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第四十九章その4 王者の証明

 オーストラリアを倒したその翌朝、テレビのスポーツニュースはいの一番に日本の快勝を報じていた。


「日本代表の活躍には盛大な拍手を贈りたいです。これはワールドカップに向けて弾みがつきますね」


 辛口で有名なコメンテーターもこの口ぶりだ。


 だがその話題が一段落すると、アナウンサーは声色を一変させて重々しく次のニュースを読み上げる。かつてないほどの強さを見せつけたオールブラックスの圧倒的な勝利は、報道に長く関わってきたスポーツニュースのキャスターをもってしても動揺を隠せなかった。


 オールブラックス、つまりラグビーニュージーランド代表が200年のラグビーの歴史の中で彼らが1度でも敗れたことのあるナショナルチームは6か国のみ。ありとあらゆるスポーツの中でも飛び抜けた勝率を誇ることから、歴史上最も成功したスポーツチームと評されている。


 だがそれでも、永遠のライバルと呼べる南アフリカ代表をここまでの大差で下したことは無い。


「南アフリカもワールドカップ優勝候補ですよ? それをこの時期に叩きのめすなんて、もう6か国対抗戦は優勝したも同然じゃないですか」


「ですね、日本代表がオールブラックスの快進撃を止めてくれるよう願いましょう」


 そう話す年配の解説者とキャスターの声には、諦めの念すらこもっている。順当に結果が決まりやすいためか、ラグビーの解説者は贔屓のチームでも過度の期待を抱いていない人物が多い。それは日本の世界ランキングが上がっても変わらなかった。


「今年はスーパーラグビーでもニュージーランド勢が強かったし、U20世界選手権でも優勝してたね。元々強かったけど、まるでこのワールドカップに合わせて国全体がピークを持ってきたみたいだ」


 東京都内のホテルの朝食会場で、俺の向かいに座った和久田君は好物のだし巻き卵を口に運びながら話す。彼も今朝のニュースを見たそうで、世界最強軍団の常軌を逸脱した強さにはただただ感心するばかりだった。


「ニュージーランドは3連覇がかかっているからね。きっと今頃オークランドじゃ毎日お祭り騒ぎだよ」


「だろうね、ただでさえラグビーラグビー騒々しいのに」


 ふたりで留学時代のことを思い出しながらつい吹き出す。


 惜しくもオールブラックスが優勝を逃した2027年大会をニュージーランドで迎えた俺と和久田君は、あの熱狂ぶりをよく覚えている。まさに全国民がテレビの前から微動だにせず、トライが決まる度に大声で喜んではビールを空っぽにしていた。普段はパブで飲んだくれているおじさんもニュージーランドだけでなく他の国同士の試合結果にも目を光らせ、この時ばかりはいっぱしの解説者に様変わりする。


 4年周期でやってくるあの熱狂も、今年は輪をかけてにぎやかなものになっていることだろう。


「なぁお前ら、オールブラックス攻略法とか思い浮かばないか?」


 俺たちの会話が聞こえたのだろう、ちょうど通りかかったセンター秦亮二が近くの椅子を引っ張って腰を下ろす。俺と和久田君は即座に無理無理と手を横に振った。


「無茶言うなよ、そんなホイホイ思い浮かぶならここまで苦労しないよ」


「だよなぁ」


 亮二はため息とともに項垂れる。


 俺たちがこれほどまでニュージーランドを意識するのは6か国対抗戦はもちろんだが、ワールドカップ初戦の相手がニュージーランドであることが最大の理由だろう。


 決勝トーナメント進出が12チームになって以降、予選プール1位突破チームは1試合分免除されるだけにそのハンデは計り知れない。彼らに敗れたとして即敗退とはならないものの、その場合は他の優勝候補よりもずっと過酷な日程で決勝トーナメントに挑むことになる。


 本番で初戦をいかに乗り切るか、それが日本代表が今一番頭を抱える課題だった。そのためにはこの6か国対抗戦において、ニュージーランド戦力の徹底解析を図らなくてはならない。




 その後、敵地でフィジーを倒した日本は、いよいよ日産スタジアムでオールブラックスを迎え撃つ。


 南アフリカ戦の翌週、アルゼンチンと対戦したオールブラックスはまたしても42-6と大差で相手を退けていた。この2試合で彼らが許したトライはゼロ。なんと1本も奪われていないという、驚異的な守備力を誇示していた。


「試合を見返すと、オールブラックスは相手のわずかなミスでも徹底的に突いて速攻を仕掛けてくる。俺たちは確実に仲間にボールをつないで、弱みを見せないようにプレーしよう」


 試合前のロッカールームで出場メンバーが円陣を組む中、俺はひとりひとりの顔を覗きながら声に出す。この試合でスターティングメンバーに選ばれた俺は、開始時点からキャプテンを務めることになった。


 そしてロッカールームを出て日本とニュージーランドとで分かれて列を作り、入場のタイミングを今か今かと待ち構える。


「太一、日本好調みたいじゃねえか。こりゃ俺たちも相当苦労しそうだな」


 その最中、同じくスタメンとして出場するハミッシュ・マクラーセンが俺に声をかけてきた。ワールドカップだけでなく6か国対抗戦でも全勝優勝を目指すオールブラックスも、この試合に向けて相当力を入れてきたようだ。


「ハミッシュに言われても、それお世辞にしか思えないね」


「ははは、ばれたか」


 そう冗談を飛ばし合いながらも、俺とハミッシュはバチバチとにらみ合っていた。


 やがて7万の観客が見守るコートに入場し、日本とニュージーランドそれぞれ国歌斉唱を済ませる。


 そして両軍が各サイドに分かれる。誰が何か言うまでもなくオールブラックスの23人が三角形に、日本代表が横1列になったところで、拍手と歓声が鳴り止まなかった観客席もシンと静まり返ったのだった。


 そしてニュージーランド代表の中の誰かが「Yeah!」と雄叫びをあげたところで、ニカウのよく通る低音がスタジアムに響く。


「Ka mate, Ka mate!」


「Ka ora! Ka ora!」


 オールブラックスの代名詞ハカ、その一種『カマテ』だ。


 四股のように足を開き、歌いながらぱしぱしと足を叩く大男たち。その圧倒的な迫力に畏怖の念さえ覚えながらも、肩を組んだ俺たちは自然と互いに強く身を引き寄せて結束を確認したのだった。


 最高潮に仕上がったニュージーランド相手に、日本がどれだけ食らいついていけるか。この試合はただの代表選考試合ではない、ウェブ・エリス・カップの行方を占う大切な一戦だ。

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