最終章 祭典は終わらない
「国民栄誉賞の受賞、おめでとうございます!」
首相官邸から出てきた元日本代表の31名に、駆け付けた報道陣からマイクが向けられる。アメリカでの激戦を終えて帰国してからしばらく経った、2039年12月のことだった。
「ええ、このような賞をいただけて本当に光栄です。これもすべて皆さんが応援してくれたおかげです、ありがとうございます」
「小森、もっとおもしろいこと言わねぇの?」
せっかく無難に済まそうと思っていたのに横からいらんことを言ってくる西川君を、俺は「こんな時に無茶ぶりしない!」と叱り返す。
ミシガン・スタジアムで開催された決勝戦。80分のホーンが鳴った後にスクラムトライを奪った俺たちは最後のコンバージョンゴールも成功させ、7-3でニュージーランドから逆転勝利を挙げた。
決勝戦からその先はもう何も無い。俺たちはこの手で、日本代表史上初となるワールドカップ制覇を成し遂げたのだ。
日本がニュージーランドの3連覇を阻んで優勝したという出来事は、その瞬間から世界に驚きと称賛をもって迎えられた。アジア初のワールドカップ優勝国、24か国制になって以降初めてのプール戦2位からの優勝、ラグビー史上類を見ないロースコアの決勝戦。それらすべてがドラマチックであるためか、早速ハリウッドの映画会社が日本協会に映画化の交渉を持ち掛けているらしい。
帰国後の凱旋パレードも、それはもうすさまじいものだった。
オープンカーに分乗した俺たちは東京駅前から新橋までをゆっくりと練り歩いたのだが、沿道は見渡す限りの人・人・人。協会の発表によると、パレードを見るために駆け付けたのは50万人以上だそうだ。
あちこちから歓声や選手を呼ぶ声が上がり、ずっと手を振っていた俺たちは試合以上に疲れ果ててしまった。そこで皆で高く掲げていたウェブ・エリス・カップの台座には、新たに日本の名前が刻まれている。
そして俺たちの快挙はワールドカップ優勝だけではない。日本は世界ランキングでもニュージーランドを抜き、史上初の1位の座に輝いたのだ。これはつい最近まであと何世紀かかるものやらと自国のラグビーファンにすら思われていた偉業であり、これまた世界のスポーツ関係者の目を釘付けにしたのだった。
「小森さん、先ほど発表されたばかりなのですが」
マイクを向けていたリポーターが尋ねてきたので、俺は「何でしょう?」と訊き返した。
「ニュージーランド代表を引退したハミッシュ・マクラーセン選手が、来シーズンからRリーグ横浜グレイトシップスに入団すると表明したそうです」
「何ですって!?」
「はい、また日本の選手たちと戦いたいからと、自ら日本協会にコンタクトを取ってきたそうです。他にも世界各国の有力選手が大勢、日本でのプレーを希望しています」
日本の優勝は国内ラグビーにもさらなる活性化ももたらしていた。ワールドカップ効果で学生同士の試合にも大勢が押し掛け、ちょうど今開催されている全国大学ラグビーフットボール選手権に関しては連日超満員の大盛況のようだ。いつか彼ら学生ラガーマンの中から、日本代表を引っ張って世界と戦う存在が現れてくれることだろう。
つい20年前まではろくにルールも知らない人の方が圧倒的多数だったラグビーは、すでに国民的スポーツにまでのし上がったのだ。
「ところで皆さん、すでに秦進太郎さんや中尾仁さんが代表引退を発表していらっしゃいますが、皆さんは今後、日本代表の招集があればいかがなさいますか?」
ちょうどインタビューに答えていた俺、西川君、和久田君の3人がそろって顔を向ける。
ここにいる全員、同学年で29歳。ラグビーでは代表どころか選手としても晩年を迎え、引退を考え出す年齢だ。正直な話、4年後も競技を続けていられるかどうかさえもわからない。
「年齢的に今回でもう最後かなと思ってたんですけど……優勝の快感を覚えてしまったら、まだもう4年くらい頑張りたいなって思えてきましたね」
和久田君が頭を掻きながら照れ臭そうに笑う。俺も西川君も「だよなぁ」と頷いた。
「若手がいくら上がってこようと、日本のフルバックには俺がいる。まだまだ引退する気はさらさらありませんよ」
西川君はどこまでも強気だ。リポーターも期待通りの言葉に感激したのか、ぱあっと明るい笑顔を見せると、「小森さんも?」と俺にマイクを回した。
「はい、この身体が動く限り、いけるとこまで続けていきたいですね。何せ次のワールドカップは、日本にとってもこれまた特別な大会ですから」
横浜の夜空を何機ものヘリコプターが飛び交う。そのはるか下の日産スタジアムには大勢の人々が集まり、観客席だけでなく競技場周辺も十万単位の人数であふれかえっていた。
2043年9月、ここにいるのは年齢も性別も国籍も関係ない。ただただスタジアムの熱気を浴びるために、ここまで駆け付けたラグビーファンだ。
「ラグビーワールドカップ2043日本大会、開会式の始まりです!」
