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第五章その5 ファーストステージでピンチ

 朝早くから俺たちを乗せたバスは高速道路で東京都心を抜ける。そして埼玉県に入り、ほどなくして目的地に到着したのだった。


 ここは熊谷ラグビー場。関東ラグビーの一大拠点にして、今年の関東大会の舞台だ。


「でか!」


 ここに来るのは初めての俺は、車窓に映る巨大な建造物を目にした途端思わず漏らした。


 間近で見るとその大きさがよくわかる。2万4000人を収容できる巨大なスタジアム。2019年のワールドカップでも3試合が開催された由緒ある競技場だ。


 だが俺たちが戦うのは、その脇のBグラウンドだ。とは言っても6700の観客席が備わっているので、これまでの運動公園での試合とは桁違いの雰囲気だった。


「よし、行くぞ!」


 冬の寒さなんてどこへやら、試合前のコートに立った俺たちは円陣を組んで気合いを入れた。


 関東各地から集まった32のチームが今日だけで16まで絞られる。そのために俺たちは1日で3試合を行うことになる。


 ダブルヘッダーどころかトリプルヘッダー、1回の試合が1時間足らずで終わると言っても過密スケジュールに午後にはへとへとになってしまう。連戦を戦い抜くだけのスタミナが俺たちには求められるのだ。


 大人だったら考えられない日程だが、少年スポーツならこういうことも頻繁にあるのが辛いところだ。本当、高校野球で連投を任される投手とかすごいよ。


 朝一番、最初の相手は群馬代表の前橋東スクール。


 菅平での特訓が効いているのか、走っても走っても疲れたなんて感情は湧き起こらなかった。


 そんな運動量の差を見せつけるようにバックスがトライを奪い、そして西川君のゴールキックが決まる。


「いいぞ西川!」


 6年生にもみくちゃにされる西川君。奪った5本のトライ全てでゴールキックに成功できたのは、ひとえに放課後の猛練習の成果だろう。


 こうして俺たちは1試合目の前橋東戦に余裕をもって勝利した。


 そして正午過ぎ、2試合目は都内最強の立川だ。


「立川の要注意人物はウイングだな」


 コーチが気にかけるのは6年生の馬原君という選手だ。コートの上に立つ彼は、まるでスプリンターのような風貌だった。


 第一試合を観戦した俺たちは、彼の飛び抜けたランニング能力に仰天した。


 縦横無尽に芝の上を駆けまわる姿はまさに韋駄天。客観的に見て、走ることに関しては西川君を超えている。


 一度ボールを持てばもう止められない、追ってきた相手を突き放し、妨害もするすると抜けてしまう。結局ひとりで4トライを稼ぎ、相手に大差で勝利を収めたのだった。


「あいつは100m走を12秒台で走るらしいぞ。陸上の全国大会にも出たことがあるそうだ」


 情報通の鬼頭君の一言が、俺たちの不安をさらに煽る。


 陸上とラグビー2足の草鞋を履きながら両方とも優れたパフォーマンスを発揮するなんて、そんな芸当のできる者は金沢スクールにはいなかった。


 小学生で12秒台なんて驚異的な記録だ。俺たちフォワードの中にも出足の速さではバックスにも負けない動けるデブはいるが、距離があると途中から追いつけなくなってしまう。点取り屋のウイングには、コートの端から端までを一気に駆け抜けるランニング能力が求められるのだ。


 だがそんな大活躍をしても、馬原君は一切その表情を緩めることは無かった。パスを受け取っても、トライを奪っても、試合に勝利しても何を考えているのかわからない仏頂面。そんな小学生らしからぬ雰囲気は、俺たちに底知れぬ油断の無さを感じさせた。


