第六章その4 全国出場とかいうブランド
「全国大会出場だって!?」
「すげえな、君」
関東大会が終わった翌日、登校した俺は学校ですれ違うみんなから次々と声をかけられていた。
クラスメイトや先生だけでなく、学年も違えば声を交わしたことも無い相手から祝われる。
「俺も鼻が高い、さすが俺の後輩だ」
メガネをかけた男子がそう得意がっているけど……いや、あんた誰だよ。
何度も足止めを喰らいながら、俺はようやく昇降口へとたどり着いた。なんだか朝一番から疲れたなと、下駄箱から上履きを取り出している時だった。
「あ、小森君!」
少し遅れて登校してきた南さんが俺を呼んだのだ。こちらも気付いて手を振り返すと、彼女の足もだっと早まる。
しかしその時だった。俺の登校に気付いた同学年の女子一同が、一斉に俺に群がったのだ。
「小森君全国出場だって? すごいじゃない!」
「ねえ大会いつ? 教えてよ!」
「ラグビーとアメフトってどう違うの?」
一瞬で俺を取り囲む黄色い声。俺は戸惑い、「ええと」と目を回した。ただのデブなのにこんなに女の子の方から声かけられるなんて、今まで経験したこと無かったからな。
あとラグビーとアメフトはボールは似てるけど全然違うスポーツだよ、サッカーとラグビーくらいに違うんだぞ。
そう説明しようと口を開きかけた時のこと。
「あ、西川君よ!」
女子のひとりが昇降口を指差すと、全員の顔がそちらに向けられる。
西川君が登校してきたのだ。昇降口のガラス戸をくぐったところで、一斉に注がれる女子の視線に足を止める。
「きゃー!」
「西川くーん!」
マラソンのスタートみたいに、一斉に塊のまま走り出す女子たち……いや、むしろバッファローの群れだよ。
その迫力にはさすがの西川君も冷や汗をたらし、速攻で回れ右して逃げ出してしまった。
「西川くぅーん!」
地面を揺らしながら追いかけるファンの皆さん。一瞬にして俺の前からは誰もいなくなり、ただ埃のカタマリだけが床に転がっていた……ふん、ラグビーできても所詮俺はただのデブですよ。
ふと周りを見回す。さっきまでそこにいたのに、南さんはすでにこの場にはいなかった。
「ねえ、いっしょに帰ろ?」
「ちょっと、私が先に約束してたのよ!」
下校時刻になっても西川君の周りには常に女子が集まっていた。あれは西川君をボールに見立てたモールだよ、ほとんど。
なんか彼、合宿での練習の後よりもぐったりしてるぞ。
さて俺も帰るか。そう思ってランドセルを背負うと、駆け寄ってきたハルキが「おい太一」と声をかける。
「ほいよ、これ」
そう言ってハルキは小さな紙きれを渡してきた。手作りのチケットのようで、『しょうたいけん』と汚い字で書かれている。
「これは?」
「お前の祝勝会だ。父ちゃんが連れて来いって」
「祝勝会?」
「おうおう、断らせはしねえぞ。ランドセル背負ったまま来い」
ハルキは俺の腕をつかみ、教室から引っ張り出した。言われるがまま、俺はハルキの家の中華料理屋へ連れていかれる。まだ夕食時になっていないためか、入り口には『準備中』の札がかかっている。
「うわあ」
店に入った俺は何度も目をこすった。
ハルキの父さんもすっかりラグビーに染まってしまったようで、壁にはRリーグ横浜グレイトシップスのユニフォームやポスター、選手の写真が飾られている。
「おう小森君、よく来たな」
仕込みのために厨房で野菜を切っていたハルキのお父さんが笑顔で俺を迎える。
「それにしても……」
俺は店内を見回した。祝勝会と聞いたが、西川君や他の子は来ていない。
「西川君は呼ばなかったの?」
尋ねられてハルキは目を逸らして「あーそれはだな」と頭を掻き出す。その時、俺の背後でガラッと音がして戸が開いた。
振り返った俺は、思わず固まってしまった。
「南さん……」
「お待たせ、小森君」
赤いランドセルを背負ったまま、手をひらひらと小さく振る南さんだった。
おいおい、なんてことしてくれんだよ……。じろりと睨みつけるように、ハルキに視線を飛ばす。
「じゃあ俺、店の手伝いあるから。ふたりとも席着いてなよ」
「おっと、今いきなり注文入ったからチャーハン炒めないとな」
そして突然この場から消えるハルキ父子。2代そろって嘘下手すぎだろ。