アナウンスが響くと同時に観客の大歓声がスタジアムを包む。そして暗転していたスタジアムに明かりが灯され、ついさっきまで誰もいなかったフィールドの上には100人以上のダンサーが整然と並んでいたのだった。
この日、日本は2度目のラグビーワールドカップ開催を迎えていた。2019年の初開催以来、24年ぶりとなるラグビーの祭典だ。
かつての熱狂ぶりを思い出さんと、そして4年前に世界を制したブレイブブロッサムズがまた世界の頂点に立つ姿をこの目に収めんと、日本は過去の大会を上回る盛り上がりでこの大会を迎えていた。
「では開会宣言に先立ちまして、前回大会優勝チームキャプテンによるウェブ・エリス・カップの返還です」
ダンサーによるパフォーマンスが終了し、会場が少ししんとした空気に包まれる。そんな大観衆の見守る中、33歳になった俺は一身にスポットライトを浴びながら入場ゲートをくぐったのだった。
観客の前に立つのはもう慣れたものなのに、ここまで心臓が高鳴るのは久しぶりだ。俺は自分の胸を軽くぱんと叩くと、その手に金色に輝くウェブ・エリス・カップを携えてコートへと進み出る。
観客席の盛大な拍手と喝采に応えて手を振りながら、俺は協会役員に優勝杯を返還する。せっかくの勝利の証を返してしまうのは惜しい気もするが、そんなのは大した問題ではない、またこの大会で取り返せばよいだけの話だ。
優勝杯を手放した直後、俺はちらりと客席に目を向ける。
今、最愛の亜希奈さんと亮太郎、そしてもうすぐ3歳になる長女陽菜が、スタンドから俺の姿を見てくれているはずだ。今の俺の姿、ちゃんと写真に収めてくれたかな?
まあもしベストショットを逃していたとしても、もっと良い写真を撮るチャンスはいくらだってあるか。何せ俺の出番はこれだけではない、このすぐ後に行われる開幕戦でも、俺はコートに立つことになっているのだから。
一度優勝を果たしたからと言って、俺の、いや、俺たちのラグビーはまだまだ終わらない。
日本の2連覇、そして3連覇の夢を、俺たちはまだ諦めてはいないのだから。
ここまでご読了くださった皆様、本当にありがとうございました。
拙作に最後までお付き合いくださったこと、心より感謝いたします。
この小説はラグビー好きである私自身の思いのたけをぶちまけたような内容で、日本ラグビーもっと強くなれ!の一念がほとんどを占めています。
ラグビーという題材が稀なこともあり、どれほどの反応をいただけるか全く未知数だったので連載当初は「1000ポイントもいけば上出来やろ」と気楽に書いていたのですが、いざ始めてみると思わぬ反響をいただき、歓喜にむせび泣いたものです。
最終的にこのあとがきを書いている時点でブックマーク3867件、総合ポイント13335、累計PV約357万と自分史上最大の評価をいただくことができました。ここまで執筆のモチベーションを維持できたのも、皆様の応援あってのものだと確信しております。ちょっと筆が乗りすぎて、思った以上に長くなってはしまいましたが(831236文字)。
現在、新型コロナの影響で世界のスポーツ界が停滞しているのはスポーツファンとしても悲しいものです。
ですがラグビーに対する想いと、日本代表を応援したいという熱量は決して下がっておりません。この11月にはヨーロッパのシックスネイションズに日本とフィジーを加えた「エイトネイションズ」が開催されます。ヨーロッパに行く……費用は工面できませんが、テレビの前で日本代表のさらなる躍進を期待したいと思います。
また時期は確定していませんが、トップリーグもこの冬には再開される見通しです。今シーズンはレイドローやマピンピ、ボーデン・バレットといったビッグネームが大勢参戦するので、日本国内で世界最高レベルのプレーを直に見ることができます。ラグビー好きとして、これはスタジアムに通い詰めてしまいそうな危ない魅力がありますね。
色々と先行きの見えない時代ですが、ひたむきなスポーツ選手の姿を見れば不思議と活力が得られるものです。私も日本代表の勇敢なプレーから力をもらって、仕事にも執筆にも励んでいきたいです。
さて、次回作については以前の活動報告でも少し触れましたが、中学高校と吹奏楽部だった経験を活かして、吹奏楽部モノに挑戦してみようかな?と考えております。
ラグビーの後に吹奏楽ってなんだか振れ幅でかすぎるような気もしますが、好きなものは好きなんですから仕方ありません。ややコメディチックに、それでも吹奏楽の楽しさのエッセンスはしっかりと残しながら表現していきたいです。
もし新着欄で私の名前を見かけました時には、是非ともご一読ください。
それでは、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
皆様のご健康と、そして世界のスポーツ界の更なる発展を願って、この作品を締めさせていただきます。
2020年8月18日(火) 悠聡




