第七章その6 決戦
午後、ついに東京代表の立川ラグビースクールとの試合が始まる。
全国まで上がってきた両チームにとっては最終戦であり、5位か6位か、つまりはプレート優勝かそうでないかが決定する試合。午前中は今ひとつ調子を落としていたメンバーも、試合時間が近付くにつれ全員目の色が変わっていった。
挨拶を済ませた両軍の選手がそれぞれの守備につき、キックオフと同時に走り出す。身体をぶつけ合うボールの奪い合い、優勝プレートを目の前にした選手たちは血気に満ちていた。
しかし俺はそんな激闘を、ベンチに座り込んで眺めるしかなかった。怪我のせいで無理はできないので、最終戦にも関わらずベンチからのスタートになる。俺のポジションである右プロップには、控えメンバーの6年生が選ばれている。
「よしいけ、走れ!」
「今だ、タックルだ!」
ベンチから応援とも野次ともとりあえず声を飛ばす控えメンバーたち。俺もいっしょに「頑張れ!」と声援を送るものの、やはり胸の中にはもやもやとしたものが残っていた。
せっかくの最終戦なのに、出られないなんて情けない。今すぐにでもコートにとび出して、楕円球を追いかけたいのに。
試合が動いたのは前半7分過ぎのことだった。ボールをパスされた相手ウイングの馬原君が、金沢の守備ラインの隙間を走り抜けて突破したのだ。
「させるか!」
ゴールを守っていたフルバックの西川君が身体を張って止めに入る。だがその時、馬原君は最高速度から急停止するような緩急をつけたのだ。
西川君にとっては突如目の前から馬原君が消えたように映っただろう、タックルのタイミングを完全にずらされ、その隙に再加速した馬原君に置き去りにされる。
一度逃げられた韋駄天に追いつけるはずがない。金沢スクールはわずかな守備の綻びを突かれ、先制トライを奪われてしまった。
値千金のトライに沸き立つ立川スクールと、そんな中でも眉一つ動かさない馬原君。彼らの喜び様を目にして、俺は「まずいな」と爪を噛んだ。他のメンバーもがっくりと項垂れている。
だが金沢とて負けてばかりではない。
前半終了直前のことだった。スクラムから浜崎にボールが回された時、ウイングといっしょに西川君を含めた俊足バックス3人が一斉に前へと駆け出したのだ。
浜崎はキックでボールを前に蹴り、それを拾った西川君が勢いそのままに敵の守備をすり抜けた。そこからは並走するウイング同士の高速パス回しで相手フルバックをも突破し、とうとう1トライを奪い返したのだった。
「よし、追いついたぞ!」
ベンチから歓声があがる。逆に前半をリードしたまま終えられると思っていた相手陣営は、いきなりずんと沈みこんでしまったようだった。
その後、試合は両者ともに攻めては守りを繰り返し、タックルの応酬が展開される。何度も何度もタックルを受け、両チームどの選手もボロボロで疲労の限界を超えているのが一目でわかる。すでに何人か途中交代しているものの、量も質もいつも以上のタックルを受けてすぐに消耗してしまうほどの激闘だった。
そして後半も残りわずか。このまま同点で終了かと思われたその時だった。
場所はコートのほぼ真ん中。金沢ボールでスクラムを組む直前、鬼頭君がレフェリーに駆け寄って何かを告げたのだ。
このタイミングなら選手交代だろう。ラグビーではいつでも選手交代をしてもよいわけではなく、プレーが中断している間にレフェリーに申告し、許可をもらう必要がある。
やはり予想通り、しばらくしてコートから金沢の選手がひとり戻ってくる。だがそれは、俺の代わりに右プロップに入っていた6年生だった。
「小森」
そしてベンチまで戻ってきた6年生は俺を呼んだ。俺は「は、はい」と立ち上がる。
「あと3分だ、ラストプレー頼んだぞ!」
そして俺の肩をポンと叩いて、崩れるようにベンチにへたり込む。相当疲れていたのだろう。
最後の最後に回ってきた出場機会、怪我のため時間は限られている。しかし巡ってきたチャンスにすべてを出し切るべく、立ち上がった俺はひとり深呼吸してコートに入った。
観客からの喝采に背中を押され、俺はスクラムを組むべくフォワードの下に走った。
「小森、怪我しているのにすまないな」
鬼頭君が申し訳なさそうに頭を傾けるが、俺は「優勝のためならこれくらいどうってことありません」と手の平に拳を打ち付けた。そんな俺の様子を見て、鬼頭君はそっと小さく告げた。
「で、実はさっき浜崎とも話したんだが、『あれ』やるぞ」
俺の身体が一瞬こわばる。起死回生とっておきの作戦、フォワードが俺に交代したばかりで消耗していない今が最大のチャンスではあるのだが、本当に『あれ』をするのか……。
しかし勝利のためには四の五の言っていられない。俺はただ頷いた。
そしていよいよ、俺たちボールでスクラムが組まれる。
