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第七章その1 夢の舞台

「わお、かっけー!」


 新横浜駅のホームに入ってきたN700Sの造形美に歓喜する男子諸君。


 俺も新幹線なんて乗るのは久しぶりだ。何せ長期休暇もラグビーの練習があるので、家族旅行も滅多に行けなかったからな。


「富士山見えたぞ!」


「すっげー雪積もってるな」


 普段は家と学校とラグビースクールしか知らない子供たちだ。車窓に映る見慣れない景色に興奮しないわけがない。


 俺たちを乗せた新幹線は名古屋、大阪を経て、とうとう目的地である新神戸駅に到着する。新神戸駅のロータリーには既にバスが待ち構えており、まるでVIPのような待遇に俺たちは偉くなった気がした。


 全国大会の会場は神戸市御崎公園球技場。2019年のワールドカップでも使用された3万人収容のスタジアムだ。


 しかし試合は明日からなので、今日はそのままホテルに向かう。明日全力を出しきれるよう、しっかりと休んでおくのが大切だ。


 宿泊先は昔ながらのホテルといった趣で、俺たち選手は和室の大部屋に詰め込まれる。決戦を前に控えながら、気分はほとんど修学旅行だ。


 無意味に畳の上を走り回ったり、「ここ俺の土地!」と寝る場所を主張するなど、子供たちの様子からは試合中の真剣な面持ちなどまるで感じられない。


 一方、俺はというと部屋に置かれていた館内設備の案内を熱心に熟読していた。


「有馬の源泉使用か……」


 炭酸水素や塩化物等各種成分を含んだ大浴場。さらにはジェットバスや薬湯、サウナも完備。文句のつけどころがない。


 いいなーここ。やっぱ温泉が立派かどうかは宿の印象を左右するよ。


 こんな温泉で疲れを取って、風呂上がりにはビールを一発といきたいところだが、身体は小学生なんでフルーツ牛乳で我慢しておこう。




「温泉とかちゃっちゃと済ませて卓球しようぜ」


「アーケードゲームもあったぞ」


 せっかくの温泉なのに。金沢スクールのメンバーは大浴場を堪能しきることもなく、さっさと上がってしまった。


 まったく、お子ちゃまどもはわかっていない。日本の心を忘れている。


「小森は?」


 浴場を出る間際に西川君が振り返って尋ねる。


「俺はもうちょっとゆっくりしてくよ」


 俺はどっぷり湯船に浸かりながらみんなを見送った。


 温泉が皮膚から内側まで浸透し、身体を奥底から温めてくれるようだ。そんな最高の気持ちよさについ眠気すらも感じてしまうものの、やはりラグビーのことだけは片時も忘れることはなかった。


 明日の対戦相手はいずれも強敵。簡単な試合はひとつもない。


 全国大会はこれまでの地方大会とはレギュレーションが違い、すべて1発勝負のトーナメント戦になる。


 全国から集結した16のチームを4チームずつ4つのブロックに分け、勝ち上がった1チームが優勝をかけて2日目の優勝決定トーナメントに出場する。つまり優勝のためには全勝で勝ち進むしかないのだ。


 しかし負けたからと言って即終わりというわけでもない。トーナメント初戦で敗れたチーム同士でブロック内3位4位を巡って対戦し、ブロック内での順位を決定する。そして各ブロックそれぞれの1位から4位ごとに分かれ、再び順位決定トーナメントを行うわけだ。


 この際、各トーナメントごとに優勝したチームにはトロフィーが授与されるのだが、1位グループがカップ、2位グループがプレート、3位グループがボウル、4位グループがシールドとトロフィーの種類は変わる。そのためカップ優勝は1位、プレート優勝は5位、ボウル優勝は9位、シールド優勝は13位を表すのだ。


 負けたチームでも「優勝」を賭けて戦うのはやはりモチベーションが違うようで、どの山でも最後の最後まで白熱した試合が行われる。


 しかし……何で(カップ)(プレート)(ボウル)より上の扱いなんだろうな?


 ふと浮かんだ疑問に気を取られてしまっていた俺は、すぐ近くまで人が近付いていることに気付かなかった。


「あれ?」


 すぐ近くで胸までお湯に浸かる少年。俺と年齢は同じくらいだろうに、隆々と逞しい四肢の筋肉。


 なんと立川の韋駄天、馬原君だった。


 関東大会一次リーグで唯一俺たちに黒星をつけた東京の雄。そこのウイングである馬原君が、例の眉ひとつ動かさない仏頂面を貼り付けてお湯に浸かっている。


 立川については関東大会を全勝で勝ち抜いたとは聞いていたが……まさか同じホテルだったなんて!


 驚きのあまりお湯の中でずっこけてしまい、俺はバシャッと大きな水音を立ててしまう。


 そして馬原君も俺に気付く。そりゃこんなデブ、一度見たらなかなか忘れないだろうな。


「や、やあ」


「あ、金沢の。関東大会以来だね」


 顔に似合わず、馬原君は穏やかな口調だった。ろくに言葉を交わしたの、初めてだな。


「明日はどこと?」


 俺が話題のネタにと振ると、馬原君は「博多、門真、呉。そっちは?」と気さくに返した。


「うちのグループはたしか帯広、須磨、それと……」


 俺は一回、口をつぐんだ。


「天王寺……」


 なんたる偶然か、俺たちはあの大阪の天王寺スクールと同組になってしまったのだった。


 夏の菅平で出会った大型フッカーの石井君を擁する大阪の超強豪。練習試合ではなんとか引き分けに持ち込めたものの、地力の差を痛感した試合でもあった。


 今度はあの相手を、倒さなくてはならない。


「関西がふたつあるのはきついね」


 そんな事情を知らない馬原君も、重くため息を吐いた。関西代表チームと戦う際には、相当覚悟しなくてはならない。


 全国大会の各地方ごとの出場枠は北海道1、東北1、関東4、中部2、関西5、中四国1、九州沖縄2だ。ワールドカップで注目されたとはいえ、地方ごとの実力差はそう簡単には埋まらない。過去には優勝決定トーナメント進出4チームすべてが関西のチームだったこともある。


 関東も決して弱くはないのだが、これまで全国優勝を果たしたチームは無い。敵チーム同士とはいえ、同じ関東勢という仲間意識からか、妙な結束が芽生えていた。


 その後、風呂上がりのフルーツ牛乳で乾杯し、俺と馬原君は明日大会を互いに全力で挑むことを誓い合ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] さて、現状ではどこまで全国で通用するのか、ですね。
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