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第五十章その4 残るプール戦は

「さて、このプール戦が厳しくなることは覚悟していたけど……いざ改めて見てみると本当に厳しいな」


 ニュージーランド戦を終えたその日の夕食後、俺と数名のメンバーはホテルのラウンジでタブレット端末を囲みながら全員で腕を組んでいた。


 画面に映っているのは本日行われた他国同士の試合のハイライト。他にもワールドカップ特設サイトには、暫定の順位表が貼り出されている。


 今日、ニュージーランドに10-17で敗れたことにより、日本のプール戦1位突破は実質不可能になってしまった。ただ努力の甲斐あって7点差に抑えられたおかげで、貴重なボーナスポイント1を得ることができたのは大きな戦果だろう。


「思い返せばさ、俺たちよくもまあボーナス取れたよな」


「ああ、正直言うと30点差つけられてもおかしくないって思ってた」


 苦々しさと妙な達成感とで、複雑な顔を浮かべながら選手たちが口々に話す。作戦がうまく機能したというのも大きいだろうが、俺たち自身もなぜ今日ここまでオールブラックスに食らいつけていけたのかは実のところよくわかっていなかった。


 ただ心身ともに、最高潮まで高まったからとしか言い表せない。技術論や理性だけでは説明はつかず、それこそラグビーの神様が背中を押してくれたからとしか表現できない要因があった。


 ここで1試合目を終えた時点でのプールBの順位を見てみよう。カッコ内は勝ち点だ。


1.アイルランド(5)

2.ジョージア(5)

3.ニュージーランド(4)

4.日本(1)

5.ウルグアイ(0)

6.韓国(0)


 まだ1試合を終えたばかりなので、韓国から6トライを奪ったアイルランドと、ウルグアイ相手に4トライを決めたジョージアがニュージーランドよりも上位に立っている。このまま実力通りに進んだならば首位はニュージーランドでほぼ確定、2位を日本とアイルランドが争う格好になるだろう。


 だが不思議なことに、大会本番とは思わぬジャイアントキリングが決まって発生するもの。実際に日本代表もこれまで予想を覆す番狂わせに遭遇してきたし、自分たちで成し遂げてきている。


 ちなみにプールBの今後の試合予定は以下の通りだ。


第1試合(本日終了)

 日本 Vs ニュージーランド

 ジョージア Vs ウルグアイ

 アイルランド Vs 韓国


第2試合

 日本 Vs 韓国

 アイルランド Vs ジョージア

 ニュージーランド Vs ウルグアイ


第3試合

 日本 Vs ウルグアイ

 ニュージーランド Vs アイルランド

 韓国 Vs ジョージア


第4試合

 日本 Vs ジョージア

 ニュージーランド Vs 韓国

 アイルランド Vs ウルグアイ


第5試合

 日本 Vs アイルランド

 ニュージーランド Vs ジョージア

 韓国 Vs ウルグアイ



 注目すべきはやはりプール最終戦のアイルランドとの直接対決だろう。拮抗した実力の者同士、勝った方がプール2位となって後の決勝トーナメントで有利に立てる。


 しかしそれはあくまでも順当に勝ち進んだらという前提を踏まえた上での予想に過ぎない。一戦一戦しっかりと勝ちを重ねなくては、そこにたどり着く前に脱落してしまう可能性もある。まず俺たちが注力すべきは、目の前の試合だった。


「来週の相手は……韓国か」


 そう、アジアで日本を追いかける韓国だ。


 2027年大会以降日本を除くアジアの出場枠が1つ確保されたことで、アジアのラグビー熱はにわかに高まっていた。やはり手の届く位置に大会があるとモチベーションは急騰するのだろう、今回出場を果たした韓国も香港、マレーシアといった成長著しいライバルに競り勝ち、世界の舞台に進出している。その熱はラグビーが未だ十分に浸透していない地域にも波及し、互いに追い着け追い越せと切磋琢磨しているそうだ。


 と、アジア情勢はこれくらいにしておいて、韓国代表の話に移ろう。


 韓国代表は地理的に近いこともあって、日本のRリーグに在籍する選手を多く擁している。そのため彼らは日本選手の動きや傾向をよく理解しており、綿密に対策を立てて日本に挑んでくるはずだ。


「たしかキム・シノがキャプテンだったよね」


 呟く和久田君に俺は「そうそう」と首を振って返す。


 現在キャプテンとして韓国代表を率いるキム・シノはRリーグ屈指のフランカーとも評されている。190cmと進太郎さんを上回る体格から生み出されるタックルはまさにロケット弾のような威力で、世界トップ層にも一切引けを取らない。その破壊力は世界からも注目されているようで、ワールドカップ後にはイングランドのプロチームへの移籍も取り沙汰されているほどだ。


 さらにナンバーエイトには同じくRリーグのパク・ミョンホを置き、ティア1にも通用するほどのフォワード陣をそろえている。プール内での世界ランキングは一番下だが、舐めてかかれば思わぬ苦戦を強いられるだろう。




 翌週、試合会場であるアトランタのメルセデス・ベンツ・スタジアムのロッカールームを出た直後のことだった。


「小森!」


 名を呼ばれて振り返ったその先には、白、赤、青の3色で彩られたジャージのラガーマンたち。そこからだっと飛び出してこちらに手を振る、マッシュルームカットの男。


「キム!」


 韓国代表キム・シノとの久しぶりの再会に俺は両手を大きく振り返す。


「懐かしいなぁ!」


 そして走り寄ってきたキムは俺に手を差し出した、と思ったら突如それを引っ込め、両腕を俺の首の高さに回して身体を軽くぶつけにきたのだった。


「はい、ハイタックルー」


「ぐわーやられたー、レフェリー、レッドカード!」


「お前ら試合前に何やってんだ?」


 呆れたように声をかけるのはロックの中尾さんだった。


「すいません、こいつの顔見るとなぜか留学時代のノリを思い出して。精神年齢が中学レベルまで戻るというか……」


「小森」


 釈明する俺に、再びキムが呼びかける。だがその声は今しがたのふざけたやり取りはまったく違う、深みと真剣味のあるものだった。


「とうとうお前とワールドカップで戦えるなんてな。俺、ここまで上がってこられて嬉しいよ」


 俺とキムがナショナルチームでぶつかるのは、まだ俺がジュニア・ジャパンにいた2029年以来のこと。あの試合から実に10年ぶりのことだった。


「年齢のことを考えると、ハミッシュだけじゃなくて俺にとってもこれが最後のワールドカップになるかもしれねえ。そこで最後にお前と本気で戦えるなら、ラグビーやるためにニュージーランドまで行って良かったって改めて思うよ」


「最後とか言うなよ、お前らしくない。キムならまだまだいけるだろ?」


「まあな。でも俺たちみたいな出場できるかできないかわからん国はいつも冷や冷やしてるんだ。次は落ちるかもしれねえ、今回こそ最後だと思えって」


 俺は何も言い返せなかった。日本代表のように安定した成績を残せるチームならば次の大会にも予選免除で出場することができるが、下位のチームは激しい予選を勝ち残らなくては、この場に立つことすらできないのだ。


「だからよ、小森」


 話ながらキムは自らの手をすっと俺の前に突き出す。


「俺はこの試合を自分の人生で最高の試合にしたい。正々堂々、100%の本気でぶつかりに行くから、楽しみにしとけよ!」


「言われなくても、そのつもりだ」


 俺はその手を強く握り返し、そして互いに肩を叩いて健闘を誓い合ったのだった。

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