が言うと、メンバーが「おお!」と声をそろえて気持ちを一つにする。


 しかしその時俺が肩を組んだメンバーの身体は、わずかながらに震えていた。試合なんて何度も経験したはずなのに、こんなことは初めてだった。


 去年はダメで元々の挑戦者だったのが、今年いきなり勝ち進んで当たり前の期待をかけられるチームになってしまい、ここにきて俺たちはかつてない重圧を感じていた。強豪チームというのは、いつもこんなプレッシャーがのしかかる中で試合に挑んでいるものなのだろうか?


 なんだか去年全国に出た時の方が、気持ちとしてははるかに楽に思う。


 コートに出た俺たちは試合前のウォーミングアップで芝の感触を確かめたりパスを投げ合った。だが、ボールを受け取る手の感触がいつもと違う。やはり緊張で自分でも気づかないくらいに震えているようだ。


 本当にこんな状態で強豪相手に勝てるのか?


 1試合目の相手は千葉代表成田スクール。別のグループを2位で突破したチームで、全国出場経験は無いものの近年めきめきと力をつけている上り調子のチームだ。


 去年全国進出3チームと同じ組に入ってしまったものの、既に過去最高の成績を達成している勢いに加えて過去の余計な足枷が無い分、メンタル的には一番負担の少ないチームだろう。


 ガッチガチでしょーもないミスを犯してしまいそうになっている俺たちからしたら、足元をすくわれそうな相手。正直かなりやりにくい。


 落ち着こうと思っても落ち着かないこの状況、メンバーにボールを投げ返したまさにその時だった。


「小森くーん!」


 聞き覚えのある声に俺はびくっと身体を跳び上がらせる。


 え、この声は!?


 きょろきょろと周りを見回す。そしてスタンドに目を向けた俺がとらえたのは、観客席の最前列で身を乗り出す南さんだった!


 まさかこんな朝早くに、横浜から埼玉まで来てくれたのか。


「頑張って!」


「う、うん!」


 彼女の応援を受けて俺はアホみたいに何度も首を縦に振った。


 受験が終わっても依然距離が縮まった気がしなかったのに、まさか大会当日になって来てくれるなんて。本当、彼女は何をしでかすかわからない。


 でもあの声を聴いて俺は元気を取り戻した、というか驚き過ぎて緊張なんてどこかに吹き飛ばされてしまった。次にボールを受け止めた時はいつも通りの感触で、身体の震えもすっかり治まっていた。




 成田スクールとの試合が始まると、金沢のメンバーはやはりノックオンなどの些細なミスが目立った。緊張はそう簡単に解けるものではない。


 しかしそこは試合直前に万全の状態に戻った俺が怒涛のタックルでボールを奪い返し、常時クールな西川君と案外強心臓な浜崎を中心にパスを回して敵の守備を個人の技能で突破する。


 結局俺たちは相手にひとつのトライも許さず、逆にこちらは西川君と浜崎それぞれがひとつずつトライを奪い順当に勝利をもぎ取ったのだった。


 また他のメンバーも試合が進むにつれて緊張が和らいだのか、経過とともに動きにキレが出てミスも少なくなっていった。このままなら午後の2試合目もいつもの状態で迎えられそうだ。


 その後、同じコートで立川と本郷の試合が行われる。去年全国出場チーム同士という注目のカード、負ければ即敗退という厳しい戦いだ。


 次の相手を見定めるため、俺たちは観客席に移った。金沢のメンバーでひとつの塊になり、あれやこれやとにぎやかに集まる。俺もメンバーの中で一番後ろの列に座りながら、隣のチアゴと試合開始を待っていた。


 ちなみに南さんのいる席はここからだいぶ離れている。まあ仮に近くにいたとしても、こんなに多くのメンバーがいる中で彼女に話しかけに行くことなんてできないんだけれども。


「あれ、金沢の?」


 そんな時、誰かが俺に後ろから話しかける。振り返ると、懐かしい顔に俺は「あ!」と声を上げた。


 なんと立川の韋駄天、ウイングの馬原君が、相変わらずの仏頂面にジーンズ姿で立っていたのだった。


 そういえば俺と彼は神戸のホテルで同じ浴槽に入ったこともある仲だ、相手が俺のことを覚えていてもおかしくはない。


「馬原……さん?」


 相手はもう中学生だから君付けも変だなと、つい呼び方を変えてしまう。


「そんな畏まらなくていいよ」


 馬原君はその仏頂面を奈良の大仏レベルまで微笑ませると、そのまま俺の後ろの席に腰を下ろした。中学生になった彼の身長はさらに伸び、曲げた足もすらりと長く逞しく見える。


「見に来てたんだね」


「うん、今の6年にはいっしょに試合に出た子もいるから。僕も大会終わって暇だったし、応援に来たんだ」


 馬原君は今も立川スクールの中学生クラスでラグビーを続けているそうだ。


 中学のジュニアラグビーは全国大会が小学生よりも早く、12月に行われる。実は立川は関東予選で金沢に競り勝ち、関東代表として全国大会に出場して見事準優勝に輝いていた。


 試合を見ていた鬼頭君によれば、馬原君の俊足はさらに磨きがかかっているそうだ。学校では陸上部で足腰を鍛えて、週末のラグビーに活かしているらしい。


「まさか一次リーグで負けてしまったからなぁ。そのせいで辛いグループに入ってしまって、あいつらも大変だよ」


 馬原君が言うが、俺はすぐ「随分余裕っぽいね」と意地悪に言い返した。


「うちは代々バックスに力を入れている。身体の大きい敵との接触を避けて、パスとキック、ランといった技術面を重点的に伸ばすんだ。どんな相手が来ても立ち向かえるようにね」


 馬原君の言ったことは正しかった。


 試合が始まってからというもの、立川は運動能力の高いバックス陣が緩急をつけたダッシュと効果的なキックを繰り返し、何度も敵陣の裏に回り込む。本郷は逃げる相手バックスを必死で止めるが、そのまま逃げ切られてトライを許してしまう場面が幾度となく繰り返された。


 そして試合はほぼ一方的な展開のまま、26対5の立川勝利で終わったのだった。一次リーグ2位のチームが1位を倒すという下剋上だった。


 しかしこれは本来ならあり得ない位置に立川がいるのが問題であって……本郷は不運だったとしか言いようがない。


 試合後、昼食のため俺たちは集団で移動する。


「午後の試合、健闘を祈るよ」


 俺が席を立った時、座ったままの馬原君は自信ありげな様子ですっと手を伸ばした。


「負けませんよ、金沢は」


 俺は伸ばされた手を強く握り返した。朝、あんなに身を震わせていたのが嘘のようだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 総当たりでなくトーナメントな上、全国チームは反対の山だから、結局普段とあまり変わらない定期ヾ(o゜ω゜o)ノ゛
[一言] 何だかんだで南さんは天使ですねw
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