第五章その3 祝勝会
「県大会優勝おめでとう!」
月曜日、登校した俺が教室に入った途端、頭から紙吹雪が降り注ぐ。
黒板には『小森君、優勝おめでとう!』と色とりどりのチョークで書かれており、クラスメイトたちが拍手喝采で俺を迎えた。
「すげえな小森!」
「いよっデブスター、日本一!」
まだそれ言う奴いたのか。
金沢スクール県大会優勝の快挙は学校にすぐに伝わった。おそらくは観戦に来ていた保護者や南さんの口伝てだろうが、学校のみんな我がことのように喜んでくれた。
「僕も中学になったらラグビー部に入ろうかな」
男子のひとりが夢見心地で言う。だが悲しいかな、この地元の公立中学ではラグビー部は無いんだよなぁ。
日本の高校ラグビーは花園での全国大会が有名だが、中学世代ではスクールでの活動が主立っている。それでもまだ神奈川県は恵まれている方だ、地方に行けば県内で2校しかラグビー部がない、なんて場合もある。
プロリーグが創設されたとはいえ、日本においてラグビーはまだまだ発展途上のスポーツだ。
「いやあ、活躍したのはむしろ西川君で」
と俺が話し出した途端、隣の教室から拍手が聞こえてきた。あっちでも同じく祝勝会が開かれているのだろう。
帰りの会が終わった直後のことだった。
「ねえ小森君」
俺の席までやってきた南さんが、小さく話しかけてきたのだ。
「いっしょに帰ろ」
俺はちらっと周囲を見回した。解放感からすでに多くのクラスメイトが教室を飛び出しており、誰も俺たちの様子を気にしている子はいない。
俺は「うん」と返事して、ふたりそろって思い切りゆっくり歩いて外に出たのだった。
俺たちは他愛もない話を交えて交通量の多い大通りに沿って歩いた。そして駅も程近い瀬戸神社の前に差し掛かった時のこと、神社から着物姿の小さな女の子が両親に手を引かれ、鳥居をくぐって出てきたのだった。
南さんが「あ、可愛い」と漏らす。そういえば今は七五三のシーズンか。
「ねえ、私たちもお参りしていかない?」
そして彼女に言われるがまま俺たちは本殿で二礼二拍手一礼する。お賽銭は小学生なんで大目に見てください。
その後、俺たちは本殿の裏に回り、そこに座り込んだ。人通りの多い大通りに面しているのに、ここは滅多に人も来ない。
「あのさ」
不意に切り出す南さんに、俺は「ん?」と反応する。
「前に将来の話したじゃん。小森君、あれからどうするか考えたの?」
「うん、その時は色々悩んでいたんだけど、南さんと話して吹っ切れたんだ」
俺は改めて彼女の顔を向き直した。ぱっちりと開いた目が、じっと俺を見つめ返す。
「俺はプロラグビー選手を目指す。そして日本代表にも選ばれて、ワールドカップのスタジアムに立つ。そのためには関東大会を突破して、全国大会に出るのが手っ取り早いと思うんだ」
「そう、じゃあ今は夢が実現に近付いているんだね」
にこっと微笑む南さん。その笑顔には打算や損得とか、そういった感情は一切無かった。
「ねえその夢、私も応援させてもらっていい?」
「もちろん。いくらでもOKだよ」
俺が力強く答えると、南さんも頷いて返した。
しばしふたりの間に静寂が生まれる。俺と彼女は、ただただ顔を見つめ合っていた。
こんなムード、初めてだ。この時間が一生続けば良いと思った。
正直な話、この時ほどラグビーやってきて良かったと思ったことは無い。
だがその時だった。
「ハーゲハーゲつるりつるりーん! 校長先生のカツラがずれたー」
俺も南さんも、そろってずっこける。
ハルキだ。下校途中のあいつが、神社のすぐ前を通ったのだ……てかそんなくだらない歌、大声で熱唱するな!
「ハルキ、どっかで遊んでたのかな?」
南さんも苦笑いを浮かべる。声から察するに、ハルキ以外にも2人ほど男子がいるようだ。
「あ、枝発見! ハルキ、チャンバラしようぜ」
「いいねえ、俺もこいつ拾った。よし、お前はエクスカリバーだ!」
おいおい、あいつら境内で遊び始めたぞ。ここからじゃ姿を見られないように神社から出ることはできない!
愕然とする俺。
「ふふふ」
一方の南さんは困った表情を浮かべながらも、その口元は笑っていた。
結局俺と南さんは、ハルキたちが飽きて帰るまでの15分ほど、ずっと本殿の裏に隠れていたのだった。




