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第六章その1 新年だよ!

「あ、見えた!」


 まだ薄暗い早朝、俺と父さんはジャンパーにマフラーという厚着姿でベランダに出ていた。俺たちの見つめる先は広がる海、その水平線から白い光が昇る。


 うちのマンションは東側が海に面しており、ベランダからちょうど朝日が昇るところが見える。


 今日は1月1日。2022年の初日の出だ。


「今年も良い1年になりますように」


 俺と父さんは手を合わせてご来光を拝む。この風習は我が家の元旦の恒例行事となっていた。


 年末年始の連休だ。多くの会社が休みになり、街もすっかり祝賀ムードに包まれる。クラスには家族でハワイに行くんだと自慢げに話していた子もいた。


 しかし関東大会セカンドステージが2週間後に行なわれる俺たちは、旅行なんて気分になれなかった。


 せいぜい大晦日と元日だけ年越し蕎麦とおせち料理を楽しんだら、あとはラグビーの練習あるのみ。そしてテレビやスマホで高校ラグビーの結果を知って、神奈川代表の勝利を見守る。


 ともかくラグビーは冬がシーズンのスポーツだ。ラグビー好きにとってはニュースから目が離せない。


 とはいえ俺たちだってたまには思う存分羽を休めたい。初朝ごはんにお雑煮を食べた後、俺は金沢八景駅前の瀬戸神社まで初詣に向かった。


 小さな神社だが参詣客が入れ替わり立ち替わりに訪れ、社務所には破魔矢やお守りを購入するために行列もできていた。


 今年のお守りを購入してほくほく顔で境内を出た時のこと。見知った顔を目にして、俺は立ち止まる。


「あけましておめでとう、小森君」


 南さんだ。えんじ色のダッフルコートを着込んだ冬らしい出で立ちで、手には白い毛糸の手袋をはめている。


「あけましておめでとう、南さん」


「小森君ひとり?」


「うん、父さんは家で寝正月だし、母さんは初売りがあるからって朝早くから行っちゃった」


 母さんが横浜駅前の百貨店まで初売りに行くのは毎年のことだ。


 実は母さんはその昔、渋谷の行列にも並んで福袋を買いあさっていた歴戦の初売り戦士だ。戦利品の福袋を開けて周りの人々との交換会に興じる女性たちに対し、ついていった男が階段でぐったりしている光景は正月の風物詩だろう。一度だけついていったことのある父さん曰く「あれは戦場だ。半端な覚悟で生きて帰れると思うな」とひどく怯えていた。


「もうすぐだね。頑張ってね、次の大会」


「うん、見に来てよ。せっかくだから」


「そうだね、見に行くなら今年しか無さそうだし。来年の今頃、受験でひーひー言ってるはずだから」


 以前聞いた話だが、南さんは横浜市内の中学校を受験するらしい。


 実は西川君もそうだ。県内屈指のラグビー強豪高校の附属中学を受験すると聞いたことがある。しかしもしそうなれば、俺といっしょにラグビーができなくなるかもしれない。


 俺は中学受験なんてするつもりもさらさら無かったので、このまま金沢八景スクールでラグビーを続けていく予定だ。一方の西川君は強豪高校といっしょに練習できる最高の環境で、中学の部活に所属するだろう。


 ここまで金沢スクールが進出できたのも、西川君の活躍によるところが大きい。来年、彼が受験のためにいなくなれば、どうやって戦っていけばいいのだろう。


 ラグビー続けていくのも大変だなぁ。


 思わず新年早々ため息を吐いた時のことだった。


「あれ、小森じゃん。あけおめ!」


 背後から声をかけられた俺が振り向くと、そこには眼鏡をかけたすらっと背の高い男子が立っていた。


 同じ金沢スクール5年生の浜崎だ。今回の大会ではスタンドオフの控えメンバーとしてベンチ入りしている。


「よう、あけおめ……て浜崎、何でここに?」


「ああ、爺ちゃんが近くに住んでるから、家族でこっちまで来てたんだよ。んで誰、お前の彼女?」


 浜崎は南さんをちらっと見てにやにやと笑いながら尋ねた。そういえばこいつもハルキと同類だったな。


「な、ちが――」


「まあ、当たらずといえども遠からずってとこかな」


「でぇ!?」


 浜崎が汚い声で驚き、俺は「南さん!?」と固まってしまった。


「なーんてね」


 そしてふふっと笑う彼女。俺も浜崎も、「だ、だよなぁ」とバクバク脈打つ胸をほっと撫でおろした……て何で浜崎までいっしょになって安心してんだよ。

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