第六章その5 タピオカミルクティー横浜サンマーメン味
「ホント、学校じゃ声かけることもできないんだから。みんな話題にとびつき過ぎだよ」
うーんと腕を高く上げて背骨を伸ばす南さん。机の上にはハルキの父さん特製の杏仁豆腐が置かれている。
よくもまあハルキとおじさんを言いくるめたものだ。ハルキなんてついこの前、いっしょに神社の裏に隠れるくらいの関係だったのに……。
いや待て。もしかしたらあの時、既にハルキはこの子の言いなりになっていたのでは!?
疑い始めたらキリがない。
「ねえ小森君、全国大会っていつあるの?」
にこっと笑って尋ねてくるものの……ああ南さん、恐ろしい子よ。この人は絶対に敵に回しちゃダメだ。
「2月の終わりごろだよ。今年は神戸でやるから」
全国大会にはその名の通り日本中から16のチームが集まり、2日間かけて順位を決定する。
金沢スクールのメンバーは移動のためにも1日学校を休まなくてはならない。なかなか学校とスポーツの両立って難しいよな。
「へえ、神戸かあ。私、行ったことないから一度行ってみたいなぁ」
南さんは頬杖を突いて息を吐き出す。結局、関東大会の日は塾があって来られなかったらしい。
「いいなあって言っても試合に行くんだからね。観光じゃないよ」
「ふふ、わかってるよ。でもせっかくだし、遊びに行きたいものだよねぇ」
そう言えば神戸って、一度もろくに旅行したこと無いな。関西方面に旅行したとしても、京都や大阪と違って横浜と似てそうだから別にいいかって感じるし。港町で中華街があって坂の上に洋館がある風景とか、丸被りだもんなぁ。
「ところで小森君」
南さんが身を乗り出し、顔を少し近付ける。
「私ね、最近ラグビーの勉強始めたんだ。中学入ったら、ラグビー部のマネージャーになれるようにって」
「そうなんだ。いいじゃない、おもしろそうで」
俺は驚きながらも頷いて答えた。
きっと彼女の志望校にはラグビー部があるのだろう。世話好きな南さんのことだ、きっと良いマネージャーになってくれるはず。
だが彼女は首を2回横に振ると、「ううん」と返したのだった。
「前に話したじゃない。私、小森君の夢を応援したいって。いつになるかわからないけど、私、小森君のチームのマネージャーになりたい。その時のために今はできることをやっておきたいの」
俺はポカンと口を開けて固まってしまった。この子、まさかそんな先のことまで考えていたなんて、一途というか無謀というか……それでも正直、言われた俺にとっては嬉しいものだった。
俺は中学受験はせずに地元の公立学校に進む予定なので、ラグビーは金沢スクールで続けることになる。そのため今後女子マネージャーのいるチームに入るとしたら、高校か大学といったところか。
日本においてラグビーと言えば長らく大学と、大卒社会人が主戦場となっていた。
Rリーグ創設によって高校卒業から直接プロになる選手も増えたとはいえ、大卒の選手が多くを占めているのも事実。まだ20歳そこらでは身体が出来上がっておらず、大学生や社会人になってから実力を伸ばしてプロ契約に至る選手も多い。特に大学ラグビーは関東地方に強豪校が多いためか、関東の大学リーグで活躍してからRリーグに入るというのがプロ選手のキャリアでは一番の多数派だ。
また高校ラグビーも地域差はあるものの注目度は高く、神奈川県内にも全国トップを狙える高校は複数ある。
中学卒業後はそういった学校に進学すれば、それこそ彼女のサポートを受けながらラグビーに専念できるだろう。
「分かった、俺もその時のためにラグビーも勉強も頑張るよ。南さんこそ勉強で俺に負けるなよ」
「あ、言ったな? 私の成績、甘く見ないでよ。小森君とか絶対に追いつけないんだから」
意地悪に意地悪で返す南さん。
彼女は学校でも結構成績の良い方だ。前の時間軸でも、たしか横浜市内の公立大学に合格してたはず。
「うん、いっしょに頑張ろう」
そして俺はぐっと親指を立てる。金沢スクールのメンバーが試合でもよく使うサムズアップだ。
だが南さんは「違う違う」と手を振った。
「こういう時はね、こっちを使うの」
話しながら彼女は右手を俺の前に突き付けると、小指だけをピンと立てたのだった。
「え、指切り!? さすがにそれは」
「何でよ、約束する時はこれがお決まりでしょ? ほらほら」
強引に押し切る彼女に、俺はなすすべなく従うしかなかった。
「指切りげんまん嘘吐いたら針千本のーますっ」
南さんと小指を絡め、ぎゅっと強く結ばせ合う。
くそ、相手は小学生なのに。心臓バクバクしすぎてこのまま卒倒してしまいそうだよ。
「指切ったぁ。約束だよ、小森君?」
無邪気な笑顔を向ける彼女。その愛くるしさと底知れぬ恐ろしさに、俺は「う、うん」と引きつった顔で答えるしかできなかった。
そんな俺たちを見かねてか、ハルキのお父さんが厨房からお盆を持って出てくる。
「ふたりとも、杏仁豆腐のおかわりいるかい?」
「あ、ありがとうございます」
「それと、ついでと言っちゃなんだがこれを試してくれねえか?」
杏仁豆腐といっしょにおじさんが机の上に置いたのは、太いストローを差したグラスだった。全体は黄金色に濁った飲み物で、底には黒い粒が沈んでいる。
「これ、タピオカですか?」
「ああ、うちも若い子を狙った新商品作らないとって思ってな。というわけで『タピオカミルクティー横浜サンマーメン味』だ!」
名前を聞いた途端、俺は「うげっ」と小さく漏らしてしまった。
そこはかとなく漂う爆死臭、というか明らかな地雷にしか思えないぞ。南さんも耳にしただけで何か吐き出しそうな目で口を押さえているし。
しかしまあ、食わず嫌いは良くない。シューアイスの天ぷらとかポテトチップスふなずし味とか、この世には存在するからな。
とりあえず一口、覚悟を決めてちゅるると吸ってみる。
うん……予想するまでもなかった。ゲロマズイわ、これ。




