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第六章その3 覚醒のセカンドステージ

 舞台は再び熊谷ラグビー場。


 1月の凍てつくような寒さで耳がちぎれそうだが、芝の上に立てば寒さなんて忘れてしまうもの。俺たちは円陣を組んで気合いを入れ直す。今日はいよいよ関東大会セカンドステージだ。


 リーグ2位で勝ち上がった俺たちの相手は、3チーム中2チームが各リーグを首位で突破した強豪だ。4チームの内、全国に進めるのは1チームのみ。1回の負けも許されない厳しい戦いだ。


 初戦は浦賀スクール。同じ神奈川県同士のつぶし合いになってしまったのは悲しいところだが、そういうレギュレーションなので仕方がない。


 試合開始から3分、金沢ボールでの最初のスクラムが巡ってきた。


 俺たちフォワードがスクラムを組み、フッカーの鬼頭君が足でボールを後ろに送る。そのボールを取り出す直前、自陣側でかまえていたウイングの6年生ふたりが同時に、互いの別サイドへと走り出したのだ!


「ウイングがサイドを変えたぞ!?」


 予測すらしていなかった動きに、浦賀スクールの選手は戸惑う。


 そしてスタンドオフの浜崎はスクラムから取り出されたボールを受け取ると、ほぼ真横に投げて走り込んできたウイングにキャッチさせる。


 まるで大きな意思によって動かされているような、狙いの定まらない連係プレー。相手選手は完全に意表を突かれ、容易く突破を許してしまった。


 俺が提案した作戦は、バレーボールにも似たサインプレーだった。


 スクラムが組まれる際、スタンドオフはフォワードの後方、バックスの前方に立って再開を待つ。つまりはバックスに背中を晒しているのだ。


 俺はここに目をつけ、スタンドオフが後ろ手にバックスにサインを送り、プレー再開後の動きを指示することを提案した。これを確認すれば、バックス全体が次にどう動けばよいか共有でき、ひとりの走力に加えて全員でパスを回しながら前に進むことが可能になる。


 プロ選手ならばもっと高度でわかりにくいサインプレーを組み合わせるところだが、俺たち小学生にとってはこれでもかなり画期的なアイデアだ。


 この連動した金沢の動きに、浦賀は対応できなかった。スタンドオフと連動したバックスのおかげで5トライを奪い、俺たちはきっちり初戦を勝利で終えることができた。


 続く東京代表の東東京スクール戦でも競り勝ち、貴重な2勝目を挙げる。金沢の快進撃は誰にも留められない!


「よし、このまま最後も勝つぞ!」


 フッカーにしてキャプテンの鬼頭君がずんぐりとした身体を震わせる。彼の前向きな言葉は、いつも俺たちの背中を押してくれる。


 そして最終戦は日光スクール。全国大会常連の栃木の名門だ。


 名門が何だ、勢いに乗った俺たちなら勝てる!


 そう意気込んだ俺たちだが、試合直前のお辞儀をするためにコートの上で相対した途端、全員が引きつった笑顔で固まってしまった。


「強そう……」


 相手メンバー全員、中学生かと思うくらいに体格が良い。遠くから見ても大きな子が多いなとは思っていたが、間近で見ると俺たちとは一回りでかさが違う。


 軽量級の日本人ボクサーの対戦相手に、何を間違ったかモハメド・アリが登場したくらいの差を感じた。いや、実際はそこまでの差は無いのだろうけど、実際に戦う俺たちは見た目だけで怖気づくくらいの違いを感じた。


 試合が始まると俺たちフォワードをも簡単に押し倒してしまう強烈なタックルを連発され、金沢スクールはなかなかボールを前に進めることができなかった。


 日光スクールの武器はその風貌に違わず、メンバー全員がフィジカル自慢であることだ。身体能力の高い選手をそろえ、とにかく圧倒的なパワーとスピードでねじ伏せるのを得意とする。


 相手が上手だとこちらボールでスクラムを始めることすらできない。だが途中、ボールを持った相手に俺がタックルしかけたところでノックオンしてくれたおかげで、ようやく金沢にもスクラムの機会が訪れる。


 俺たちフォワードがスクラムを組む。スクラムハーフやスタンドオフが後ろに回り、試合再開のタイミングを見計らう。


 その時、金沢陣営が大きく動いた。


 なんとバックス陣全員が下がり始めたのだ。一方で最後方フルバックの西川君は全速力でこちらに駆け上がり、最終的に他のバックスよりも前まで出てきてしまった。


「西川!」


 スクラムからボールが取り出され、浜崎はボールをまっすぐ後方に投げる。西川君は走りながらそれを受け取ると、すぐに足元に落とした。


 そしてキック! 相手選手たちの頭をギリギリ越えるくらいの、力加減を調整したキックだった。


 思わぬプレーに日光の選手は天を仰いでボールの動きを目で追い、慌てて方向転換する。


 そこに走り込んだのはいったん下がった他の金沢バックス陣。キックの際にはキックした本人を含め、ボールより後ろ側にいる選手でないと次のプレーには参加できないのがラグビーのルール(オフサイド)だ。


 金沢のバックスは西川君が蹴る直前、全員が既にスタートダッシュを切っていた。距離があっても方向転換してから走り出す必要の相手選手など、簡単に追い越してしまう。


 そしてウイングの6年生がコートを跳ねるボールを拾い、勢いを殺さずそのまま爆走した。


 途中で屈強な相手フルバックがタックルをしかけてきたものの、いっしょに並走していた別のバックスにパスを回したのでボールは奪われず、軽々と最終防衛線も突破する。


 そしてトライ。停滞した試合を打ち破る値千金の得点だった。


「よっしゃあ!」


「いいぞ!」


 沸き立つ金沢スクール。一方の日光はここまで順風満帆に勝ち進んできたのに思わぬ失点で動揺しているのか、メンバー同士で言い争う姿が見えた。


 さらに西川君がゴールキックも決めて7点。1トライ1ゴールの差だが、流れはこちらに傾いていた。


 結局その後、スタンドオフの的確な指示とバックスの連動により、俺たちは3トライ差で最終戦をものにした。


 試合終了の瞬間、俺たちは相手チームに挨拶をして健闘を称え合う。


 そしてコートの外に出た瞬間、押し殺していた喜びを一気に爆発させて「イエー!」と全員で大歓声を上げて抱き合ったのだった。


 夢にまで見た全国。キャプテン不在の危機を乗り越えてその切符をようやくつかんだ金沢のメンバーの中、俺は今の瞬間ならもう死んでもいいとさえ思っていた。それくらいに、最高に幸せな気分だった。

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