 そしていよいよ試合開始。早々に俺が体重を活かして突破を図るが、相手フォワードの強烈なタックルで俺の前進は止められてしまう。


 要注意と目されるウイング以外にも、立川スクールは優秀な選手をそろえていた。東京最強と呼ばれるのは何も通称だけではなかったのだ。


 ボールを奪っては奪われ、そんなこんなを繰り返してなかなか両者ともに得点が決まらない。


 試合が大きく動いたのは前半終了間際だ。ボール争奪戦で金沢の陣営が大きく前にせり出していた時、相手のパスが素早くウイングの馬原君までつながった。


 薄くなった金沢の守備。彼はそこを突いて一気に駆け出す。


「危ない、ウイングを止めろ!」


 キャプテンが叫び、金沢の選手たちが一斉に馬原君に駆け寄った。


 しかし加速した彼を止められる者は誰もいなかった。相変わらずのむんとした表情のまま、最高速で突っ込んできたと思ったら突然ステップを踏んだり緩急をつけて、俺たちの妨害を次々とかわしていく。


「させるかああああああ!」


 最後の砦、フルバックの西川君が獣のようなタックルをしかける。しかし馬原君はそんな西川君の猛攻でさえもステップでいなし、余裕を見せつけるようにかわされてしまった。


 後は高速で駆け抜けるのみ。ゴールラインを越えた馬原君は無情にもトライを決めたのだった。


 そしてハーフタイムにより前半が終了する。水分を補給していた俺たちは、キャプテンを囲んでミーティングを行った。


「うちは7点負けている。だが1トライ1ゴールの差だ、すぐにでも追いつける」


 キャプテンが俺たちを鼓舞する。高学年のラグビーにおいて、試合中コーチは観客席から見守るだけだ。選手をどう引っ張っていくかはキャプテンに託されている。


「いつもの俺たちなら絶対に勝てる。みんな、自信もって攻め続けろ!」


 キャプテンの前のみを見る一言に俺たちは「おお!」と再び円陣を組む。取られたら取り返せばいい、それがラグビーだ。


 後半に入って相手の運動量がやや落ちた気がする。夏の菅平で培ったスタミナが、ここで役に立ってきた。特に時間が経てば経つほど、相手の足がどんどん動かなくなっているのが顕著に感じられた。


 今ならいける!


 確信した俺はボールを持った相手選手に渾身のタックルを入れ、ボールを奪い取る。


「ほいよ!」


 そしてすぐに後ろにいた小柄なスクラムハーフにボールを回すと、敵チームの選手が奪い取らんと一気に集まる。しかし彼もまたすぐにボールを別の選手に回したのだった。


 金沢スクールは少し進んではパス、少し進んではパスを繰り返し、ついにボールはタッチライン際のウイングの6年生まで回された。


 相手の守備が整うより先にボールが回ってきたウイングはこの機を見逃さなかった。俺たちの作ったスペースを爆走し、そのままタッチラインギリギリを走り抜けてトライを決めたのだった。


「やったぞ!」


 すでに試合時間は残り僅か。俺たちはガッツポーズでトライを喜んだ。


 だがまだ2点負けている。次、西川君がゴールキックを決めて、ようやく引き分けに持ち込めるのだ。


 ゴールキックはトライをした地点を通るタッチラインに平行な線上から行われる。つまりゴールポストの近くでトライを奪うほど、ゴールキックも決めやすくなるのだ。


 残り時間を考えると、このキックですべてが決まる。スタジアムにいる全員が、固唾を飲んで西川君に視線を注ぐ。


 彼にかかるプレッシャーはいかほどのものだろう。俺だったら心臓が止まってしまうかもしれない。


 呼吸を整える西川君。大人でも蹴りにくい難しい角度だが、彼はじっとゴールポストに狙いを定めた。


 そして左方向から走り込み、斜め45度の角度をつけて右足を思いきり振った。最後のゴールキックだ。


 ボールは回転しながら飛び上がり、高く空に伸びた柱に向かう。しかし……わずかに右に逸れてしまった。


 観客からのため息。同時に響くは試合終了の合図。


 結果は7対5。俺たちは東京代表の立川スクール相手に、敗戦を喫してしまった。


 西川君が足元からふらっと崩れ、地面にへたり込む。


「西川君!」


 俺が駆けつけた時、彼は「くそ、くそ、くそ!」と呟きながら何度も地面に拳を打ち付けていた。


 どれだけ悔しいことだろう。彼を責めることは俺たちにできるはずがなく、ただ無言で見守っていた。


「次勝たないと、まずいな」


 そんなメンバーが重い表情で黙り込む中、キャプテンは小さく呟いた。

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