第八章その5 焼き肉外交
全国の強豪が横浜に集結した2022年のゴールデンウィーク。その主たる目的は練習試合だが、選手である子供たち同士の交流にも大きな意味があるのは理解いただけるだろう。
本日の試合を終えた夕方、それぞれのチームの子供たちを乗せたバスはホテルではなく、大きな駐車場を備えたチェーンの焼き肉店に向かった。
そこで開かれたのは4チームの選手ごちゃ混ぜでの焼き肉パーティーだ。店をひとつ貸し切りにしての、食べ放題祭り。食べ盛りの子供たちが興奮しないわけがない。
他チーム同士の交流を深めるためにも、席はクジで決められた。どの席でも隣には別のチームの選手が座るよう工夫して組まれている。
偶然にも、俺の隣にはあの小倉南の大物スクラムハーフ和久田君が座った。
「えっと、串田君から聞いたんだけど和久田君だっけ? めっちゃ強くて驚いたよ、すごいね!」
「う、うん、ありがとう……」
でかい身体からは想像もできない、消え入りそうな声だった。意外とシャイな性格らしい。
ちなみにコーチや協会の役員ら大人組もみんなビールのジョッキを手にしてわいわいと網を囲んでいる。子どもとは別に大人も大人で酒を交えた交流があるようだ。
「楽しみだね、来年のフランス大会」
やはりラグビーの話題になるのがラガーマンの宿命か。いつの間にか俺と和久田君はワールドカップの話で盛り上がっていた。
「うん、今の日本なら2位も十分狙えるね」
日本と同組の相手はウェールズ、イタリア、ナミビア、トンガだ。現在の日本の実力ならティア1のイタリアにも勝てると読む声が多く、順当にいけば3勝1敗での突破が堅い。
実際にこのフランス大会では、日本代表は大方の予想通り3勝1敗でグループリーグを突破する。当時俺も中学1年だったので、自国開催以外での初の決勝トーナメント進出に、またしても日本全体が大いに沸いたのをよく覚えている。
「今の日本代表は強いし、決勝トーナメントでも勝てると思うよ」
和久田君は目を輝かせていた。
「うん、きっと勝てるよ」
俺は焼き立ての肉を頬張りながら頷くが、結果を知っている身としては多少のわだかまりを感じる。
ワールドカップ2023大会、日本代表は決勝トーナメント1回戦でオーストラリアと当たり、ベスト8で敗退している。いくら強くなったとはいえワールドカップ優勝経験もある強豪相手では分が悪かったようだ。
「たしか次って2027年がアルゼンチンで、2031年がアイルランドだっけ?」
和久田君が続けて訊いてきたので、俺は「うん、そうだったよ」と白ご飯を掻き込みながら答えた。
実はこれらの開催地についても、去年秋の総会で決定していた。特に2027アルゼンチン大会は初の南米での開催、かつ出場国が20から24に拡大されるとあってラグビーファンの間では大いに盛り上がった。普及に偏りのあるラグビーが、世界で広く定着する大きなチャンスだと。
だが悲しいかな、前の人生では2035年オーストラリア大会まで日本は決勝トーナメントで一勝もできていない。
俺の記憶が正しければ、これからの日本代表のワールドカップでの戦績はこんな感じだ。
2023フランス大会
グループリーグ2位(3勝1敗) 決勝T1回戦敗退(ベスト8)
2027アルゼンチン大会 出場国が20→24へ増加
グループリーグ3位(3勝2敗) 決勝T1回戦敗退(ベスト12)
2031アイルランド大会
グループリーグ3位(3勝2敗) 決勝T1回戦敗退(ベスト12)
2035オーストラリア大会
グループリーグ4位敗退(2勝3敗)
2027年以降は出場国が24か国に増えた影響で、グループリーグも5か国から6か国に増加する。そこでグループリーグ3位までの12チームが決勝トーナメントに進出し、1位の4チームはシードとして第一回戦を免除され、この時点でベスト8が確定する。そして残る8チームは別のグループの2位と3位同士が戦い、そこでベスト8を争うという方式が採用された。
とりあえず、このように毎回毎回意気込んで決勝トーナメント1勝を狙うものの、なかなか突破できない状態が続くのがお決まりのパターンだ。
さらに日本が伸び悩んでいる間に、アメリカやロシア、ジョージアといったティア2の国々でも強化が進み、やがて実力で日本を上回る。ラグビーの世界的人気の高まりによって、日本は決勝トーナメントからついに弾き出されてしまうのだった。
なんだかこう思うと悲しくなるな。国内のラグビー人気が高まって競技人口が増えたにもかかわらず、世界での地位は上がらないなんて。
「ねえ、肉焼けてるよ」
和久田君の声にはっと現実に引き戻される。見ると俺の置いたロース肉が、火を通し過ぎて網の上でチリチリの真っ黒こげになっていた。
「ああ、もったいない!」
急いで肉を取る。食べ物はきちんと美味しくいただくのがマイルールなのに、とんだ失態だった。
「そういえば小森君は中学は金沢スクールに残るの?」
「うん、俺の通う中学にはラグビー部が無いから。高校はどこかラグビー部のあるところに行きたいって考えてるよ。和久田君は?」
「うちは父さんが九州光輪高校でラグビー教えているから、まずはそこを目指すよ」
「え、九州光輪ってあの!?」
思わず変な声を上げる俺に、和久田君は「うん」と頷き返す。
九州光輪高校は福岡きって、いや九州きってのラグビー強豪校だ。いつだったか正確には覚えていないが、俺が高校生くらいの時に全国3連覇を成し遂げたとニュースで報じられていた。
「和久田君、ラグビー何歳からやってた?」
「3歳くらいかな? 気が付いたらボール持って走ってたよ」
名門の指導者の息子とあれば、きっと幼い頃からラグビーが身近にあったことだろう。
その夜、帰宅した俺は父さんのパソコンで高校ラグビーの結果を調べた。
九州光輪は毎年優勝争いに食い込んではいるが、ここ数年優勝まではしていない。
やはり全国3連覇は俺が中学から高校にかけてくらいの年代だったか。和久田君が仮に進学していたら、ここで思う存分実力を発揮していたはず。そこからプロになってもおかしくは無いと思うのだが……。
考えたところで未来のことなど答えが出てくるはずがない。俺はページを閉じ、いつも通り南半球のプロリーグ『スーパーラグビー』の試合結果を確認した。




