第六章その2 セカンドステージ直前に
新年のスクール初練習、その前日夕方のことだった。
突如回ってきたスマホのメッセージに驚いて、俺は危うく餅を喉に詰まらせてしまうところだった。
なんと、キャプテンが怪我したというのだ。家族の運転する自動車に乗っていたところで、後ろから別の車に追突されたらしい。
幸い命に別状は無かったものの、後部座席に座っていたキャプテンはむち打ちで首を損傷したそうだ。彼にとってはとんだ正月になってしまっただろう。しばらくは安静にしている必要があり、その間はラグビーもできない。
完治までにはまだまだ時間がかかる。出場予定だった関東大会には間に合わず、俺たちはキャプテン抜きで戦わざるを得なくなってしまった。
練習開始前のミーティングでメンバーを集めたコーチは、いつも以上に深刻な顔で俺たちに話した。
「代わりのキャプテンは鬼頭が務めろ。フォワードを引っ張ってきたお前ならできるな?」
指名されてフッカーの鬼頭君が「え、俺が?」と自分を指差す。しかし誰からも反対の声は上がらず、ついには「はい、頑張ります」と意気込んで了承した。
鬼頭君はフォワードのリーダーとして、スクラムや攻撃以外にも、日常的に俺たちのまとめ役になっている。彼なら金沢スクールの精神的支柱になるだろう。
「そして代わりのスタンドオフだが、浜崎、お前をスタメンに入れる」
続けてコーチが言うと、メンバー全員の視線がすらっと背の高い5年生に一斉に注がれた。
「は、はい」
皆の注目を浴びた彼、浜崎は緊張した声で返した。キャプテンのポジションの穴を埋める選手として、控えメンバーである浜崎が選ばれるのは当然だろう。
だが彼は身長163㎝と高めであることを除けば、特に身体能力が秀でているわけではない。戦力のダウンは避けられない。
スタンドオフというのはフォワードともバックスともつかない、ハーフバックと呼ばれるポジションに属する。
スクラムなどでフォワードから回ってきたボールを、次に誰に繋げるかを判断してパスをする。攻撃の起点となる車軸のような立ち位置だ。そのためには広い視野を備え、戦況から攻め方を決定する判断力が求められる。
プレーの技術もさることながら、キャプテンはこの状況判断のよくできる人だった。敵と味方の位置を瞬時に把握し、ボールを運ぶ道筋を瞬時に描き出して的確なパスを送っていた。
そんなキャプテンに一歩でも近づくため、この日の練習は浜崎を中心とした猛特訓に費やされた。
「はいよ浜崎!」
2チームに分かれての実戦練習。スクラムから出してきたボールを、スクラムハーフの6年生がスタンドオフの浜崎に鋭いパスで送る。
それを受け取った浜崎はバックスの内ひとりにボールを回すものの、やはりキャプテンに比べると判断に時間がかかる。
試合展開の速いラグビーでは一瞬の迷いも命取りだ。そうこうしている間に、相手選手は自陣深くまで入り込んでしまっていた。
「もっと周りを見ろ! 今のなら右ウイングに回せばスペースを活かせただろ!」
コーチの叱責が飛ぶ。今日の指導はいつも以上に熱が入っていた。
「小森……僕、試合に出るのが怖いよ」
練習後、グラウンドのベンチに座った浜崎が、隣に並んだ俺に打ち明けた。
「無理だよ、キャプテンが今までやってきた通りになんて。それに僕は小森みたいに身体も強くないし、西川みたいに運動神経が良いわけでもない……こんな奴がいても何の役にも立たないよ」
練習の疲れとプレッシャーで、彼はすっかり委縮していた。
「ネガティブに考え過ぎだよ、きっと大丈夫だって」
俺はぐったりと項垂れる浜崎の肩をポンポンと叩いたものの、何ら反応は無かった。
「考えろって言われてるけど、どうすればいいんだよ。俺も必死で考えてんだ、西川に回して敵をひきつけて、キックパスでウイング走らせてつなげられないかな、とか」
ようやく顔を上げる浜崎。口をとがらせながら話す彼に、俺は「ふんふん」と頷いて返した。
「他にもあるんだ。ウイングにボールを回して上がり切る前に、フォワードが一旦オンサイドの位置まで下がってウイングを追いかけるんだ。そうすればパスをつなぐ選手が確保できるし、小森みたいな身体のでかい奴なら相手を押し切ることだってできるし」
「へえ」
「あとは意表を突いて俺がそのまま走り出して、下がってきたフォワードに回すとか。誰に回すかだけじゃなくて回した後どんなプレーするかまで考えるともうキリが無いよ」
俺は瞬きして言葉を失った。まさか、浜崎はそこまで考えてスタンドオフを務めていたのか。
日常的にいっしょに過ごして互いに得手不得手を理解しているからこそ、どんな場合なら突破できるかできないかがちゃんとわかっている。そういえば今日の練習でも考えるのに時間はかかっていたが、その答えは一度も間違えてはいない。なんだかんだでちゃんと理想的なつなぎ方をしている。
「すごいな浜崎、みんなのことよく見てるなぁ」
「そうか?」
聞いて浜崎は首を傾げた。彼はどうも自身の視野の広さと、アイデア力を自覚していないようだ。
一般的にスタンドオフはチームの司令塔でもある。状況に応じて作戦を閃き、周囲を動かしていくのも大切な役割だ。その役柄かスタンドオフがキャプテンを務めるチームも多い。
浜崎のこの長所、なんとかして試合に活かせないものか。
考え込んだ俺は、しばらくして「ねえ、ちょっと思い付いたんだけど」と切り出した。




