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第五章その6 執念のトライ

 一次リーグ3試合目の相手は千葉代表さくらスクールだ。


 互いに1勝1敗同士で、ここを勝ったチームは確実にセカンドステージに進める。


 泣いても笑っても最後のチャンス。さくらスクールの実力自体は正直なところそこまで高くなく、俺たちが力を出し切れば十分に勝てる相手ではある。


 だが負けて最終戦を迎える俺たちと、勝って勢いに乗った相手チームなら、後者の方が心理的には有利。


 そして何より気がかりなのは、すっかり落ち込んでしまった西川君だった。


「いつまでめそめそしてんだよ、次勝てばいいだけの話だから気にすんな!」


「そうだよ、俺たちなら勝てる。安心しろ」


 メンバーがどれだけ励ましの声をかけても、芝の上に座り込んだ天才フルバックは「ごめん、みんな……」と返すばかりだった。


 彼にとってこれほどの失態は初めての経験だった。順風満帆、何をやらせてもこなしてきた彼にとって初めての挫折は、あまりに辛過ぎたようだ。


「フルバックを変えた方がいいかな?」


 キャプテンがぼそりと呟く。それを聞いて俺はそっと耳打ちした。


「キャプテン、西川君を外せばこの試合には勝てるでしょう。ですがそうすると、西川君がもう二度と立ち直れなくなります」


 しばしキャプテンは難しい顔で考え込む。だがやがて頷くと、「……一番仲の良いお前の言うことだ、信じるよ」と俺の肩を叩いたのだった。


 そしてついに試合の時間が訪れた。


 コートに立った俺たちは互いに声を出し合って気合いを入れ直す。連戦で身体はだいぶ疲れている、ここから先は心の強さが勝敗を決する。


 しかし自陣最後方に立つ西川君はなおも立ち直れないまま、さっきまでの闘志を失ってまるで別人になっていた。


「試合開始!」


 レフェリーの合図でボールが動き出す。


 さくらの攻撃は熾烈だった。勢いに乗った相手は思った以上に当たりが強く、生半可なタックルでは耐え切られてしまう。まるで120パーセントの力で戦っているようだ。


 一方の俺たちは後ろが心もとないと前線も安心して攻め込むことはできない。俺たちは格下であるはずのさくらスクールの攻撃を防ぐので精一杯だった。


 そんな時、金沢のタックルをすり抜けた相手選手がライン際を一気に走り抜けた。


「西川君!」


 叫びながら振り返った俺が目にしたのは、茫然としていた西川君がはっと我に返って迫り来る相手選手と相対している姿だった。


 西川君は一瞬出遅れたものの、驚異的な反射能力で一瞬で飛び出し、相手の側方からタックルを入れた。そしてなんとかタッチラインギリギリを走っていた相手をコートの外まで押し出したのだ。


 俺たちはほっと息を吐く。なんとか窮地は脱した、ここからは金沢ボールのラインアウトで試合が再開される。


 ラインアウトとはサッカーで言うところのスローインに当たるもので、ボールがコートの外に出た時に行なわれる。


 ボールを出した側と出された側とがそれぞれ一列になり、出された側の選手が投げ入れるボールを奪い合う。大人になると組体操のごとく選手を持ち上げてボールを奪ったりするので、見ていて迫力がある。


 サッカーと違うのはスローワー、つまり投入する選手がまっすぐにボールを投げ入れなくてはならない点だ。もし軌道が自軍側に寄っていたりすると、それも反則となるのだ。


 ラインアウト形成のため、金沢の面々が自陣奥深くまで下がる。俺もボールの争奪戦に参加するため、どすどすと移動した。


 その途中、すっかり覇気の抜けてしまった西川君がとぼとぼと歩いていた。タックルを決めてチームのピンチを救ったものの、まだショックが尾を引いているようだ。


 そんな彼とすれ違う時、ふと俺は足を止めて声をかけた。


「西川君、すごい奴ってのはいつも勝ってるわけじゃないよ」


 俺の声に西川君はじっとこちらに目を向けた。


「日本代表だってオールブラックスだって、負ける時は負けるんだ。でもどれだけ点差が開いても絶対に最後まであきらめないし、不利な状況でも全力を出し切っている。どんなに辛いときでも乗り越えてきたから、みんなすごい奴になれたんじゃないかな?」


 西川君は何も答えず、ただ俺を見つめ返すばかりだった。頷くことも声をあげることもしない。しかし彼は確かに、俺の話を聞いていた。


 そしていよいよラインアウトの場面、フッカーの鬼頭君がボールを放り投げる。


 その楕円球を手を伸ばしてとらえた俺は、急いで後方の選手にボールを回した。


 ボールを受け取ったバックスが敵陣を突破しようと駆け出す。しかし相手のポジショニングは思いの外上手く、仕方なく別の選手にボールを回すしかない。


 金沢が奪われないためのパスを繰り返すうちに、とうとう大外のウイングまでボールが回る。


 今、彼の後ろにパスを回せる選手はいない。ウイングはここを自力で突破するしか無かった。


 だがそんな彼の進路を塞ぐように、先に回り込んでいた2人のフォワードがすでに守りを固めている。このまま突進をかましても、タックルで止められるのがオチだ。


 そんな時だった。自陣ゴールライン前から凄まじい勢いで駆け上がってくる一人の選手に、味方も敵も誰もが目を奪われたのだ。


 西川君だった。フルバックの役割であるゴール前の守備を放り出して、まるでチーターのような快足で芝の上を駆け抜けている。


 そんな凄まじいスピードの彼をマークしている敵選手は誰もいなかった。これを好機と見たのか、ウイングの6年生は「西川、受け取れ!」と強烈なパスを放り投げた。


 まるでキャッチする側のことなど全く考えていないような鋭いパス。だが西川君は全力で走りながらそれを受け止めた。


「まずい、急いで守りを……」


 相手のキャプテンが慌てて声を出すが、フルスロットルの西川君は守りを固めるわずかな時間さえ与えず、敵の間をすり抜けてしまったのだった。


 そしてトライ。相手守備を置き去りにした、完全なる独走だった。


「よくやったぞ西川!」


「さすがうちのエースだ!」


 メンバーが続々と駆け寄る。だが当の西川君はボールを地面に置いてしばらくしてから、「や、やったぁ……」と力無くへたり込んでしまったのだった。どうやら安心感で力が抜けてしまったようだ。


 この後、本来の力を取り戻した西川君は盤石な守備力を見せつけた。俺たちも練習の成果を存分に発揮し、最終的には合計3トライを奪っての勝利をものにしたのだった。

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