第一章その3 突然なに言い出してんだ?
突然の一言に、リビングは静まり返る。
「そうねえ、かっこいいもんねえ」
少し間を置いて、母さんは笑って応える。しかしその眼は「子供らしい、また色んなものに憧れているのね」と語っていた。
「ラグビーを習いたい!」
テレビの前で俺はしゃんと背筋を伸ばし、繰り返した。その声にただならぬ意志を感じてか、母は眉をハの字にする。
「危ないし、怪我したら痛いわよ?」
予想していた通り、母は困った様子で尋ね返した。
母さんは昔からスポーツにそれほど関心が無かった。オリンピックについてもほとんどテレビで中継を見ていた記憶がない。学生時代も演劇部で、そこで父さんと知り合ったと聞いている。
特にラグビーはフィールドの格闘技と呼ばれるほどの危険なスポーツ。怪我するリスクの高い競技に息子を参加させるのは気が引けるのだろう。
「いいじゃないか」
だが父さんは二つ返事で了承した。当然、母さんは絶句して夫に顔を向ける。
「太一がいろんなことに興味持つのは良いことだ。そうだ太一、これからいっしょに買い物に行かないか? 習い事はすぐには難しいけど、ラグビーボールなら買ってやれるぞ」
「うん、ありがとう!」
まあたしかに、いきなり自分の息子が脈絡もなくラグビーやりたいとか言い出しても単にヒーローになりたい、てのと同じようにしか見えんわな。俺は父さんの提案に従い、子供らしく喜んだ。
「ちょっとあなた!」
「ボールだぞ、そんな高いものでもないだろ?」
笑い飛ばす父さんに、怒鳴る母さん。まさしく我が家でよく見た光景だった。
「売り切れ!?」
「はい、申し訳ありません」
ショッピングセンターのおもちゃ屋で、父さんは声を裏返す。店員さんも「まさかこれほどとは」と申し訳なさそうな様子だった。
普段滅多に買われることの無いラグビーボールは、大人用も子供用もすべて完売、在庫はゼロになっていた。南アフリカ戦での勝利がニュースになって、うちの子にもラグビーを習わせたいと思った親が急増したのだろう。
立ち尽くす父さんの傍らで、俺は頭を項垂れていた。
こうして俺のやり直し人生は、スタート早々から躓いてしまったのだった。