第七章その4 1000万ドルを見下ろして
鬼頭君に喝を入れられたものの、やはり1位はもう不可能になったと思うと力が入らない。
それに今日は激闘を2度も行ったせいで身体があちこち痛い。俺たちはさっさとホテルに帰ると、夕食後はテレビを見たり布団に寝転がったり、何をすることもなくだらだらと過ごしていた。
各グループの1位になって、カップ戦進出を果たしたのは天王寺(大阪)、門真(大阪)、小倉南(福岡)、伏見桃山(京都)の4チーム。3チームが関西勢で、関東からの進出はゼロという結果だった。
金沢スクールは2位グループ。明日はプレート戦という5~8位決定戦を行う。
相手は岡崎スクール(愛知)、堺スクール(大阪)、そして立川スクール。関東大会で俺たちを倒した東京王者でさえも、関西のチームに苦杯を舐めさせられてしまった。
あの立川ですら負けてしまったのだ。まだまだ全国トップへの道は遠いなと痛感させられる。
せっかくのホテルなのに、誰も卓球やろうとかゲームしようとか声を上げなかった。きっとみんな俺と同じ、今日の敗戦ですっかり意気消沈してしまったのだろう。
ここにいても腐るだけ、リフレッシュのためにももう一度温泉でさっぱりするかと思った時、俺のスマホがブブブと振動する。メッセージが届いたのだ。
画面を見るなり、俺はぎょっと驚いた。南さんからだ。
『今、ホテルの外に出られる?』
液晶にはそうメッセージが表示されていた。
「お待たせ!」
ホテル近くの公園。そのベンチに南さんはひとりで座って待っていた。
「ううん、平気。私も今来たとこ」
このホテルは山の斜面に建てられている。少し歩けば神戸市街地を見下ろせる高台がある。
空気の澄んだ2月の夜景は、満天の星空にも劣らない美しさだった。
「今日は応援に来てくれてありがとう」
俺は彼女の隣に座り込む。暗くて顔はよく見えなかったが、南さんはにへっと笑った。
「約束したじゃん、応援しに行くって。関東大会じゃ行けなかったから、全国は絶対に行ってやるって決めてたんだ」
本当、この子のバイタリティはすごいな。ラグビーやってる俺たちより、内面の強さは勝っているんじゃないか?
「神戸って横浜と似たようなものだと思ってたけど、全然違うね」
「どこか行ったの?」
「うん、試合終わってから中華街行って、ポートタワーも上ってきたよ」
「そっか、俺も試合が無かったら行きたかったよ」
「試合のためにここまで来たのに、何言ってんのよ」
他愛もない会話。だがいつものようにうまくつながらず、俺はしばし黙り込んでしまった。
「南さん、ごめん。優勝はできなかったよ」
そしてつい本音を漏らす。せっかくここまで応援に来てくれたのに、彼女に申し訳ない。
「何謝ってんのよ、金沢がここまで来たのは初めてなんでしょ? それならいいじゃない、すごいと思うよ」
「でも、勝てたかもしれない試合を落としてしまって……」
悔しいよ。暗闇に気が緩んだか、俺の目の奥からじわっと熱いものがこみ上げる。
「弱音吐いてんじゃないの、別にナンバーワンにならなくっても、私にとっては小森君がナンバーワンなんだから」
「え!?」
南さんの発言に、つい俺はびくっと身体を震わせてしまった。
「ラグビー選手として」
そしてずるっとずっこける。くそ、騙された。そういえば南さんはこういうこと平気で言う油断ならない子だった。
「まだ2試合残ってるんでしょ。終わったことは仕方ない、それならこれからできることを全力でやるってのが本当のラガーマンじゃない?」
俺は太い指で頭をぼりぼりと掻いてむすっと口をとがらせるも、南さんは気にせずまくし立てた。
「たしか明日全勝したらトロフィーもらえるんでしょ? じゃあ約束、そのトロフィーの実物、私にも見せてよね」
「そんな、約束って言われても……」
「約束! はい、指切りげんまん!」
そしていつぞやの中華料理店と同じく、彼女は無理矢理俺の小指をつかんで指切りの約束を交わさせたのだった。
「じゃあもう親に言われてる時間だから……そうだ、これ差し入れ!」
彼女は持っていたショルダーバッグを開け、取り出したものを俺に手渡した。小さなお饅頭のようなお菓子、月餅だった。
「中華街で買ったんだ、中国じゃ幸運を呼ぶ縁起ものなんだって。それじゃ明日、頑張ってね!」
そう言い残すと彼女はだっと駆け出し、やがて姿を消してしまった。近くで待っている親と合流するのだろう。
そんな彼女を見送った俺は、彼女の強引さに呆れて首を振っていたものの、時間が経つにつれ内側からめらめらと闘志が湧き上がっていることに気付いたのだった。
南さんの言う通りだ、まだ終わってなんかいない。せめて優勝プレートだけは横浜まで持って帰るぞ。
俺は手の平の月餅を見つめ、よしと大きく頷く。直後、あんなに夕飯を食べたにもかかわらず、ぐうとお腹が鳴ってしまった。




