第十章その1 そして大会が始まった
それは2学期最初の身体測定のこと。
「えっと……100……キロ!?」
体重計の数値を読み上げた保健室の先生が、信じられないといったように瞬きする。順番待ちしていた子供たちは常識離れした数字に、たちまちどよめいた。
「嘘だろ100って」
「小森、どんだけでかくなんだよ」
体重計を降りた俺はにへへと苦笑いする。針が凄まじい勢いで振れ、何度も左右に往復してから0に戻った。
小学6年の9月にして、俺はとうとう身長169㎝体重100キロに達してしまった。タテもヨコも同年代の平均をはるかに上回るビッグサイズであることは一目瞭然だろう。
ただ前の人生でもほぼ同じ時期に100の大台に突入したものの、その時とは身体の締まり具合や運動能力は比較にならない。単にブクブクと肉がまとわりついていただけだったあの時とは筋肉量がまるで異なり、数字は同じでも意味はまったく違う。
とはいえ天王寺のフッカー石井君は、昨年度の全国大会の時点で現在の俺を身長体重共に上回っていた。きっと今頃、彼も以前よりさらに大きくなっているはずだ。
3桁になったからといって全国で通用するとは限らない。しっかり練習は積んでおかないと。
俺は保健室を出ると教室に戻って席に着いた。クラスメイトが全員終るまで、しばらく自習だ。
「よっしゃ175cmいったぞ!」
しばらく経ってから学年で一番背の高い男子がスキップを踏んで戻ってくると、既に教室にいた面々が「スゲー」だの「よっ、NBA行こうぜ!」とはやし立てる。そいつは教壇に立つと全員にVサインを送り、恵まれた身体をアピールする。
しかし悲しいかな、彼はこの後中学に入学してからなぜか成長がストップしてしまうのだ。小学校で成長のピークを迎えてしまい、それ以降伸び悩む子は案外多い。
逆に今はクラスで1番背の低い男子が、成人式で再会した時には185cm超の長身になっていたのには驚かされた。何でも中学でバスケ部に入り、毎日ジャンプシュートの練習をしていたらこうなったと話していたが、それだけとは限らないだろう。
9月から11月まで、2か月弱かけて開催される県大会リーグ。最初の試合で順当に勝ち星を挙げた俺たちは、関東大会進出にまず一歩近付く。
しかし次からは大きく戦力ダウンしなくてはならない。というのもしばらくの間、中学受験対策に専念するために西川君はじめ6年生のメンバーが抜けてしまうからだ。
主力からはフルバック西川君とスクラムハーフ安藤ほか控えも含めた数名が戦列を離れる。大会の始まるこの時期に戦力ダウンは痛いが、これは以前からわかり切っていたこと、今さら文句は言えない。
試合後、メンバーで家に帰るまでの道を歩きながら、俺は西川君に声をかけた。
「今日でしばらくお別れだね」
「ああ、関東大会セカンドステージには必ず戻ってくる。それまでに負けたりしたら、承知しねえからな」
冗談ぽく言う西川君に、俺は「もちろん」と拳を突き返して答えた。
「受験勉強とラグビー両方頑張るとか、西川も安藤もすごいよ。小森だって英語めっちゃしゃべれるようになったし」
後ろを歩いていたキャプテンの浜崎が感心する。
「まだまだ、日常会話がなんとかってくらいだよ」
「いやそれがすげえんだって。俺、英語なんてハローとナイストゥーミートゥーくらいしか言えねえし」
そう浜崎は褒めてくれるが、まあ実際頑張っているのは事実だし悪い気はしない。
夏休みが終わってからも、俺は英語の勉強を続けていた。既に高校レベルのテキストを使って学習を進めており、この前はついにヘミングウェイの『老人と海』を原文で読むことができた。近いうちに英検3級の受験も控えているが、今の状態なら合格できるだろう。
そしておもしろいことがもうひとつ。現在、俺は週1回英会話教室に通っているのだが、そこの先生がラグビーの本場アイルランドの出身で、ラグビー経験もあるという俺にぴったりな人材だったのだ。
英語コミュニケーションはもちろん、試合で使われるラグビー用語の日本語と英語の違いを授業で教えてもらっている。例えば試合終了を意味するノーサイドという言葉はラグビー精神を代表する言葉のように扱われているが、実際は和製英語であり、海外ではフルタイムと呼ぶそうだ。他にも反則のスローフォワードをフォワードパス、ポジションのナンバーエイトをエイトマンと呼ぶなど、日本と海外の相違点は多い。
他にも試合で使えるテクニックやアイルランド代表名選手のエピソードなどを英語で聞き、俺はラグビーで使える生きた英語を習得しつつあった。
「受験組は全員志望校合格してくるからよ。お前らは絶対勝ち進めよ、約束だからな」
「おう、約束するぞ。西川たちは安心してマークシート塗りつぶしてこい」
そして最後に西川君と浜崎が拳を突き合わせて互いに健闘を祈り合うと、俺たちは各々家路に就いたのだった。
さあ、小学校生活最後のシーズンだ。全国制覇のためには持てる全ての力を注がなくてはならない。




