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第七章その2 全国大会1回戦

 温泉で体を癒し、ホテルの大部屋で誰かのいびきに耳を押さえながらもしっかりと眠る。


 そして翌朝、いよいよ全国大会が始まった。ここから先は一戦一戦すべてが負けられない戦いだ。


 俺たちの最初の相手は地元兵庫県代表の須磨ラグビースクールだ。


 やはりホームの特権か、小学生の大会なのに応援の熱がすごい。保護者や地元住民、さらにはかわいい孫の活躍を見ようと遠方から駆けつけたお爺ちゃんお婆ちゃんまでもが観客席から大声援を贈る。


 この須磨スクールは近年一気に強くなったチームで、強豪ぞろいの関西大会を今年初めて突破した。まさに上り調子のチームと言える。この耳を塞ぐほどの大歓声が相手の後押しになると思うと、俺たちはにわかに不安に駆られる。


「これがアウェーの洗礼ってやつか」


 スタンドオフの浜崎が恨めしい眼で観客席を見回す。なんだか戦う前からぐるりと敵に取り囲まれている気分だ。


 スポーツにおいてホームとアウェーでは勝率に大きな差が出る。アウェーチームは遠征で疲れているから、地元ファンの応援があるからと理由は様々だが、ホーム有利であるのは事実だ。


 だがそんな不安も、キャプテン鬼頭君の言葉でかき消される。


「アウェーが何だ、俺たちが積んできた練習はこんな声にかき消されるくらいしょぼくはないだろ。菅平で天王寺にスコアレスドローまで持ち込んだんだぞ。それに俺たちはその時よりも強くなってる。今回も勝てるに決まってるだろ!」


 多くの観客にも怖気づかずに平然とそう言ってのける彼は、いつも以上に大きく見えた。


「そうだな、行こうぜみんな!」


 そして俺たちは円陣を組み、気合いを入れ直した。何もいつもと変わらない、勝てばよいのだ。


 両軍が並んで挨拶を済ませ、ついに試合が開始される。


 開始早々、相手のキックしたボールを受け止めたキャプテンの鬼頭君がずんずんと前進する。並の相手なら大柄な彼を止めることはできない。


 しかし須磨のメンバーはさすが全国レベル、小柄な選手のタックルでも鬼頭君を押し倒し、ボールを奪わんと果敢に飛びかかってくる。


 鬼頭君は急いで仲間にボールを回すものの、今度はボールを受け取った選手にすかさず敵チームの選手がタックルを仕掛け、無理矢理に奪い取るのだ。このまったく隙の無いタックルの連続に金沢スクールは大苦戦し、一進一退の攻防が続いたのだった。


 須磨の強さの秘訣は献身的な守備にある。こちらがボールを持てば、全ての選手がまるで統率された軍隊のように全力のタックルを仕掛けてくるのだ。


 大柄な俺にはひとりでは敵わないとわかるや否や、今度は息を合わせてふたりがかりで飛びかかる。さすがにこれには耐えられないと、俺はボールを奪われない内に後ろへパスするしかなかった。


 シンプルながら効果的に足を止めに来る須磨スクール。さほど体格に恵まれていないこのチームがここまで勝ち上がってきた最大の理由は、このチーム全体がひとつの戦術を共有できているからだろう。


 だがそれならこちらだって負けていない。スタンドオフの浜崎は関東大会決勝の時よりも、さらにバックス同士の連携と作戦の幅を広げているのだ。


 俺のタックルで相手チームのノックオンを誘い、金沢ボールでのスクラムのチャンス。フッカーの鬼頭君は足にボールを引っ掛けながら、スタンドオフの浜崎がバックスに後ろ手で指示を出し終えるのを待った。


 そしてタイミングを見計らい、小柄なスクラムハーフがボールを拾い上げて即座に浜崎までパスを送る。その直前にはフルバックの西川君以外すべてのバックスが走り出しており、受け取った浜崎はキックで前へとボールを蹴り出した。


 このキックを拾い上げたウイングが相手チームの戦列が整わない内に守備の薄くなったエリアを突いて突破し、最後はタックルをかわしながらトライを奪ったのだった。


「よし、いいぞ浜崎!」


 鬼頭君が拍手でこの試合最初のトライをねぎらった。


 それからも浜崎の作戦ははまり、金沢は得点を重ねた。後ろ手サインのバリエーションも増え、敵の意表を突いた新たなパス回しも考案している。スクラムになってバックスまでボールが回れば、作戦に沿って確実にトライを奪い続けたのだ。


 途中相手のタックルにボールを奪われ、そのままカウンターで失点もしたものの、最終的には28対12で金沢スクールが勝利を収めたのだった。


「全国初出場のチームが関西のチームを倒したぞ!」


 地元チームが初戦で敗北。まさかの結果に観客席にどよめきが走った。


 これはかなり衝撃的なことらしい。須磨も同じ初出場とはいえ、関西から出てくるのと関東から出てくるのとでは求められるレベルが違うということか。


 だがそんな重い空気も、試合後に俺たち金沢スクールと須磨スクールの選手が握手を交えると一変する。両者の健闘を祝っての大喝采に、冬の会場は温かい空気に包まれたのだった。


「よくやったぞ、お前ら!」


 控室に下がった俺たちを、コーチは泣きながら迎えてくれた。全国初出場にして初勝利。ここに来るまでどれほどの苦労があったか、コーチもきっと大変だっただろう。


「これで金沢はベスト8以上確定だ。お前たちが頑張ってきたおかげだよ、本当にありがとう!」


「コーチ、まだ大会は終わっていませんよ。このまま優勝だってあり得るんですから」


 年甲斐もなく嗚咽を漏らすコーチに、俺はすかさず声をかけた。


「そうだな、お前らまだ終わってないもんな……すまん、嬉しくて取り乱してしまった」


 コーチはティッシュを取り出すとブヒーッと鼻をかみ、涙に濡れた顔も拭く。そして再び顔を見せた時には、いつも通りのコーチの顔がそこにあった。


「よし、2試合目は昼過ぎだ。次も気合い入れて勝ちにいくぞ」




 その後、俺たちは休憩がてら同じグループである大阪代表天王寺スクールと北海道代表帯広スクールとの試合を観戦した。


 だがその戦いは凄惨なものだった。試合は終始天王寺ペースで進み、ボールが帯広の手に渡ったのはほんの数えるほど。素早いパス回しと力強い突進で、帯広の守備をいとも簡単に突破してしまうのだった。


 特に大型フッカーの石井君は圧倒的だった。彼がひとたびボールを持てば、タックルを入れた方が弾き飛ばされている。作戦とか戦術とか、そんなもの一切通じない絶対的な力の差を否応なく見せつける。


 これは本当に全国大会だろうか? ここまで一方的な試合、県大会の初戦でもなかなか無い。


 結局天王寺は1点も取られることなく9トライを奪い試合を終えた。試合後、帯広の選手は何が起こったのかわからないといった様子でただ茫然と立ち尽くしていた。


「強すぎだろ……」


 ぽかんと口を開ける金沢スクール一同。練習試合の時よりはるかに強い。もしかしたらあの時は、余力を残して戦っていたのでは?


「おいおい、ちょっと待ってくれよ」


 冷や汗がたらりと俺の額を伝う。その時、コートから撤収する石井君が顔を上げ、俺と目が合ったような気がした。途端、彼は不敵な笑みを浮かべ、拳を突き出して親指を立ててきたのだった。

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