第五十一章その1 ようこそ地獄の連戦街道へ!
アイルランド戦の翌日、俺たちは休む間も無く練習に……ということは無く、リフレッシュも兼ねたニューヨーク観光を楽しんでいた。
そしてここはマンハッタン島ブロードウェイ。夜のネオンに彩られるハリウッド映画で何度も見たあの大通りを、俺含む同学年の日本代表5名はほくほく顔で歩いていた。
「舞台のミュージカルって初めて見たよ、思った以上に楽しめたな」
華やかな舞台演出の興奮が冷め止まないのか、西川君がここではないどこか遠くを見るような目で話しかける。ここにいる全員、手には『シカゴ』のパンフレットを握りしめていた。
「ああ、俺もミュージカルって映画でしか見たこと無かったなぁ。いつも何でこいつらいきなり歌いだすんだって疑問だったけど、舞台で見るとすんなり受け入れられたな」
そんなこと言う秦亮二も、閉幕の時には「ブラボー!」と真っ先にスタンディングオベーションしていたのを俺は決して忘れない。
「みんな、あんまし舞台見に行かへんのか? 俺、宝塚歌劇よぅ行ってるで」
「石井君、意外な趣味あったんだね」
驚きの顔を浮かべる石井君に、俺は率直な感想を述べる。
ちなみに同行する和久田君は路肩に停められているアメリカ車がいちいち目に入る度にじっと凝視してしまうので、こちらの話は全く聞こえていない様子だった。
明日は次の会場に移動後、本格的な練習の再開だ。こうやって羽を伸ばせるチャンスは貴重なので、休める時は思う存分休んでおくのに限る。
もう既に午後11時近く。夕食は公演前に済ませているが、小腹が空いたので4人でまだ開いているバーガーショップに立ち寄った。
「はあ、もう終わりかぁ。もうちょっと休みくれてもいいのに」
冷たいコーラをストローで吸い上げながら、俺はぼそりと呟く。
「仕方ないよ、1週間なんてホントあっという間だからね」
「だよなぁ、しかもここから先は負けたら即敗退だからよ」
各々バーガーやポテトを頬張りながら、過ぎ去っていく休日を惜しんでいた。
昨日、プール戦すべての試合が終了したことで、各プールの順位は以下のように決定した。
プールA
1.オーストラリア
2.アメリカ
3.フランス
4.ロシア
5.ルーマニア
6.ブラジル
プールB
1.ニュージーランド
2.日本
3.アイルランド
4.ジョージア
5.韓国
6.ウルグアイ
プールC
1.南アフリカ
2.ウェールズ
3.イタリア
4.フィジー
5.サモア
6.ポルトガル
プールD
1.イングランド
2.スコットランド
3.アルゼンチン
4.トンガ
5.カナダ
6.ナミビア
決勝トーナメントには3位までが進出し、4位は次回2043年のワールドカップに予選免除で出場できる。決勝進出チームはいずれも順当な顔ぶれだろう。だが細かく順位を見てみると、プールAでロシアがルーマニアを上回るなど世界の勢力図が変化しつつあることを匂わせる点がちらほらと見て取れる。
そして俺たち日本代表の決勝トーナメント第一試合の相手は、北半球の曲者フランスだ。
フランスはご存知の通り、世界で最も勝敗予想の難しいチームと言える。『シャンパンラグビー』と呼ばれる巧みなパスを無限につなげて相手に何もさせず圧勝したと思ったら、次の試合では呆気なくボールを奪われて大差で敗れてしまう。この意外性のおかげでフランスは対オールブラックス戦での勝率において、北半球では常にイングランドとトップの座を争っている。
「スクラムハーフのティエリー・ダマルタンはまだ健在そうだな」
「うん、もうバリバリ。ティエリーがいるとただでさえ速いパス回しが余計に手に負えなくなる」
そんなフランス代表の要注意選手は、俺たちと同世代のスクラムハーフ、ティエリー・ダマルタンだ。170cmに満たない小柄な体格だが、そのパスの腕と持久力は本物。通常ならスタンドオフを挟んで攻撃展開するところを、一手早く攻め上がって来るので対する相手はいつも通りのラグビーがまったくできないまま突破されてしまうのだ。
「ほんで気ぃ早いけど、大変なんはフランス戦だけやないで。フランスに勝てたとしても、ベスト8で当たるのイングランドやし」
すでに2個目のバーガーをかじっていた石井君の一言に、俺たちはより一層「うっ」と言葉を詰まらせる。
そう、決勝トーナメント第一試合を戦うのは各組2、3位のチームのみ。ここを勝ち上がったチームは、次戦でプールDを首位で突破した万全状態のイングランドとぶつかることになる。
イングランドはラグビーの祖国であり、名実ともに北半球最強のチーム。現在の日本代表でも3回戦って1回勝てれば良い方と言えた。
「仮にイングランドに勝てたとしても、準決勝で当たるのは南アフリカ、アイルランド、アメリカのどれかだろ? 普通に考えたら南アフリカとぶつかるよな、これ」
自ら追い打ちをかけるように、秦亮二が自虐的な笑みを浮かべる。
説明するまでも無いだろうが、南アフリカはワールドカップで3度の優勝を誇る超強豪だ。世界屈指のフィジカル軍団は、小手先のテクニックや作戦も無慈悲に打ち砕くほどの圧倒的なパワーを秘めている。
前回大会3位決定戦では日本が辛勝できたとはいえ、それ以降この4年間のテストマッチではまだ1度も勝てていない。スプリングボクスは俺たちにとって、まだまだ格上の存在だった。
「そして万が一そこでも勝てたとして、決勝は……」
俺が口を開くと、この場にいる5人全員が互いに顔を見合わせる。トーナメント表の向こうの山で、一番強いチームといえば……そんなもの、名前を出す必要も無いくらいわかり切っていた。
「ニュージーランド……だろうな」
バーガーを食べ終えた西川君が、スタッフのお姉さんをつかまえてデザートのアイスを注文する。
「わかってはいたけど、勝ちの見込める試合がひとつもねぇ」
乾いた笑いを飛ばす秦亮二。
「これ、歴代どのチームでも匙投げるくらいのクソゲーじゃない?」
和久田君も顔は笑ってはいるが、頭を抱えるその手は小さく震えていた。
しかも勝ち進むごとに一段ずつ敵が強くなっていくというバトル少年漫画みたいな展開。何だよこれ、みんなで十二宮でも守ってるのか?




