第一章その5 ハンデと才能
翌週の土曜日、横浜市内のとあるラグビースクールの体験入校。ワールドカップでの快挙に影響されて普段より倍以上の親子連れが参加する中、ヘッドギアをかぶった俺は同年代の子供たちといっしょに芝生の上を走っていた。
「うりゃああああ!」
自分の半分もない体重の子達を置き去りにして、ラグビーボールを抱えた俺は全力で駆け抜ける。
俺の身体は横にでかいがタテにもでかい。子供たちがいくら押しても、俺の身体を止めることはできなかった。
どれほど我慢強い子でも、怖かったり痛そうなことに対しては無意識のうちに危険を感じて避けてしまう。もし痛ければわき目もふらず泣いてしまう子もいるだろう。
だが一度大人になった経験のある俺にとって、多少転んだりすりむいたりするくらいの痛みならどうってことなかった。幼稚園児のタックル程度で大怪我をすることは無いとわかっているので、遠慮せず全力を出せる。
そして走り方についても何も考えていない幼児と違い、足を大きく開いてしっかり腕を振っている。小中高と体育で習った正しい走り方はこの小さな身体にもしっかりとしみ込んでいた。おかげで体格の割りに素早く足を回転させることができる。
走り終えた俺はボールを地面に置いてトライを決めると、ちらりとコートの外に目を向ける。そこには息子を見守る母さんが、驚いて口を押さえながら立ち尽くしていた。他の子供たちと比べて身体もプレーも別次元にあることは、素人目に見ても明らかなようだ。
「太一君、いいね。ただ少し張り切り過ぎだ、休んだ方がいい」
コーチが拍手をしながら俺のプレーを讃える。
「は、はい、ありがとう、ございます……」
ぜえぜえと息を切らしながら、俺は木陰に座り込んだ。
やっぱり持久力の無さは昔からだ。この体重でも走り回れば消耗が激しい。
とはいえ100キロ超えてからに比べれば、まるで鉄の鎧を脱ぎ去ったかのように身軽に感じる。子どもだからこそ多少の無理が効いているのだろう。
熱くなった体をスポーツドリンクで冷やす俺。そこからやや離れた所で、コーチは練習中にもかかわらず母さんに駆け寄った。
「太一君はすごいですね」
「あ、ありがとうございます」
母さんは戸惑い気味に答える。大人の会話に俺はじっと聞き耳を立てていた。
「あの身体なら将来大物のフォワードになる。ラグビー選手にとって大きな体は最大の武器で、どの選手も喉から手が出るくらいに欲しい。実際にラグビーの日本代表選手の中には小さい頃から身体が大きくて、相撲の経験がある人も多いんです」
「ですがうちの子にそこまでスポーツができるとは」
「太一君はまだ5歳です。伸びしろは無限にあります。あのフィジカルを活かすも殺すも、周りの大人次第なのです」
熱弁するコーチに、母は「うーん」と悩む。
あんなにラグビーに否定的だった母が揺らいでいる。素人の思い付きではなく、その道の先達からお墨付きをもらうなど初めてのことだった。
その心中を察してか、コーチはさらに加えた。
「太りやすいから、じゃないんです。太れることは立派な才能なのです。何もせずにいるとただの太った子ですが、しっかり鍛えれば誰にも負けないパワーを発揮する素質を太一君は秘めているのです」
俺ははっと飛び上がった。こんな風に肥満であることを褒められたのは、前の人生を含めても初めてだったのだ。
ハンディキャップにしか思っていなかったこの身体を、まさか才能だなんて言ってもらえるなんて。俺は嬉しくて泣き出しそうだった。