第七章その7 新たなるチームへ
夕方、地元に帰ってきた俺たちを待っていたのは、予想さえしていなかったほど大勢の出迎えだった。
降り立った金沢八景駅前には保護者だけでなく付近の学校やスポーツクラブの関係者も集まり、小学生ラガーマンたちの凱旋を祝う。
「皆さん、応援ありがとうございました」
コーチは駅前の広場で俺たちを並べ、急遽挨拶の場を設ける。他の駅利用者が通行の邪魔だと怪訝な顔を向けるのでちょっと居心地悪いが、しばらくの辛抱だ。
「見ろ、優勝プレートだ!」
そう言って鬼頭君は金ぴかのプレートを両手に掲げて見せびらかす。太陽の光を反射し、プレートそのものが光を放っているようだった。
本当は総合5位入賞という意味なのだが……そこは口にしないお約束で。
これはまだ数時間前、神戸の全国大会会場での話。
試合終了後、表彰式でプレートを受け取った金沢スクールは控室でミーティングを開いていた。
「鬼頭君、悲しいよぉ。もう1回、小学6年やり直してよ」
5年生メンバーが鬼頭君はじめ6年生の皆に泣きつく。もちろん本当に涙なんて流していない。
「バカ言え、来年からジュニアラグビーに移るだけだから、もう1年待てばすぐにいっしょにプレーできるだろが」
6年生が後輩の頭にチョップを食らわせる。
今まで戦い抜いてきた6年生も、今日で小学生向けのミニラグビーは卒業だ。これからは中学生を対象にしたジュニアラグビーのレギュレーションに移行する。
中学ではプレイヤーが9人から12人に増える。フォワードは3人から5人に増加し、スクラムが2列になってボールの奪い合いがより激しさを増す。バックスも1人増え、ここからは大人の15人制と同じポジションを担うことになる。
「お前らももうすぐ6年だろ。今のままじゃ次の5年生に示しがつかないぞ」
「イヤだぁ、勉強が難しくなるのはイヤだぁ」
勝利の余韻につい浮かれる子供たちをコーチは「お前ら落ち着け」と諫めた。途端、全員が無言のまま整列するのはさすがと言ったところか。
「明日からは5年生と4年生で新しいチームを作ることになる。そこで次のキャプテンだが、浜崎にやってもらう」
「お、俺ですか!?」
コーチ直々の指名に、浜崎は目を丸くしてとび上がる。
「ここまで上り詰められたのは試合中のお前の的確な指示のおかげだ。浜崎はみんなのことを誰よりもよく見ている。これからもスタンドオフとしてキャプテンとして、チームのみんなをまとめてくれ」
「は、はい」
浜崎は声を裏返しながらもしゃんと背筋を伸ばして返した。
一見気は弱そうだが、やるときはやってくれる男であることはメンバー誰もが知っている。浜崎ならきっと良いキャプテンになってくれるだろう。
「さて、今年は初めての経験でどこまでいけるかわからなかったからな。実際のところ目標なんて立てようがなかった。でも来年度は違う」
話しながらコーチは全員をぐるっと見回す。
「金沢スクールなら全国優勝できる。俺はそう思うぞ」
そして間を置いて言い放った。スクールの子供たちはじっと聞き入ったままだが、全員の目にぼっと炎が灯った。
「そのためには合宿でもっともっと強いチームと戦っていかないとな。全国5位になって注目もされたし、いろんなところから練習試合のオファーがくると思う。お前ら、覚悟しとけよ」
だがコーチの意地悪な一言に、せっかく感情を昂らせたメンバーもつい「うへぇ」と間抜けに漏らしてしまう。
あの地獄の菅平特訓を、さらに煮詰めたような大地獄がこれから待っているのか。だがそれくらいしないと、全国大会カップ戦出場の壁は突破できないのだろう。
ちなみに今大会における順位は以下のとおり。
1 天王寺(大阪)
2 小倉南(福岡)
3 伏見桃山(京都)
4 門真(大阪)
5 金沢(神奈川)
6 立川(東京)
7 堺(大阪)
8 岡崎(愛知)
9 博多(福岡)
10 須磨(兵庫)
11 しみず(静岡)
12 本郷(東京)
13 川越(埼玉)
14 呉(広島)
15 帯広(北海道)
16 宮城野(宮城)
ベスト8の内4チームが関西代表であることから見ても、関西勢の強さが目立つ。特にあの天王寺は最終的にカップ優勝まで果たしてしまった。
やはり関西の強豪相手に安定して勝利を収められるくらいに強くならなくては、優勝は不可能だろう。
「良かったね、優勝おめでとう」
帰宅後、俺は自室のベッドに座り込み、スマートフォンを介して南さんと通話していた。
彼女は俺たちより一足早く横浜に帰ってきていた。そのため最終戦を見ることはできなかったが、試合後に俺がメッセージを送ったので結果は知っている。
ちなみに現在、両親は息子の活躍を祝してリビングで焼き肉の準備に勤しんでいる。どうやら美味しい和牛をスーパーのカゴから溢れるほど買い込んできたらしい。
「うん、約束は果たしたよ。プレートはコーチが家に飾ってるから実物見るのは難しいと思うけど」
「ううん、写真送ってくれたから大丈夫。ありがとね!」
南さんの声を聴いているこの時間だけで、これまでの苦労がすべて報われた気がした。
「ところで小森君、来週は土日空いてるんだよね?」
「うん、コーチも今年は全然休めなかったって言ってたから。休まないと過労でぶっ倒れるって」
こう考えると全国大会に出場する部活動の顧問の先生とか、本当に大変だよな。毎日練習漬けで家帰れてるのか心配になるよ。
「ねえ、せっかくだから遊びに行かない? 私、見に行きたい映画あるんだけど」
突然の申し出にドキッと胸が一度高鳴る。だがなんとなくこういう日が来ることを勘付いていた俺は、彼女の提案に乗っかった。
「いいよ、俺もたまにはラグビー以外のことしたかったんだ」
「決まりだね! で、見たい映画なんだけど……」
恐らく上映時間でも調べているのだろう、少し南さんが間を置いたその時だった。
「太一、いつまで話してんの! もうお肉焼けてるわよ!」
リビングから聞こえる母さんの怒鳴り声。俺は思わずスマホを落としそうになった。
「やべ、母さん怒ってる!」
自分は堂々と長電話してるくせに、家族の長電話にはやたら厳しいな。
「ふふ、じゃあ切るね。続きは明日、学校で話そ!」
「うん、また明日」
母さんに急かされた俺は名残を惜しみながら通話を切り、ふうと一度息を吐く。そしてベッドから立ち上がると、デブなのに足取り軽く食卓に向かったのだった。