3対3で組み合って並ぶ両軍フォワード。フッカーの鬼頭君が足でボールを後ろに転がし、後ろに回り込んだスクラムハーフがそれを拾う。ここで通常ならば一旦スタンドオフの浜崎までパスを送るところだ。
だがこの時は違った。スクラムハーフがボールを拾い上げると同時に、後ろに控えていた金沢のウイングが駆け出したのだ。一方のスクラムハーフは地面からボールを持ち上げると、既に真横まで走り込んできていたウイングに鋭いパスを回したのだった。
当然、敵陣営はボールを持ったウイングに気を取られ、全員の視線がそちらに集中する。近くの選手はすでにタックルを仕掛ける体勢に入っていた。
だがその時、今度はウイングがさっとパスを回す。
そのボールを受け取ったのは、なんとチームで一番鈍足の俺だった。
定石ならば体格の良い俺が突っこんで敵陣を崩してから、パスで素早いバックスにボールを回すという流れになるところだが、それとは真逆のパス回しだった。
なぜこんなデブにパスを? 相手選手も疑問に思うところだろう。
だがそんな暇は与えない。俺は全力を振り絞り、身体を揺らしながらドシドシと芝を踏んで走る。
「あいつを止めろ!」
立川のキャプテンが叫ぶと同時に、一斉に敵が俺を向いて駆け出した。当然俺の足で逃げ切れるわけもなく、すぐに追いつかれた俺は相手チームでも最も大柄な選手にタックルを入れられる。なんとか踏みとどまるも、相手の全力のタックルに倒れないのが精いっぱいでとても前には進めない。
だがその時だった。ぐらついた俺の身体を支えるように、俺の背後に駆けつけた選手がいたのだ。
「小森、負けるなぁあああ!」
フッカーの鬼頭君だった。
鬼頭君はタックルしてきた相手にタックルをお返しするように突っ込み、ついには俺をはさんで取っ組み合いをするような形になってしまった。挟まれた俺はふたりの巨漢に潰され、ろっ骨が折れてしまいそうだった。
だがこれでいい。そんなこんなしている間に、他の金沢スクールの選手も群がってきたのだ。
「みんな、小森を助けろ!」
「しっかり後ろから入れ、押して押して押しまくれ!」
フォワードもハーフもバックスも、鬼頭君や俺を後押しするように選手がひとつの塊となって続々と背中を押し始めたのだ。
さすがに大柄な相手選手もこの人数には耐えられず、一歩二歩と後退させられる。立川スクールの他のメンバーも急いで駆け付け、俺たちに対抗すべく選手たちが一塊となって押し返した。
これぞラグビーの醍醐味、モールだ。ボールを保持したまま倒れることなく敵味方の押し合いが発生した状態を、ラグビーではモールと呼ぶ。
この密集には後方からしか押し合いに参加してはならないなどのルールが定められており、大人のカテゴリーでは頻繁に見られるプレーだ。
ここで選手同士の身体に挟まるなどしてボールが出せないと判断されると、反則を取られるのはボールキャリアーである俺たちの側になる。つまりボールを出しにくい密集中心部の選手がいつまでも保持しているのはリスクが高い。
俺はなんとか動かせる内に、身体をひねってボールを後ろの選手に回した。ボールは金沢メンバーの手を次々と渡り、やがて一番後ろで密集に参加していた浜崎まで送られる。
「まっすぐ、そのまままっすぐ押せ! 違う、右にずれてるぞ!」
浜崎が怒鳴り散らすような声で指示を飛ばす。彼の声に従い、俺たちはとにかく前へ前へと敵チームを押し退けた。
このモールはいわば純粋な力比べ。特にフォワードの強さが結果に直結する。
試合終了ギリギリのタイミングで、フォワードをひとり元気でチーム最重量級の選手に交代した効果は絶大だった。さらにあらかじめこの作戦でいこうと共有していた金沢の子供たちは、全員が密集になるとともに精神的にもひとつになっていた。
とはいえ前から後ろから圧迫されて全身どこが痛いのかわからないほど痛いし、呼吸も苦しい。だがそれでも、勝利をつかむために俺は死に物狂いで身体中の血液の一滴に至るまで奮い立たせ、持てる全ての力で相手を押して進み続けた。
金沢の思い切ったこの攻撃に、立川は対応しきれなかった。馬原君ら快足のバックス陣を揃えても、押し合いになるとじりじりと後退させられるしかない。
そしてスタジアムに響く観客の大歓声。小学生とは思えない力押しのプレーに、盛大な拍手と喝采が俺たちに贈られる。それらの声も俺たちの後押しとなり、さらに力を込めて前へと進むことができた。
やがて俺たちは相手陣地を突破し、ついに密集のままゴールラインを越えた。モールのままボールを押し込んだのだ。
そして最後に密集から飛び出た浜崎が、抱えていたボールを地面に叩き付ける。
それとほぼ同時のことだった。ノーサイド、試合終了のホイッスルが鳴ったのは。




